展覧会情報

第333回企画展 phono/graph - sound, letters, graphics

2014年05月09日(金)〜05月31日(土)

Design: Takuya Minami / Softpad
Design: Takuya Minami / Softpad
  • シェア
  • ツイート
  • URLコピー
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)の5月は「phono/graph ─ sound,letters,graphics」を開催いたします。
近年の加速的なテクノロジーの発展により、音楽/音、文字、画像、映像など、様々な編集対象すべてが、同等かつ万人に共有できる時代となってきました。
グラフィックデザインを取り巻く環境も、ドラスティックな変貌を遂げつつあります。「音とアートとグラフィックの新しい可能性を俯瞰的に捉えてみたい」そんな取り組みに、監修の藤本由紀夫氏をはじめとする5組の気鋭のクリエイター達が挑戦した大阪dddギャラリーでの展示から3年。ドルトムント(ドイツ)、名古屋、京都での展示を経て、今回の東京では新作も加え、視覚表現、聴覚表現といったジャンルを超えた実験的な作品の数々をご紹介いたします。

会場

ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
〒104−0061東京都中央区銀座7−7−2 DNP銀座ビル1F
tel 03-3571-5206
11:00am−7:00pm(土曜日は6:00pmまで)日曜・祝日休館

ギャラリートーク&party phono/graph

party phono/graph
2014年5月31日(土)6:00−8:00pm
メンバーによるパフォーマンス・イベント
gggにて(予約不要)

ギャラリートーク
2014年5月9日(金)4:00−5:30pm
出演:藤本由紀夫、八木良太+見増勇介
(イベント終了)

■ギャラリートーク映像
001 藤本由紀夫
phono/graphの概要と今までの活動
gggでの展覧会にあたって―メディア激変の時代とこれから―


002 八木良太×見増勇介(前半)
Intext展示作品紹介
reading of method / floating types / through / round flong / ilo / tick-tack pages


003 八木良太×見増勇介(後半)
八木良太展示作品紹介 Foci / Megaphonia / Die Verwandlung
八木良太×見増勇介対談

映像解説

phono/graphとは


今回のみどころ


藤本由紀夫の作品紹介

作家略歴

■藤本由紀夫|Yukio Fujimoto
1950年名古屋生まれ。大阪芸術大学音楽学科卒。
80年代半ばより日常のなかの「音」に着目した装置、サウンド・オブジェを制作。インスタレーションやパフォーマンス、ワークショップを通じて、空間における「音」の体験から新たな認識へと開かれていくような活動を展開している。2001、07年、ヴェニス・ビエンナーレ参加。

■八木良太|Lyota Yagi
1980年愛媛県生まれ。京都在住。
音響作品をはじめとして、オブジェや映像、インスタレーションなど多様な表現手法を用いて制作を行う。モノの機能や属性を読み替え、再構成して関係性や価値を反転させたり、経験や記憶を新たなコンテクストで再生させる。音や文字、時間を題材に作品を制作。

■ニコール・シュミット|Nicole Schmid
1978年大阪生まれ。
神戸芸術工科大学、杉浦康平の下、卒業制作として「文字と音」を作成。Schule fur Gestaltung Baselの基礎コースを満喫し、2009年より大阪のhelmut schmid designでタイポグラフィに重点を置き、紙媒体を中心にデザインをする。

■Intext
見増勇介と外山央によるグループ。
アート・プログラムへの参加やデザイン、出版物の制作、音響・映像制作などを行う。デザインの特性を用いて他メディアへ接触し、システムの転用や再解釈を試みる。

■Softpad
アート/デザインユニット。1999年結成。
インスタレーション、パフォーマンス、サウンド、デザイン分野などジャンルを超えながらそれぞれのメディアの境界線と接点を探る表現活動を行う。
メンバー:粟津一郎、上芝智裕、奥村輝康、竹内創、泊博雅、外山央、南琢也

phono/graph

もしもエジソンがグーテンベルクより早く生まれていたならば、
書物は音の記録物として流通していたかもしれない。

発明王エジソンは、現れては消えてしまう音を、写真のように記録/保存/再生/複製できる装置を発明した。彼はその装置に「写真(photograph)」に対抗して「蓄音機(phonograph)」と名付けた。1877 年のことである。
そのphonographは、今、photographと同じように扱える時代になった。だからこそ、文字と音は新しい関わりを必要としている。

ヴィリエ・ド・リラダンの小説「未來のイヴ」の中で、主人公の発明家エディソンはこう嘆いている。
「ー歴史を通觀して全く驚き入ること、しかも、不可解でさへあることはー何千年も昔から、夥しい大發明家が
排出したのに、誰一人「蓄音機」を發明しなかったといふことだなあ!」
“蓄音機の父”エディソンがこう嘆くのは、蓄音機があまりにもシンプルな原理だからである。
「鋼鐵の細い針が一本、チョコレートの包み紙が一枚、まあ大體そんなところ、それに銅の圓筒が一つ、これだ
けあれば天と地のあらあゆる聲と響とを貯藏蓄積することが出來るのだ。」
(斎藤 磯雄 訳)


エジソンがグーテンベルクより以前に生まれていたら、私たちの住む社会は大きく違ったものになっていただろう。マクルーハンが言う通り「メディアはわれわれ自身の拡張である」から、活字による視覚情報空間の世界が、レコードによる聴覚情報空間に取って代われば、何よりもわれわれ自身が別の拡張を行っていたのだろう。
 もともと、文字は石や粘土に刻まれて記録されていた。蓄音機も、音はレコード盤に「刻まれ」記録されていた。刻まれた文字は見ることができる、そして活字には触ることができる。レコード盤に刻まれた音の溝も見ることができる。そして爪でなぞると微かに音が聞える。


「phono/graph」は、新たな音と文字の関係を考察する展覧会である。」

私たちは今、目で音を聞き、耳で絵を見ている。
このような考え方は既に一世紀前、イタリアの未来派(Futurism)のアーティスト達によって提唱され、実験されているが、100年を経過した今、手軽なオーディオ/ヴィジュアルの道具を手に入れたことによって、自然な形で表現できるようになった。
視覚表現、聴覚表現といったジャンルにこだわること無く、軽やかに、音・文字・グラフィックスに多角的かつ柔軟な視点で取り組むアーティストによる作品がギンザ・グラフィック・ギャラリーの空間に展開される。

もともと声として聴覚空間に存在していた言葉は、文字の発明により、さらに、印刷技術の登場で、視覚空間の存在となっていった。21世紀の今、テクノロジーの変化により、新しい目と耳の空間が必要とされている。作り手も受け手も、目と耳を柔軟に使いこなすことにより、未知の言葉の世界に歩み始めている。


アルファベット時代以前の原始的な人々は、時間と空間を一つに統合し、視覚的空間よりも、むしろ、聴覚的で、水平線のない限界のない、嗅覚的空間に住んでいる。彼らのグラフィックな表現方法はエックス線のようなものである。
M.マクルーハン「メディアはマッサージである」(南博 訳)
(Primitive and pre-alphabet people integrate time and space as one and live in acoustic, horizonless, boundless, olfactory space, rather than in visual space. Their graphic presentation is like an x-ray.)
Marshall McLuhan "The Medium is the massage"