展覧会情報

ギンザ・グラフィック・ギャラリー第368回企画展 横尾忠則 幻花幻想幻画譚 1974-1975

2018年09月05日(水)〜10月20日(土)

Design:Tadanori Yokoo
Design:Tadanori Yokoo
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時代の寵児として先陣を切って若者文化を牽引していた横尾忠則は、1974〜75年にかけて、東京新聞に連載された瀬戸内晴美(現・瀬戸内寂聴)による時代小説『幻花』のために挿絵を描いていました。室町幕府の衰退を一人の女性の視点から綴ったこの小説に、横尾は自由奔放な発想をもって、実験的手法を繰り出しながら、超絶技巧の挿絵を次々と生みだしていったのです。2015年12月、兵庫の横尾忠則現代美術館にて、挿絵の全原画が一般公開されるまで、その存在を知るものはほとんどいませんでした。そのとき、40年間の封印から解き放たれた原画たちは、横尾が第一線で活躍するなか東洋思想への関心を深めていた70年代半ばの、時代の空気やエネルギーを強烈に発散しつつ、新たな生命を解き放ったのです。
今回、横尾忠則現代美術館の多大なるご協力のもと、横尾自らが命名した「幻花幻想幻画譚」を受け継ぎながら、挿絵原画全371点をここ東京の地で、新たな視点から甦らせます。約8cm×14cmの小さな画面から発せられるエネルギーはどこからやってきたのか、40歳を前にした横尾忠則のいた社会情勢にも焦点を当てながら検証します。般若心経を書き込んだり、映画のアニメーションのように同じ場面を少しずつ変化させ連続性を持たせたり、一方、唐突に物語に関係のないモチーフや、作家瀬戸内自身の肖像を登場させたり、原稿が出来上がる前に挿絵を描いてしまったものなど、横尾イラストレーション・ドローイングの真骨頂、横尾グラフィック・ワークの最高傑作が凝縮された小さな宇宙をご体験ください。

お知らせ

会場

〒104-0061
東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)
TEL:03-3571-5206/FAX:03-3289-1389
11:00am-7:00pm
日曜・祝日休館/入場料無料

オープニングパーティ

日時:2018年9月5日(水)17:30-19:00
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー

イベント

ギャラリートーク
日時:9月21日(金)17:00ー18:30
出演:平野啓一郎+横尾忠則
会場:DNP銀座ビル3F
定員70名・入場無料
※定員に達しましたので申し込みは締め切らせていただきました。

ガイドツアー
日時:10月4日(木)18:30〜20:00
出演:林優(横尾忠則現代美術館学芸員)
会場:DNP銀座ビル3F&ギンザ・グラフィック・ギャラリー
定員50名・入場無料

スライドショーによる作品解説の後、林さんと一緒にギャラリーを貸切でゆっくりご覧いただけます。

※定員に達しましたので締め切らせていただきました

協力・後援

協   力: 横尾忠則現代美術館、株式会社ヨコオズ・サーカス
後   援: 東京新聞
 

お問合せ

ギンザ・グラフィック・ギャラリー 柳本 03.3571.5206

プロフィール

横尾忠則
1936年兵庫県生まれ。72年にニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロ、バングラデッシュなど各国のビエンナーレに出品し世界的に活躍する。アムステルダムのステデリック美術館、パリのカルティエ財団現代美術館での個展など海外での発表が多く国際的に高い評価を得ている。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館開館。2013年、香川県豊島に豊島横尾館開館。2015年、第27回高松宮殿下記念世界文化賞受賞。作品は、国内外多数の主要美術館に収蔵されており、今後も世界各国の美術館での個展が予定されている。http://www.tadanoriyokoo.com

資料

横尾さんの知る人ぞ知る傑作                      平野啓一郎
 新聞小説の連載は、私自身、二度経験があり、来年も一つ、予定が入っている。
 誰にどんな挿絵を描いてもらうか、というのは、小説家にとって悩ましい問題だが、瀬戸内寂聴さんの連載の挿絵を、横尾忠則さんが描く、というのは、お二人のつきあいを思えば、あまりに当然のことで、しかもその出来映えは、目を瞠るばかりである。グラフィック・デザイン、油彩と、それぞれに傑作を残している横尾さんは、この分野でも圧倒的な才能を発揮している。
 私はこの『幻花』の原画を、2008年に一度、『冒険王・横尾忠則』展で見ているが、その印象は「さすが!」の一言で、横尾さんに、こんな挿絵を描いてもらえる瀬戸内さんが、つくづく羨ましくなった。
 横尾さんのイラストの線は、非常に繊細で、個々のモティーフを緻密に截然と描き出すが、それは同時に、画面の全体を構成する不可欠な線ともなっている。是非とも、細部に目を凝らすだけでなく、少し遠巻きにこれらの小宇宙群を眺めてほしい。それは、月を描いても蛇を描いても、鼓を描いても仏像を描いても、或いは瀬戸内さんご本人を描いても同様である。
 モティーフの組み合わせは、横尾さんらしく融通無碍で、しかもここ以外にないと思われるほど的確に配置されている。限られたモノトーンの表現の中で、シャープに区画された余白は絶妙で、ふしぎな効果だが、ほとんど白い光を放っているように見える。
 しかも、それらは決して一本調子ではない。とりわけ、「凶鳥」の章の辺りからは、毛筆の使用が増え、文字だけの回など、新聞連載の挿絵という形式に馴染んだ横尾さんが、自在に遊んでいるような実験的な試みが目立って来る。
 瀬戸内さんは、当時を振り返って、途中から「どうやら、筆の遅い私の原稿はもう読んでいないらしかった。」(『小説の筋と無関係なさし絵』)と回想されているが、今回改めて小説の各場面と照らし合わせながら作品を見てゆくと、必ずしもそうでもなく、最後に至るまで、なぜこの絵が描かれたのかという理由が、概ね納得され、何度となく、なるほどと唸らされた。中には、うまく関連づけられない回もあったが、簡潔な象徴性が、深読みを誘う。或いは、一見無関係であるが故に、言わば異物として小説を刺激している。
 横尾さんは、物語の展開を忠実になぞるというより、作中の視覚的な想像力を刺激する要素に自由に反応している。一つの着想が、その後、数回に亘って展開されることもあり、例えば、「緋桜」の章で、楊貴妃の「狆」を題材に、二日間で描きかけの犬の絵が完成する趣向などは、連載読者を大いに驚かせ、楽しませたに違いない。
 瀬戸内さんがいつもおかしそうに回想するのは、横尾さんがインド旅行に行くために、原稿の遅れに業を煮やし、事前に挿絵を作り置きして出発してしまったという逸話で、しかもその中には、UFOの絵も含まれていた。私はその話を聴く度に笑い、今回も、一体、どの場面でUFOが飛んで来るのだろうかと楽しみにしていた。すると、思いがけず、一機目は連載のかなり早い段階で飛来した。そして、まったく予想外だったが、このUFOは、連載中、その後、幾度も出現しているのである!
 それでも、決してちぐはぐというわけではなく、足利義教の癇癖に一族の運命が翻弄され、また比叡山が焼き討ちに遭うなどの不穏な場面では、このUFOが何とも言えない洒落た効果を発揮している。ここから一気にSFに展開すると誤解した読者も、さすがにいなかっただろう。
 それにしても、1975年生まれの私は、丁度その頃に描かれた本作のまったく古びることのない「カッコよさ」に三嘆した。横尾さんのグラフィック・デザインは、早くからファッションにも転用されているが、本作にもTシャツやトートバッグになどプリントすれば、皆が飛びつくようなイラストがゴロゴロしている。
 知る人ぞ知る横尾さんの傑作である。                 (小説家)