DNP Features 5 「実践化学者」がもたらしたイノベーション

大日本印刷株式会社(以下DNP)包装事業部の研究者・油野政人を、誤解を恐れずに一言で表すなら、「実直」という言葉が当てはまるだろう。自ら飛び込んだ苦境を乗り越え、辛抱強く研究を重ねて、年間10億円のビジネスにつながる「包装材のイノベーション」をもたらした。油野の持ち前の実直さが、それを可能にしたのかもしれない。

出身は、愛媛県宇和島市。九州大学では核融合の研究を行い、物理学で修士号を取得した。「実社会では、大学とは別の分野に挑戦したい」と、2002年にDNPに入社。「身近に触れるものであり、何となく面白いと思っていた」包装材の研究をすることになった。

しかし、試練はすぐに訪れた。包装材研究の現場では化学の専門知識が必要とされるが、油野は大学で化学を苦手科目として学んでこなかったのだ。指導役の先輩とともに出席した会議では、飛び交う専門用語が全く理解できず、「考えの甘さに初めて気がついた」という。知識を詰め込もうと、薦められた専門書を読んだりしたが、内容がさっぱり頭に入らない。焦燥感ばかりが募った。

そんななか、先輩がラボで包装材を成膜、ラミネートし、それらを評価する姿を見る機会に恵まれた。先輩の作業を観察し、自分も材料に直に触っていくうちに、「手を動かし、モノを作って感覚を覚えなければ、本の内容も理解できない」と悟った。周りをふと見渡すと、研究所には様々な包装原料がある。「とりあえず、どんどん試作品を作り、触れていこう」と心に決めて、取り組みを進めた。

シーラント材の内製化に挑む

研究に没頭し、気がつけば、先輩の指導下での"修行"は3年半になっていた。1〜2年経った時点で先輩から独立する新人研究者が多いなかで、「早く自分の手で結果を出したかった」という油野は、もずく用のプラスチックカップの蓋材「易開封包材」の研究を任された時、さすがにホッと胸をなでおろした。

当時DNPは、メーカーから購入したフィルムをラミネートして、易開封包材を製造していた。しかし、開封強度等の様々な顧客ニーズに対応するには蓋材の最内層にあるシーラント材を自社で製造(内製化)することが望ましい。油野が任されたのは、このシーラント材を内製化する研究だ。

シーラント材の原料には、日本の衛生基準だけでなく、欧州連合や米国の衛生基準にも適合するものを選ばなければならない。開封強度は、弱いと開けやすくなるが、弱すぎると液漏れが起こるため、最適な強度となるようにバランスを調整する必要がある。また、多くの食品は熱処理を必要とするため、シーラント材には耐熱性も求められる。

油野は、このような主要各国の基準や企業、生活者のニーズを満たす樹脂原料を「ゼロベース」で選定し、様々な温度や圧力の条件のもとで実験を行った。作業量は膨大だったが、数ヶ月後、開封強度が「強すぎず、弱すぎない」理想的な材料比率を発見した。

海外展開の大きなステップに

もずく用カップの蓋材の成功から数年後、油野は大きなチャンスに遭遇する。今から10年ほど前のこの時期、ちょうど米国食品メーカーが包材を缶からプラスチックカップに切り替え始めており、易開封包材の需要が急増していた。DNPはすでにシーラント材の内製化に成功しており、国際競争力も高い。海外展開の大きなチャンスだった。

依頼された案件は、キャットフード用プラスチックカップの蓋材。もずく用カップの蓋材とは異なり、最高温度125℃で30分間の熱処理に耐えなければならない。「手間暇を惜しんだら絶対ダメだ」と徹底的に研究を行い、2年近くをかけてついに蓋材を完成させた。

「この蓋材に顧客が満足していると聞いた時は、本当にうれしかった。その喜びは、何ものにも代えがたい」。これまでやってきたことが正しかったと感じた瞬間だった。

それ以来、DNPの蓋材は、フルーツカップやペットフードなど、様々なグローバルブランドの食品に用いられ、東南アジアの工場から世界中に出荷されている。

工場や営業と一体になることが必要

最初に油野を「実直」と表現したが、彼にはユーモアを交えて語り、聴き手を思わず笑わせる才能もある。ただの堅物ではない。油野が、実績もなく失敗も多かった駆け出しの頃の自分と、蓋材の量産について豊富な経験を持つ工場担当者とのやり取りに触れる軽妙な語り口にも、ユーモアのセンスが顔をのぞかせる。

ただ、事実はユーモアどころではなく、工場での量産化は一筋縄ではいかなかった。ラボでは試作に成功した蓋材でも、1回の稼働で1―2トンもの樹脂を使用する規模の大きい工場での量産時には、なかなかうまく再現できない。
「ラボで成功した包材の多くが、工場では"カチッ"と、はまらない」

そのため、工場の担当者の協力を得ながら調整することが必要となる。失敗すると工場に迷惑をかけてしまうのだが、失敗を重ねながらも技術力を高め、研究者として工場の信頼を得ていかなければならない。

また、経験豊富な工場の担当者ばかりではなく、顧客企業とのパイプ役になってくれる営業担当者との連携も欠かせない。研究者だけでは製品はできないのだ。

ラボでの試作と工場での量産は、1家族分の"家庭料理"と数百人分にもおよぶ"学校給食"の関係に例えられる。試作と量産との差異を埋めるものは何かという質問に、油野は「技術者の経験」と答えた。しかしその経験は、マニュアルを作って後輩に引き継げるものではなく、技術者自身で積み重ねていかなければならないと説く。

「会社の繁栄を思ったら、海外の市場で勝っていかなければならない」と油野。そのためにできる限り多くの経験を積もうと、「実践する化学者」である彼は、あらゆる機会を見つけて複数の工場を訪れる。「そうすることによって、企業や生活者の要望に応える製品を効率よく、最速で開発していきたい」と、今後の抱負を語ってくれた。

  • * 公開日: 2017年1月27日
  • * 部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。