DNP Features 11 多才な研究者が取り組む微生物の世界

清水麻衣が微生物学に取り組むことになったのは、2011年に大日本印刷株式会社(DNP)に研究者として入社し、包装事業部の包装研究所(現:基礎開発部)に配属になってからだ。大学院では材料工学を学んだ。それだけに、最初は「予想外の配属」で驚いたが、今では食品に付着する微生物の研究にすっかり魅せられている。

清水が研究・開発チームの一員として手がけるのは、微生物検査用フィルム培地「Medi・Ca™」だ。この製品には、微生物の培養に必要な栄養成分や、ゲル化剤、微生物を見やすくする発色剤などがシート状のフィルムにコーティングされている。従来のシャーレを使った寒天培地に比べて取り扱いが簡単で、確実かつ効率的に検査作業を進めることができるのが特長だ。

清水にこの製品について質問をすると、菌を「育てる」ことに重点を置いているからか、言葉の端々に菌への親しみがにじむ。たとえば、「大腸菌ひとつとっても、人間と同じようにそれぞれに個性があります。発色剤は、大腸菌の90%以上が持つ化学物質に対して反応するものを使っていますが、化学物質をすぐ出すタイプもありますし、ゆっくり出すタイプもあります。栄養成分に関しては、この種の菌全般が好きな『レシピ』にしました」といった具合だ。

このように菌と向き合う研究を通じて、現在までに4種のMedi・Ca製品が誕生している。この4種で、食品メーカーなどが実施する食品微生物検査市場の約7割の検査に対応できるという。2014年9月に一般生菌数測定用の「AC(Aerobic Count)」、大腸菌群測定用の「CC(Coliform Count)」、大腸菌・大腸菌群測定用の「EC(Escherichia coli & coliform Count)」の3種を発売。2016年6月には黄色ブドウ球菌測定用の「SA(Staphylococcus aureus)」を追加した。
DNP製品の多くは、そのまま店頭に並ぶ最終製品ではないため、社名や企業ブランドロゴが表示されていないが、Medi・Ca™には「DNP」のロゴがパッケージやシート上で目立つように配されている。

開発チームが特にこだわったのは、検査業務を簡単にする点だ。
従来の検査では、栄養成分を寒天で固めた寒天培地をシャーレに用意するが、この培地で検査するには、(1)粉末状の栄養成分と寒天を正確に計量する、(2)水に寒天と栄養成分を溶かした後で高圧蒸気滅菌をする、(3)使用するまで一定の温度で保温する、(4)検液接種後に固化するまで15分ほど静置する――など、煩雑な手順が必要だ。
一方Medi・Ca™では、これらの処理が一切必要ない。カバーフィルムを開け、培養エリアに検査する食品などを薄めた試料液を1ml(ミリリットル)垂らす。カバーフィルムを閉じ、培養エリアがゲル化するまで数分放置する。これだけで、微生物を培養する準備が整うのだ。

後発者の試練

フィルム培地の開発に関して、DNPは後発企業だ。そのため、先行する他社との差別化が必須となる。差別化のポイントに選んだのは、カバーフィルムを閉じるだけで滴下した試料液を培養エリア全体に均一に広げる機能を付与したことと、培養エリアの周りにリング状の疎水性樹脂を貼りめぐらせ、試料液がシートから漏れ出さないようにした点だ。今もまた、さらなる差別化のための機能を、30歳前後の若い研究者達が中心となって開発している。

また、DNPが培った画像処理技術を駆使し、Medi・Ca™上に発育した微生物のコロニー数を自動的に計測する「コロニーカウントシステム」を開発し、2015年6月から販売している。目視と同じレベルの精度の計測が可能で、しかも処理速度は1枚あたり約5秒と、目視に比べて計測作業時間の大幅な短縮を可能としている。連続で処理できることも特長で、これまで計測に要していた時間を半分にすることができたなど、ユーザーからの嬉しい声も聞かれる。

世界に事業を展開する総合印刷会社のひとつとして知られるDNPが、なぜ微生物に携わり、フィルム培地の開発に取り組んでいるのか、不思議に思う人もいるかもしれない。しかしDNPは今、「食とヘルスケア」を事業の成長領域のひとつに掲げ、少子高齢化が進む日本の社会課題の解決に取り組んでいる。印刷技術を活かして、メディカル・ヘルスケアやライフサイエンス分野の市場開拓に乗り出してからも久しく、2004年には印刷のパターニング技術等の応用・発展により、毛細血管のパターン形成にも成功している。

Medi・Ca™の開発は、次のようなDNPの強みによって弾みがついた。
(1)DNPが包装材の開発・製造を通じて、食品の賞味期限や保存期間を伸ばすために培ってきた、菌や微生物の制御技術や知見。
(2)プラスティックフィルムや紙などの薄い基材に、機能性のある材料をコーティングやラミネーティングし、新たな価値を付与するDNPのコンバーティング技術や、食品の充填・加工技術など。
(3)包装材の事業を通じて、フィルム培地を使用する食品メーカーとの間に確立されてきた営業ルート。

清水も入社当初、菌や微生物の制御を研究するチームから基本的なことを教わった。「最初は、どのような器具が必要かということすら分かりませんでした。菌をどう扱うのか、どう評価するのかなど、基本を教えてもらったのですが、彼らの知見は凄いものでした。殺菌・滅菌のスペシャリスト集団です。」

チームワークが宝

しかしDNPは依然、微生物検査の分野では、「無名」に近い状況にある。これを打開するために、チームのメンバー全員は研究・開発はもちろんのこと、Medi・Ca™を製造する機械の設計、販促用のパンフレットやビデオの作成を手がけ、自ら食品会社に出向き、製品の説明やソリューション提案も行う。メンバー一人ひとりが複数の重要な役割を担う、DNPの研究部門では珍しいチームだ。その一人ひとりが上手く連携するためにも重要となる“チームワークの良さ”が、清水の宝でもある。

また、もうひとつの宝とも言える清水の得意分野は“語学”だ。5年ほど前から、社内の英会話レッスンを毎週2時間受けている。そこで磨いた語学力を使い、米国の非営利の第三者機関で、検査方法の認証を行う「AOAC RI」に英語の論文を提出し、大腸菌・大腸菌群測定用のECにおいて「信頼性の高い検査法」という認証を得た。現在、黄色ブドウ球菌測定用のSAについても論文を作成中だ。また、海外からの来客には、開発担当として自らが通訳なしで対応する。

そしてまた、Medi・Ca™のパッケージの形態やデザインを決めたのも、商品名(“medium”=培地+“card”=カード)を考案したのも清水なのだ。

細やかな感性を活かす

女性の感性が今、社会で重用されることが多くなっており、清水も例外ではない。担当営業に同行して商品の説明を行うことも多い清水だが、「取引先の食品検査担当者は圧倒的に女性が多いため波長が合い、気づきが多い」という。「検出菌数が多く、カウント作業の負担が大きい場合は、コロニーカウントシステムを紹介したり、取引先の主力製品の菌検査を自分で実施してMedi・Ca™に移行するメリットを伝えたりします。」

清水は食品検査の作業を熟知しているため、取引先から悩みを打ち明けられることも多いという。「実は、こういう食品の検査で困っている」などと相談されると、「それではDNPで検証してみましょうか?」と提案し、その結果として採用につながることも少なくないという。

清水の上司でチームリーダーを務める京谷均は、清水を高く評価する。「清水は非常に前向きで、細やかな感性も持ち合わせています。チームには女性が2人いますが、いずれも貢献度が高い」と、女性研究者の働きぶりに感謝している。現在、基礎開発部の研究者のうち、約3分の1を女性が占めている。

もうひとつの顔

清水の職場での業務は多岐にわたるが、週末には別の顔を持つ。DNPの社員オーケストラを含め、3つのアマチュアオーケストラに所属するトランペット奏者でもあるのだ。東京工業大学で知り合った夫も、ホルン奏者として参加する。

「DNPは組織が大きく、普段の仕事では関わることのない部署の方が多いのですが、オーケストラに所属することで、そうした社員とも関わる機会が持てます。またオーケストラでは、数十人の老若男女が、ひとつの曲について意見を出し合い、演奏会までにより良いものを目指して仕上げていきます。いわば、一度限りのプロジェクトチームのようで、今の仕事に近いものを感じています。」

挑戦は続く

清水は今後も微生物や培地の研究を進め、Medi・Ca™をさらに改良していきたいという。「この分野は、まだまだ大きな可能性があると感じています。培養以外にも微生物を検出する方法はありますし、培地についても違う種類のものがあります。もっと早く検出する、もっと見やすくする、少量の菌でもキャッチするなど、開発の余地はかなり大きいと思っています。」

今後、「食の安全・安心」を担保するため、食品メーカーにおける微生物検査の重要性はさらに高まることが予想される。Medi・Ca™はタイなどでも使用され始めており、海外での使用もさらに増えていく見込みだ。清水も、「現地の検査方法や困っている点、重視している点などを直接聞きたい」と海外の食品メーカーに足を運び、グローバルな事業展開にも積極的に関わっていく考えだ。
またMedi・Ca™のビジネスでは、ネット販売による小口利用の可能性も視野に入れている。清水は、「DNP製品の中でも、今までに無い最先端事例となるように頑張っていきたい」と意欲をのぞかせる。

DNPはMedi・Ca™について、コロニーカウントシステムと併せ、2016年からの3年間の累計で約3億円の売り上げを目指すほか、「食とヘルスケア」の成長領域で社会課題解決に取り組んでいく。

  • * Medi・Ca™は、日本、タイ、中国、オーストラリアにおける、大日本印刷株式会社の登録商標です。
  • * 公開日 : 2017年11月30日
  • * 部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。

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