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10th Anniversary News Release
速報!「横浜トリエンナ-レ2005」
ハマトリレポート
横浜トリエンナーレ2005 これまでのおさらい
村田真
 まだ2回目なのに、というか、2回目だからなのか、早くも紆余曲折の横浜トリエンナーレ(通称ハマトリ)。もういちどこれまでの経緯を簡単に振り返っておこう。

紆余曲折の第2回ハマトリ
会場となる横浜市山下ふ頭3号、4号上屋
会場となる横浜市山下ふ頭3号、4号上屋
Photo by Shigeo Anzai
 最初の難関は会場探しだった。前回(2001年)メイン会場として使用したパシフィコ横浜展示ホールがふさがっていたため(前回の使用料が未払いだとのウワサも)、新たに会場探しから始めなければならなかったからだ。ようやく山下埠頭の突端の巨大な倉庫2棟に決まったのが、2004年2月のこと。つまり会場を決めるだけで2年以上を費やしたことになり、この時点で1年延期は決定的となった。
 同年7月に建築家の磯崎新が総合ディレクターに就任。彼は国際展のシステムそのものに切り込むきわめて意欲的な(かつ論争的な)プランを提案した。ところがこれが第2の難関となる。磯崎氏のプランを実現しようとすれば最低もう1年の準備期間が必要になり、これ以上延期したくない横浜市と対立し、12月に磯崎氏が辞任する騒ぎとなった(磯崎氏のプランとこの間の事情は、12月にBankART1929でおこなわれたシンポジウムに詳しく、その報告書は今秋BankARTから出版される予定)。
 磯崎氏辞任を受けて新ディレクターに選ばれたのが、なんとアーティストの川俣正だった。たしかに川俣氏は国際展の経験が豊富だし、内部事情もよくわかっている。リーダーシップもあるし信頼もあつい。だからといってディレクターの大役を任せられるかどうかは未知数だ。主催者側としてはある意味、最後の賭けに出たような思い切った人選といえる。
 翌1月、横浜港の氷川丸のなかで第1回記者発表。ここで川俣氏の基本方針と3人のキュレーター、10人程度の参加アーティストが発表された。テーマは「アートサーカス」。サブタイトルに「日常からの跳躍」とあるように、サーカスのように非日常的で祝祭的な展覧会をめざすと同時に、実際にフランスからヌーヴォーシルク(新しいサーカス)を呼んで公演してもらうという。
展示第1号作品 ルック・デルー《Speybank》1999/2005
展示第1号作品
ルック・デルー《Speybank》1999/2005
 川俣氏をサポートするキュレーターは、横浜美術館の天野太郎、P3の芹沢高志、ミュージアム・シティ・プロジェクトの山野真悟の3氏。参加アーティストは、ダニエル・ビュラン、キム・ソラ、リチャード・ウィルソン、池水慶一、奈良美智+graf、西野達郎ら、いずれもその場でしか成立しないようなサイトスペシフィックなインスタレーションを得意とするアーティストが多い。
 キーワードは、「運動態としての展覧会」。これは川俣氏の近年のアートプロジェクトの方法論である「ワーク・イン・プログレス」にのっとったもので、ただ完成された作品を静的に鑑賞するだけではなく、現在進行形で動き続ける作品に観客も主体的に関わってもらおうということだ。磯崎氏のプランが国際展のシステムを考え直す試みだったとすれば、川俣氏のプランは「展覧会とはなにか?」を問い直す試みといえるだろう。
 このプランを拡大解釈すれば、展覧会はすでに始まっているということであり、逆に、会期が始まってからも制作を続けるアーティストがいてもかまわないということだ。これは準備期間の不足を補う方策としても有効な考え方といえるかもしれない。
 4月の連休初日には会場の入口となる山下公園に、コンテナを4台つなげたルック・デルーのシンボルゲートが設置された。これが第2回ハマトリの作品第1号ということになり、展覧会はすでに始まっていることを印象づけた。
トリエンナーレ学校授業風景
トリエンナーレ学校授業風景
 また同じ月、ハマトリのサポーターやボランティアを中心に市民に情報公開するため、毎週火曜日に歴史的建造物の旧関東財務局で横浜トリエンナーレ学校を開校。川俣ディレクターをはじめ、キュレーターやアーティストたちが順次プレゼンしている。
 5月には第2回記者発表がおこなわれ、会場づくりのプランや約50組の参加アーティストが紹介された。新たに加わったアーティストには、インゴ・ギュンター、キム・スージャ、ロング・マーチ・プロジェクト、堀尾貞治、岩井成昭、タニシKらがいる。しかし最終的には約80組をめざすというからまだ3分の2。開幕まであと3カ月を切った現在、これから作品のツメをおこなっていかなければならないので、まだまだ波瀾含みといった状況だ。

BankARTもだまっていられない
 まあざっとこんな感じでハマトリは動いているのだが、肝腎の横浜市のほうは担当部署以外は静観のかまえで、あまり盛り上がっているとはいいがたい。そういえば第1回展のときも盛り上がりに欠けたなあ。前回のプレスオープン(2001年8月31日)に駆けつけたときのレポートを少し再録しよう。
いよいよ待ちに待った(人もいるかもしれない)横トリの開幕だ。しかし桜木町の駅からみなとみらいに流れる数万の人波は、たぶん夏休み最後の日を楽しむ行楽客で、そのほとんどは横トリのことなんか知らないでしょうね。パシフィコ横浜の前にはダフ屋が出てたけど、あれは隣でやってるハムフェア目当て。動く歩道の手前に掛けられた横トリの横断幕も、そのハムフェアの横断幕に隠れて見えないぞ。同じ国際展でも、たとえばカッセルのドクメンタや光州ビエンナーレだと街をあげてのお祭りという雰囲気になるのだが、やはり300万人を超す大都市での開催となると埋もれてしまうのかもしれない。(以下略)
(artscape 2001年9月17日号)
 このときは「横トリ」と呼んでますね。みなとみらい線もまだ開通してなかったので、桜木町から歩いていきました。人口も「300万人を超す」となっているけど、現在は約360万人。
 それはともかく、ここでいう「ハムフェア」とは肉のハム(ham)ではなく、ハム通信のハム(hum)ですね。そのハムのフェアにも負ける国際展ていったいなんだ?
 と、そのときは憤り、シラケたもんです。だから前回のワダチを踏んではならないと、昨年から横浜にかかわりをもつようになったワダチは思ったのです。すいません、ちょっと眠くなってきました。失礼してグーグーグー。
「国際展を考える」授業風景
「国際展を考える」授業風景
 はい、それで筆者が名ばかりとはいえ校長をつとめるBankARTスクールでもなにか応援できないだろうかと思い、6〜7月の毎週土曜日に「国際展を考える」という連続講座をもうけたのだ。あ、ごめん、ちょっと違った。この講座の成り立ちにはもうひとつartscapeの10周年企画がからんでいるのだが、その話をすると長くなるし、内輪話になってしまうので割愛します。
 で、この講座が組まれたあとで木曜日のスクールに穴があき、8〜9月にまわそうと思っていた連続講座「ハマトリが行く!」を急遽6〜7月にやることになった。こうして現在、BankARTでは週2回のペースで国際展についての激論が交わされているのだ。こないだなんか川俣ディレクターは中1日でBankARTスクールに登場してたぞ。やりすぎだって。
 ともあれ、360万人の市民全員がハマトリのことを知っている必要はないけれど、少なくとも半分の人には知っていてほしいし、1割の人には来てもらいたい。そういうつもりでBankARTはハマトリを援護射撃しようとしているのだ。また、詳しい内容はまだ発表できないものの、BankARTでは10月から「BankARTライフ」と称してハマトリの夜の部を応援するつもりなので、お楽しみに。
 なんかハマトリの応援というよりBankARTの宣伝になってしまったが、テンポラリーとはいえ横浜という地域・社会・文化に根ざした活動を続けていくBankARTとしては、ハマトリの成否は人ごとではないのだ。逆にいえば、ハマトリも3年(4年でもいいけど)にいちどのお祭り騒ぎでハイ終わりではなく、継続する文化事業として考えていく必要があるのではないか。
 まあそんなことで、artscapeでも次回から映像とインタビュー記事の交互でハマトリの概要を少しずつお伝えしていきます。
[ むらた まこと ]
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