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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
ファンが育てる 画家のデジタルアーカイブ
笠羽晴夫
 この連載では、北から、南から、県をひろって「地域」とデジタルアーカイブを対照して見ていくということを、このところ続けている。それでも、なんらかの契機によって別のことに気づかされることはある。
 昨年11月に洲之内徹『気まぐれ美術館』に触れたが、同じ著者が書いた『絵のなかの散歩』(新潮文庫、1998、絶版)をもとに、先の本と同じくなかに出てくる画家や絵の名前を検索し、ネット上にどの程度情報が存在しているのか、眺めることをこのところ続けていた。こうしていると時にデジタルアーカイブの景色においても、眺めが変わってくることがある。
 洲之内コレクション(宮城県美術館所蔵)のなかでも有名な《マルゴワ》の作者・吉岡憲(1915-56)について書かれた文章に、この画家に言及している原精一(1908-86)という画家の名前があった。数年前この本を読んだときには記憶にとどめていなかった名前であるが、さらに検索してみると原精一は萬鐵五郎の数少ない弟子であり、また画廊での流通も多く、平塚市美術館に作品があることもわかった。

平塚市美術館
平塚市美術館
  その平塚市美術館(神奈川県)でまず館の設立経緯を見てみると、この湘南の地にはこれまで多くの画家が居を構え、1960年代には一作家一作品寄贈運動がはじまり、そういう動きを経て1991年にここが開館したとのことである。地域に根ざした活動も活発なようだ。ここの所蔵作品については、原精一のほか多くの作品がサムネイルで公開されており、なかには死後50年未満のものもあって鳥海青児(1902-72)などは点数も多い。ただし作家についての簡単な説明は欲しいところである。
平塚市美術館原精一データベース
平塚市美術館原精一データベース
  そしてここの所蔵作品紹介ページからは、なんと「平塚市美術館原精一データベース」というところに行くことができる。
 ここの記述によると、一万点以上の作品・資料が教育普及活動のワークショップクラブに参加したメンバーによって整理・分類・デジタル化され、2003年にはその成果が展覧会「原精一の素描と画室」として一般公開され、その後Web上での公開になった。
 データベースは、油彩、スケッチブック、スケッチ、筆、絵具、小物に区分されている。たとえば油彩を全部たどっていくと最後の番号は1619であるから、大変な点数である。
おそらくこの過程で発行された「原精一寄贈資料整理報告書2003」には、これら全体に対する記述があるのであろうが、データベースでは例えば油彩については個々の絵について基礎的なデータが記載され、番号順に並べられているだけである。個々の画像は、すべて同様なやりかたで撮影されたものだということは想像され、カラーチャートが添えられているのも記録としては望ましいことだが、PC画面で見ると解像度は今ひとつであり、調子としてはすべて白っぽくなっている。
 これが撮影・照明技術に起因するのか、35ミリフィルムを使用したことによる限界なのか、フィルムをスキャンした時の機材の性能、条件からくるものかは不明である。なんらかの処置で今後改善されることを期待するが、ともかくこれだけの網羅性、個々に撮影したときに絵など対象物がこういう具合であったということは、たいへん意味がある記録である。これだけのものができたということは、他のコレクション、施設でも参考にしていただきたい。
 ただ問題は、これだけの量を、変に評価をしないであるもの全体をそのままデジタルアーカイブの世界に網羅したということが、それだけではどこから入っていけば楽しめるか、味わえるか、検索は、という要求に応えていないということである。
 これだけの量の前に、PCとネットでたどり着いたものは入り口で立ち尽くすほかないのである。ただそれを非難しても始まらない、そこからどうするかは多くののデータベースに共通の問題である。これだけの絵について、人によってはあるセレクションがあり、好きな作品、人に勧めたい作品があるだろう。また画家について知っているエピソードがあれば、それに関する作品をあげることもできるだろう。
 もっとも、このデータベースのサイトに直接それらを掲載するとすれば、その画家に対するこのデータベース運営者による一定の評価になり、それをまとめるのは大変であるし、またデータベースというものの性格からして、個々について重み付けをすることは好ましくないといえばそのとおりである。
 そうなると、このデータベースから一定の距離を置いた、例えば愛好家の論述が複数集まっていることが望ましい。このサイトそのものにそういうものが附属することも考えられるし、また自主的に出てきたものを、友好的にここでリンク集としてまとめることもありうる。好きな人が勝手に書いて、それがゆるやかにつながり、こういうデータベースの周りに情報のネットワークが広がっていくとすれば、それはまさにWeb2.0的世界のポジティヴな面であろう。
 それにしても、映画や音楽と比べると、かなり有名な画家の場合でさえ、ネット上の記述は少ないのである。データベースができたあと、そのにぎやかな活用が見られ、その存在意義が立証されるためにも、今後は愛好家のブログなどで、この分野についての意見が活発に表明されることを期待したい。
 本という媒体に洲之内徹という人が、自分が好きな画家について書いたものがあるおかげで、近代日本の洋画界のこれだけ多くの画家、作品が後世に知られ愛されるようになった。ネットワーク上でもっと作品論がやり取りされてよい。

 もう一度わかりやすくまとめよう。
・一定のテーマで網羅性があるデータベースを作ろう
・作家、作品について、ネット上に遠慮せずいろいろ書いてみよう
この二つである。
2007年7月
[ かさば はるお ]
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掲載/笠羽晴夫
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