ミュージアムIT情報:影山幸一 04年4月
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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
記憶と忘却の中に
デジタルアーカイブの美を直観する「武邑光裕」

影山幸一
武邑光裕
美とは感覚の調整であるという武邑光裕氏
 桜が満開の4月1日、本郷の東京大学に向かった。日本では数少ないメディア美学者である武邑光裕(以下、武邑氏)東京大学大学院新領域創成科学研究科メディア環境学分野助教授を工学部の最先端研究の一室に訪ねた。世界のサブカルチャーの動向やメディアアートの最新情報に詳しく、1990年代半ばからはデジタルアーカイブが研究に加わり、その成果は2003年に発行された『記憶のゆくたて──デジタル・アーカイヴの文化経済』にまとめられた。充実した内容で読者にデジタルを通した文化を天空から俯瞰させて見せてくれるような浮遊感を与える。現在、武邑氏は情報化時代における文化産業のクラスター効果をテーマに、クリエイティブ産業振興策にフォーカスした研究を行なう。メディア環境学・博物館情報学を専門に、デジタルアーカイブも引き続き研究を行ない、メディア美学者がデジタルアーカイブの中に見る美とは、どのようなものなのかを伺ってみたかった。

 武邑氏がコンピュータに触れたのは1979年か、80年頃で初期のワープロを購入したのが最初だったらしい。80年代前半期、フラクタルアートとも言えるマンデルブロー集合をCGで見た。そのときデジタルの美を実感した。技術と芸術の原初的な風景が記憶として残っていると言う。90年代の前半は伊藤譲一氏らとともにインターネットの創成期を体験、初期のブラウザー「モザイク」を通して、GIF画像をじわーっと見る感激を味わった。デジタルミュージアム、バーチャルミュージアムを意識しはじめた95年ころに、月尾嘉男東京大学教授(当時)が提唱した、デジタルアーカイブと出会った。

 武邑氏は、小学生のとき小石川植物園で描いた植物の絵が選ばれてドイツで展示されたそうだ。描いた絵だけが、まだ知らぬ外国に行ってきたという不思議な体験が心に残る。小学校の後半からは興味が徐々に映画に移って行った。もともと絵が好きで漫画家に憧れた時期もあったが、「2001年宇宙への旅」を見て感動して以来、高校時代は毎日のようにフィルムセンター、名画座、アートシアターなどで映画を見ていたと言う。ヌーベヴェルヴァーグの旗手のジャン・リュック・ゴダール(1930- )やATGの映画、ほかに、ジャーマンプログレッシヴロック、テクノ、現代音楽にも関心があり、ピンクフロイドや草月会館などで高橋悠治を聴いていた。音楽は映像より10年先に存在していると言う。これまでに印象に残っている映画は、視覚構成やヴィジョンが鮮明だったというロシアの映像詩人アンドレイ・タルコフスキー(1932-86)の作品。本ではイタリアの哲学者・小説家のウンベルト・エーコの『薔薇の名前』『フーコーの振り子』などが思い出されるそうだ。到達できないつながりや不可視の連続性に興味があると言う。

 誰もが変わる年代と武邑氏自身が語る40代、海外で過ごす時間が増えていた武邑氏は、日本のアイデンティティを求めて京都へ向かった。そこで確認したことは、これからの時代に必要な伝統性の資産は戦略的に使えるものと使えないものがあるということ。つまり、伝統的な文化資産の水脈を探すということは、それが単純に既存の文化財や社寺仏閣を指すものではなく、今後50〜100年というスパンで文化社会を牽引していく資産価値を持つものかどうかという、判断がともなうものである。武邑氏が行き着いたのは平安時代から伝わる日本の古代色。それも、物質に留まる「反射光」ではなく、コンテンツとしての「透過光」に着目し、自然染料の古代色(特に選りすぐられた貴色を含む)を素材に、何十、何百とある配色パターンをRGBでデータ化し、「色彩の遺伝子」と名付けたデジタル見本帳を製作した。それらの配色の妙は,今日でも通用するものであることがわかった。たとえば、デジタルアニメーション、ゲーム、Webサイト制作などにである。そして、日本の色の文化を世界へ発信していこうと、実装できるアプリケーションの開発を試みた。ユーラシア、シルクロードを通って伝わった文化を包含しつつ、独自の文化を育ててきた京都は、プラダやベネトンなど世界のファッションメーカーが着目する色が現在にも残る、生きたアーカイブの土地なのである。

 2004年3月、台湾の大統領選挙の最中4日間開催されたAPEC(Asia-Pacific Economic Cooperation)主催のデジタルアーカイブ関連の国際シンポジウムに出席した武邑氏は、台湾が5カ年国家デジタルアーカイブ整備事業を行なうことを聞き、「文化の棚卸し」の概念も議論されない日本と大きく異なる思いを深めたそうだ。今後は、歴史に対する認識をもって、デジタルアーカイブ国家プロジェクトを明確なブランドヴィジョンを立て計画する必要があると武邑氏は主張する。一方、デジタルアーカイブを単に眠っている文化財のデジタル化・保存・活用するというステレオタイプ的なひとつの手法としてではなく、企業のCI(Corporate Identity)などと同様に、地域経営上の情報基盤整備として必須のものとしてとらえること。アーカイブ自体を目的にせず、もっと多様なデジタルアーカイブのあり方を支援、促進し、多くのモデルケースを提示する必要があると言う。そのためには、オープンソースの利用、緩やかな著作権処理、資源の共有を念頭に、地域の戦略的情報基盤を構築する。また、分権改革による地域間競争が激化する時代、地域情報をいかに有効にマネジメントするかが重要であると言う。

 アートにおいてはたとえば、村上隆のスーパーフラットが浮世絵やアニメーションのコンテクストを持ち、世界にインパクトある作品を発表できたのは、日本のアイデンティティと美術史の流れを村上が見直し、日本文化を生きた資産ととらえた結果、と見ることができると武邑氏は話す。アーカイブを、創造的破壊の源泉としてとらえ、新たなアートを生み出す行為のプロセスと見れば、我々が過去から学ぶことの重要性がわかるのではないだろうか、と。

 武邑氏はメディアアートは記録として美術史には残るだろうが、ソフトや機器のエミュレーションができない場合は、作品が残せるかどうかわからないと言う。「ビデオアートの父」と呼ばれるナムジュン・パイク(1932- )のテレビを複数組み合わせたロボットのような作品群は今後どうなっていくのだろう。短命な存在のアートゆえ、デジタルアーカイブの対象としてぜひ記録しておきたいものだ。2004年アルス・エレクトロニカは、新カテゴリー「デジタルコミュニティ」を新設したが、1996年武邑氏はネットカテゴリーの開設に関わり、初代審査員を務めている。現在MCN(Museum Computer Network)日本の代表として、コンピュータテクロノジーを博物館活動に役立てることを目的に、主にメーリングリストを利用しての情報支援活動を行なっている。美術館は新たな時代のコンテクスト、コンテントマネジメントを実行し、ユーザーや学芸員がまさにミュージアムそれ自身の機能を拡張、変容させていくアセットマネジメント(資源管理)を考えるときであると武邑氏は指摘する。

 19世紀には国家が、20世紀には企業が文化資産を収集し、博物館を作ってきたが、21世紀は個人の力による多彩なアーカイブが形成されてくるだろうと武邑氏は予測する。すべてのWebサイトはデジタルアーカイブであるとも考えられており、人間記憶の外在化現象と呼ぶとのこと。忘却と記憶の消去にさいなまれてきた人間は、インターネットに記憶をバックアップする。文化社会資本として公認された情報だけではなく、資源として明確には認知されていない情報こそ大事であり、忘却とともに消えていくものの大きさを思い知る時代ではないかと言う武邑氏。記憶と忘却の変遷を常に考えておかねばならないと忠告する。また、これからはアーカイブの民主化、個人アーカイブに期待すると発言している。

 メディア美学者にとっての美とは何か、伺った。武邑氏の美とは、「感覚の調整」であると一言。重量的なアナログ表現が長きにわたり、表現そのものが技芸的になった。これらをデジタルに変換した段階によって変わったことはある。そのことで表現が拡張されてきたものと、擦傷されてきたものとがある。しかし、美の本体は変わらないと言う。ただ、19世紀末的工芸表現の世界の中に、壮絶な人間の美の極北のようなものを感じるときもあると言う。デジタル技術を用いて既存の絵画を透過し、その生成過程をも再現、あるいは累積されてきた作家の表現を解読して行くアプローチなどは、一枚のタブローを構成している多彩な時間や空間を自在に解読する醍醐味でもある。インターネット上に存在する膨大な絵画の複製画像、それ自身は簡易にアクセス可能な情報に過ぎないが、今後肌合い、におい、全体の雰囲気までが情報としては特権的になっていく可能性があり、かつてベンヤミンが指摘した「アウラの消失」は、逆に新しい時代の「アウラの支配」を作っていくことになるかも知れない、と語る。

 デジタル写真撮影の中に動物的な捕獲感覚や、キャプチャ−能力を見ると言う武邑氏。瞬時に現実を切り取る画像の中に、場所の緯度/経度、時間などと連携した情報をインプットすることが可能となったが、そこに膨大な意味情報との連携性を見ることができる。個人的に誰もがそういったツールを手に入れたとき、理想の光景を求めた写真の意味合いも変容してくる。個人の画像表現が社会環境全体と連鎖し、生成されて行く。これからの理想の光景とは、旧来の絵画や写真とはほど遠い、一枚の画像それ自身に内在された時間と空間の偏在的な情報が生成する、まったく新たなコンテクストになるだろうと予測している。無限とも言えるデジタルコンテンツが人工的な宇宙を生成し、美の追求のパラダイムをも変えてきている。

■たけむら みつひろ 略歴
東京大学大学院新領域創成科学研究科メディア環境学分野助教授。1954年東京・等々力生まれ、谷中育ち。1976年日本大学芸術学部文芸学科卒業、1978年日本大学芸術学部芸術研究所修了。同年日本大学芸術学部文芸学科副手、1980年助手、1984年同大学芸術学部専任講師、1995年京都造形芸術大学情報デザイン科助教授、1996年同大学メディア美学研究センター所長、1999年より現職。専門は、メディア美学、サイバー文化論。デジタル映像文化、VR、インターネットなど海外の先進的な技術文化を逸早く日本に紹介、日本の伝統文化資産のデジタル化を推進する「デジタル・ジャパネスク」プロジェクトを展開。米国MCN(Museum Computer Network)日本支部代表。著書:『サイバーメディアの銀河系』(1988,フィルムアート社)、『メディア・エクスタシー:情報生態系と美学』(1992, 青土社)、『デジタル・ジャパネスク マルチメディア社会の感性革命』(1996, NTT出版)、『メディアの遺伝子 デジタル・ゲノムの行方』(編著,1998, 昭和堂)『原典メディア環境1851-2000』(共著,2001,東京大学出版会)など。

■参考文献
武邑光裕『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』2003.東京大学出版会(第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞)



「美のデジタルアーカイブ」〈研究者シリーズ〉は今回が最終回です。来月からは「美のデジタルアーカイブ」〈企業シリーズ〉として毎月、アートとデジタルに関係する製品や商品の開発者・研究者などを訪ねて1年間の予定でご紹介して行きます。
[ かげやま こういち ]
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