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ミュージアムIT情報
掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
美のデジタルアーカイブ 新連載〈アーティストシリーズ〉
極限の体験を共有する写真家「石川直樹」
影山幸一
 「ミュージアムIT情報」美のデジタルアーカイブ4つめのシリーズは、〈アーティストシリーズ〉。毎月1人のデジタル技術を活用して表現するアーティスト(表現者)を、1年間で12名紹介していく。
 前回の〈企業シリーズ〉では、主にデジタルアーカイブに関わる機器やソフトウェア、デザイン、プロジェクトなどを手掛ける企業を紹介してきた。そして、〈MUSEUMシリーズ〉〈研究者シリーズ〉〈企業シリーズ〉にこの〈アーティストシリーズ〉が加わることにより、日本の美術館界におけるデジタルアーカイブの構築から運用まで一連のレポートがまとまる。
 デジタルアーカイブは有形・無形の文化財などを対象としているととらえられているが、近年は「ボーン・デジタル」などと呼ばれているCGやデジタル写真など、制作当初からデジタルで作られてきた作品や資料もデジタルアーカイブの主要な対象となってきており、その数は年々増加している。
 アーティストにとってデジタル技術は表現のためのツールとなっているが、デジタルの魅力は何か。デジタルの特質のどこをどのように活かして、表現効果を上げているのだろうか。CGやデジタルカメラなど、全工程をデジタル制作するデジタルアーティストでなくとも、パソコンやデジタルプロジェクターなど作品制作・展示の過程の中で一時的にデジタル技術を使用するのは今や日常的だ。
 デジタルアーカイブの視点から見ると、このように生産されてくるデジタル資料は一次資料(原物)とほとんど変わらない二次資料のひとつとなる。デジタルアーカイブの対象は歴史的文化財に留まらず、原則すべてが対象である。近頃デジタルアーカイブは「二次資料としてのデジタルデータのアーカイブ」とも言われており、Webサイトも対象となっている。
 〈アーティストシリーズ〉をとおして、デジタル技術特有の拡張性・蓄積性・利便性を活かしてアーティストがいかに作品制作をしているのか、そのコンセプトと制作プロセスから「デジタルアーカイブ」を考えていく。


極限の体験を共有する写真家「石川直樹」


 芸術表現は命懸けである。本人は淡々と見たいものを見に行っているというが、チョモランマ(8,848m・チベット)の6,400m地点にあるキャンプから衛星電話で画像(50KB)を送信する表現行為などは、きっとメディア・アーティストはやらないし、できない。

セロチリポ山/コスタリカ・2000年・タイプCプリント
セロチリポ山/コスタリカ
2000年・タイプCプリント
写真集『POLE TO POLE 極圏を繋ぐ風』より
 石川直樹(以下、石川)は2000年4月5日から2001年の元旦までの9か月間、北磁極から北米大陸・南米大陸を通り南極点へ人力だけで旅をした。世界中から選ばれた若者8人による「Pole to Pole 2000」と呼ばれるプロジェクトに、日本人としては唯一石川が選抜されたのだ。旅の途上で“Small step make a big different”というメッセージをアピールし、多くの場所でその土地の人々へ向けてプレゼンテーションを行ないながら南を目指した。石川は旅の経過を持参のノートパソコン(東芝Libretto)から衛星電話を使ってインターネットにアクセスし、日記やデジタルカメラで撮影した写真などを自分のWebサイトに送って、多くの人たちと体験を共有している。リアルタイムにこだわったのは、今、この瞬間に違う世界があり、異なる時間が存在するということを伝えたかったからだという。プロジェクトの記録は『この地球を受け継ぐ者へ』(講談社)にまとめられ、エプサイト・新宿では写真展 が開催された。この写真展では石川の身体的な記憶を基に、撮影してきた写真を石川の指示に従ってコンピュータで画像調整し、現地で感じた状況を作品に再現した。

写真家・石川直樹
写真家・石川直樹
 数々のチャレンジングな旅を続けている石川に旅と表現、その中で利用するデジタル機器の活用方法と考え方を伺った。5年前、当時22歳だった石川が旅の途中で書いた日記には旅人らしい趣味でキャパやサルガド、ウィリアム・クラインに触れる件りもある。現在27歳の石川は、世界7大陸最高峰登頂やミクロネシアの航海師に伝統航海術を教わったり、あるいは熱気球による太平洋横断を試みるなど、山・海・空と地球全体をフィールドに行動している。石川の冒険的活動の詳細は他のメディアに任せるが、ニュースなどで冒険家・石川直樹の名前を記憶している方も多いだろう。この取材前日までも石川はオーストラリアのアウトバック(荒野)におり、古代の知恵と伝統を受け継ぐアボリジニの集落といくつかの聖地を訪ねていた。

 私は5年ほど前に石川を知り、旅の成果を発表するスタイルを見て冒険家としてではなく、視覚的表現者として石川の作品に期待するようになっていた。それはちょうど石川が早稲田大学から、東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程(以下、芸大)に入学する時期であった。「やっぱりな」と私は思い、石川の色・形・構図・様式などを想像して、さらに期待感が高まった。芸大に入った理由を石川は「ミクロネシアの伝統航海術 (スターナビゲーション)は人間の身体技法を極限まで高めたもので、それを単に文化人類学の論文としてまとめるのではなく、芸術の根幹に通じる事象としてとらえてみたかった」と話す。星や風・波のうねりや海上の生物を目印とし、コンパスや羅針盤など近代計器類を使用しないで海を自由に行き来する航海術に、芸術の極みを感じた、と伝統航海術を大切にしている石川だが、「百聞して一見もする」の体験をさらに芸術表現に昇華させていくには、知識と技術に感性と運の合致が必要となるだろうから芸術も冒険と同様、容易ではない。

カヌーが生まれる森/ニュージーランド・2004年・タイプCプリント
カヌーが生まれる森/ニュージーランド
2004年・タイプCプリント、『The Void』より
 2005年1月14日から27日、東京・台東区鶯谷にある旧坂本小学校で開催された芸大修了作品展「Project the Projectors 04-05 台東」で石川のニュージーランドにおける森の作品を見た。「The Void」と名付けられた作品群は、教室の壁面横一列に44.7×54.9cmのタイプCプリントを額装した35点と短辺が1mほどある大判プリント2点、また隣の別室ではカラー画像がDVDに編集され、ホーメイの音と共に、大画面のモニタに森の中の風景写真がゆっくりと映し出されてゆく9分30秒の作品があった。石川は、メディア・アーティストではなく、写真家になったのだと思った。時間を感じられる風景を美しいと思うという石川の表現は、意外にも従来の写真家の展示手法であった。美をクリエイションする挑戦を感じられなかったことが悔やまれるが、精霊を追う視点は一見何の変哲もない木や葉の画像の中に聖地の物語が込められ、水越武の深さ・重さとは異なった、開放された自然な軽さを伴って手堅く質を保っていた。また、撮影対象を絞り込んだシンプルな表現が、杉本博司の“Seascape”(水平線で二分割されたモノクロの空と海)の作品にも通じるコンセプチャルな作品力に貢献した。見える人が見、感じられる人が感じるように、キャプションを極力省き、想像力を刺激するというのも、クールな石川らしい。旅先には6×7判のフィルムカメラ「Mamiya7II 」2台、「マキナ670」1台をメインに、35mmコンパクトカメラ「リコーGR1」とパソコン「Panasonic R3 」、記録用にキヤノンのデジタルビデオカメラを持参する。デジタルではなく中判のアナログカメラを画質の有利さから使用すると言っていたが、それ以上に「水を通すのが今の自分にとっての写真」という言葉に納得した。

 自分は冒険家とは思っていないという石川。きっと写真家とも思わないのだろう。あえて肩書きをつけると一学生かもしれないというが、行きたい場所に行って写真を撮り、文章を書く。要するに肩書きや枠組みなどにとらわれず、やりたいことを信念をもって実行することが石川直樹のスタイルなのだ。自分の目で見て、自分の身体で感じる体験を他者と素直に分かち合うことを目指しているという限り、自分本位の芸術家に陥いることはないだろう。文章で伝えた方がよければ文章、写真で伝えた方がよければ写真、インスタレーションや出版など作品のスタイルも自分自身で考え決めて行く。芸大の修士課程修了に際して書かれた論文「太平洋島嶼(とうしょ)部に伝わる古代航海術と人類拡散の旅路について」と写真「The Void」は、単行本と写真集という形で別々の出版社から年内に発行されるそうだ。また、今年の展覧会の予定は、9月10日からKPOキリンプラザ大阪(企画:椹木野衣)で八谷和彦・篠田太郎と3人展、11月1日から新宿ニコンサロンで写真展を開催することになっている。9月28日からは「横浜トリエンナーレ2005 」が始まり、今年後半は久々にアート界が賑やかになりそうではないか。

 石川にとってデジタル技術は、撮影した写真をスキャニングして見せたり、多くの人たちとコミュニケーションをする便利な道具であると言う。未整理写真が数多く残されているというが、大切な写真を死蔵させず未来に活かすうえからも、整理を兼ねたデジタル化を望む。デジタルアーカイブは作品とならなかった写真をも、時空を超えて未知の多くの人が見られる可能性を作った。写真の保存についてはアナログであるフィルム(「瀬岡良雄」「デジタルアーカイブスタディ」2005年2月15日号参照 )が今のところデジタルより優れている。だが、アナログ・デジタルに関わらず、大事な一瞬を撮影するのだから、保存に対しても留意する必要がある。デジタルで写真を保存する習慣をつけておくことは、作品の整理と見直しに留まらず、後世へ文化資産を繋げていくといったマクロな観点からも役割を果たすことになる。

 石川は読書好きである。中学1年のときに司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで坂本竜馬の墓参りに四国まで旅したのが一人旅の始まりだと言う。そして、高校2年のとき世界史の先生の影響を受けて、インド・ネパールへ初めての海外一人旅へ出た。川の上流から水をパンパンに含んだ女性の死体が流れてきて驚く。自分の周りにこんなにも知らない世界があったのかと。高校生のときに植村直己の『青春を山に賭けて』を読んで山へ憧れた石川は、つい最近、1940年英国生まれの紀行作家ブルース・チャトウィンに触発されて、南米大陸やオーストラリアへの旅を続けている。南米ではパタゴニアを縦断し、大陸の南端であるフエゴ島へと足を伸ばす。チャトウィンは、26歳で美術品オークション会社「サザビーズ」を辞め、世界中を旅しながら“人はなぜ動き続けるのか”というテーマを追い続け『パタゴニア』『ソングライン』などを著した。
 また、南米といえば昨年「デジタルアーカイブ」の言葉を生み出した月尾嘉男氏(「月尾嘉男」「ミュージアムIT情報」2004年1月15日号参照 )がアルゼンチンの南端、ホーン岬をシーカヤックで巡った冒険を思い出す。デジタルアーカイブ→冒険→アート→デジタルアーカイブの円環関係を新たに発見する。


(画像提供:石川直樹)

■いしかわ なおき
1977年6月30日東京都渋谷区生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程在学中。94年インド・ネパール1か月間の海外初の一人旅。97年アラスカ・ユーコン川約900kmをカヌーで単独走破。01年23歳で世界7大陸最高峰登頂の最年少記録を更新。北極から南極まで人力のみで移動するプロジェクト「Pole to Pole 2000」に日本代表として参加。スターナビゲーション(星の航海術)をはじめとするミクロネシアの伝統航海術を現地で学ぶ。著書・写真集:『この地球を受け継ぐ者へ』(講談社,2001.6)、『大地という名の食卓』(数研出版,2003.7)、『POLE TO POLE 極圏を繋ぐ風』(中央公論新社,2003.10)。展覧会:「for circumupolar stars 極星に向かって」(エプサイト・新宿,2003.2)、「Project the Projectors 04-05 台東」(旧坂本小学校・台東区,2005.1)など。
2005年5月
[ かげやま こういち ]
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