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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
Creative-boxを開発したクールなクリエイター集団「assistant」
影山幸一
 「辺境ばかりを選んでいるわけではないんです。どこにでも個性はありますが、短期の旅では辺境ほど強烈な個性に遭遇することが多いように思います。私の旅は、定期的な強力カンフル剤、『ナゼ?』が多く降りかかってくる可能性の高い辺境を選ぶのかもしれません」と言うのは、コンピュータプログラマーであり、クリエイター集団assistantの非常勤メンバーでもある須之内元洋(〔すのうち もとひろ〕以下、須之内)。今年からソニー(株)に勤務している。須之内の旅は、ヒマラヤの奥地、チベットよりチベットらしいといわれる北インド・ラダック、中国の北西端の新疆ウイグル自治区、この7月にはアラビア半島南西部の砂漠地帯イエメンへ。テロリストの潜伏が懸念され治安に問題がありそうなイエメンを、人も町も自然もアラビアンナイトを思い起こさせるすてきな土地、と言う。この定期的な強力カンフル剤の効能は、秘境の貴重な素顔を写真に残すだけではなく、地球規模の視座を備えたデジタルアーカイブのソフト開発にもつながっているようなのだ。

須之内元洋、松原慈、雑賀政年、有山宙
assistant
左から須之内元洋、松原慈、雑賀政年、有山宙
 初対面である須之内と退社後待ち合わせ、東京・代々木の「assistant」の事務所を訪ねた。オープンしてまだ2カ月のスタジオに、充分な設備はなかった。しかし、熱気にあふれていた。イギリスから帰国したばかりの松原慈(まつばら めぐみ)と有山宙(ありやま ひろい)も待っていてくれ、また、日本ユニシス・ソリューション(株) に昨年入社したという雑賀政年(さいが まさとし)も後から加わった。「assistant」のメンバーには、若いメンバーのほか、世界的モードクリニシュエの平川武治や、マネージャーとしてイギリスに在住の曽根幸枝が参加している。英名で表すとinternational & interdisciplinary design practice-assistant Co.,Ltdとなる。2005年2月に設立したこの有限会社「assistant」の原型は、2002年東京大学工学部建築学科在学中、中国語が縁で知り合った松原、有山、須之内の3人によって、interdisciplinary design practice(領域融合的デザイン活動の実践の場)を作るために同名のユニットとして結成された。在学中から建築デザインの提案やインタラクティブ作品などの発表を続けている。assistantの仕事は、まずプロジェクトを立ち上げ、各プロジェクトにより個人、団体とコラボレーションすることが多い。現在、東京のファッションブランドDress Campやスウェーデンの雑誌Sambandscentralenにグラフィックや空間デザインなど国内外、アナログ・デジタルを問わず幅広くデザインを提供している。

Happy City Web版のスクリーンショット
GPS付き携帯電話でのHappy City画面イメージ
上:Happy City Web版のスクリーンショット
下:GPS付き携帯電話でのHappy City画面イメージ
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 assistantの代表的なデジタル作品のひとつに「Happy City」がある。松原が中心になり、プロジェクトで完成させたこの作品は2002年(平成14年度)に情報処理推進機構(IPA)から未踏ソフトウェア創造事業に採択されている。GPS(Global Positioning System)*1付き携帯電話を使い、都市の気分を地図に反映させ、コミュニケーションを活発にするアプリケーション。街で楽しいと感じたときに携帯電話からhappyボタンを押すと、位置情報とともにそのhappy情報がサーバに送られ、東京の地図の上にみんなのhappy気分が蓄積され、サーモグラフィのようにほんのり赤く染まっていくhappy map。どんなところがhappyなのか、リアルタイムに動的な地図がチェックできる。善意の参加者がより多く登録することで、その場所の楽しいという価値を目に見えるようにするというアーティスティックな作品。可視化されたhappyが増殖していけばいいと願わずにはいられない、様々なことを喚起させる。2004年日本広告主協会の第2回Webクリエーション・アウォードWeb人 奨励賞を受賞した。

 また、「Creative-box」というソフトウェアの開発プロジェクトでは、須之内が代表として早稲田大学の久保陽太郎などのメンバーの協力を得て、プロジェクトマネジメント、システム全体の設計、Flash Client のコーディング*2、共有システムのコーディングを行なった。2003年(平成15 年度)のやはりIPA未踏ソフトウェア創造事業の支援を受けたこの作品は、写真を記録するフォトアルバムの機能だけでなく、思考を助けるための「Webスケッチブック」と呼べるものだ。用途を明確にして改良を重ねていけば、多種多様なアイテムを所蔵管理しているMUSEUM(この場合は特に博物館)のデジタルアーカイブに貢献できるソフトウェアとなりそうな予感がする。デモ版はあるが、まだ商品化はされていない。しかし、Creative-boxをベースとした「actlogPOM(P)」の開発・デリバリーに雑賀が関わり、今後商品化される可能性も出てきている。

 Creative-boxは、写真画像を整理するソフトウェアである。GPS付きカメラや携帯電話で撮影した写真画像と位置・時刻のメタデータを使い、Web地図上に自動的にそれらの情報を配置・表示する。独自の発見を記録・整理し、利用してゆくサイクルを生成、オリジナルのアーカイブを創造できる仕組みになっている。写真撮影・位置と時間の情報取得・テキストの編集といった情報収集ツールとして、地図空間・時系列空間・写真空間を相互に連携、参照しながら、直感的かつ連想的な操作で写真画像の編集を可能にしている。ユーザ間で写真が共有でき、新しいコミュニケーションも提供する。メタデータをRDF(Resource Description Framework) として写真画像そのものに埋め込んでおり、ネットワーク上で機能する新しい画像共有の有用なシステムを実現している。また一目でわかるユーザインタフェースを心がけており、写真画像の公開・非公開、コメントなどの設定が可能。ユーザ情報管理など他システムとの連携機能のインタフェースは、XML Webサービスで実装。その他、使用するブログを事前登録することにより、写真画像を外部のブログに送付することも可能である。システムなどの詳細については、須之内の修士論文「位置情報を用いたネットワーク型写真共有システムの研究」100ページすべてがWeb上に公開されているので、参照してもらいたい。

Creative-box クライアントユーザインタフェースのスクリーンショト
Creative-box クライアントユーザインタフェースのスクリーンショト
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 この日本の若い知性によって生み出されたソフトは、デジタルアーカイブのソフトウェアとして開発されたわけではないが、日本で誕生した概念であるデジタルアーカイブにとって頼もしい存在だ。記録・保存・活用に大きな可能性を秘めている。写真画像をWeb 上で共有し、マネジメントするためのメタデータの問題点を、須之内は次のように指摘する。
「ある写真について記述された、タイトル、解説、コメント等のテキストデータ、また、撮影時刻、位置情報等の写真に関するメタデータは、写真そのものとは別途にデータベースに保存されており、写真そのものを参照してもそのメタデータを参照することは不可能となる。また、ある写真のメタデータは、その写真を扱っている特定のシステムを介した場合にのみ参照できるが、参照する際の出力形式はそのシステムに依存するため、写真とメタデータの関連性が保証されないだけでなく、マシンリーダブルである保証もない。ある写真の画像データそのものはWeb の表層に存在し、誰もがブラウザを通じてアクセスしたり、ロボットが巡回して収集したりすることは可能であるが、写真画像に関するメタデータに関しては、画像周囲のテキストから推測する程度にしか得ることができない」。

 大事なことは、メタデータの記述方式と画像表示システムに留意することだろう。Creative-boxでは、デジタルカメラの画像フォーマットとして広く普及しているExif (Exchangeable image file format for digital still cameras)*3と、マシンに理解可能な情報モデルとして設計されたRDFを直接写真画像に埋め込むことによって、Exifの欠点を補っている。データ形式の汎用性、既存のリソースの有効利用の2 点を考慮し、RDF の設計においては、すべてのプロパティを独自のスキーマで定義することはしていない。Dublin CoreとWGS84 Geo Positioning*4のスキーマをベースに、ロケーションカテゴリと写真画像共有の可否を表すプロパティを新たに定義し、RDFでそのスキーマを参照することを須之内は考えた。多様かつ大量の資料を扱うMUSEUMのデジタルアーカイブでは、ISOによってCIDOC CRM(CIDOC Conceptual Reference Model)の文化遺産ドキュメンテーションの定義および形式上の構造が検討され、美術作品のメタデータにはCDWA(Categories for Description of Works of Art)が参考となるが、いずれにしてもMUSEUMの国際標準化の速度は遅い。

「今まで見たこともない面白いものを作ってゆきたい」と有山が語るように、須之内だけでなく、それぞれがそれぞれの強力カンフル剤を大切に持っているのだろう。「論文にhappyなんてタイトルをつけるのは君くらいだ」とトロンの生みの親である恩師の坂村健に言われたと言っていた松原。シンプルで強い表現を求めながら、軽妙洒脱な彼らのシャングリラが築かれてゆくのだろう。知力・体力・行動力を兼ね備えたクリエイター集団が、代々木から世界をターゲットに動き出した。

(画像提供:assistant)

*1:人工衛星を利用して地球上のどこにいるのかを緯度・経度・高度などによって位置を正確に表示するシステム。高度約2万kmの6つの円軌道に4つずつ配された米国防総省が管理するGPS衛星からの電波を利用し割り出している。
*2:プログラミングとほぼ同義。ソフトウェアの仕様書やフローチャートなどをプログラミング言語によって具体的にソースコードを作成すること。
*3:1994年に富士フイルムが提唱したデジタルカメラの画像ファイルの規格。事実上の標準フォーマット。
*4:World Geodetic System 1984(世界測地系)における、緯度・経度・高度の値を記述するためのRDF スキーマ。

■あしすたんと
組織名:有限会社assistant
設立年:2005年2月
スタジオ:東京都渋谷区代々木4-28-8-606
代表者:代表取締役 松原 慈
メンバー:有山 宙、須之内元洋、平川武治、曽根幸枝
事業方針:都市とツーリズム、空間とシチュエーション、通貨とショッピングを三本の軸に、独自の視点をもって実験的なデザインを展開する。
主な受賞:Webクリエーション・アウォードWeb人 奨励賞(2004,日本広告主協会)、Canon Digital Creators Contest Macromedia賞(2003,キヤノン)、IPA未踏ソフトウェア創造事業採択(2002・2003,情報処理推進機構)、新建築住宅設計国際競技佳作(2001, 新建築社など)、東京大学卒業設計賞(2001,松原、有山)など。主な展覧会: Canon Digital Creators Contest Winning Work Exhibition(2003-4,東京・ニューヨーク・メリーランド)、Tanabata.org Art(2003,仙台)、SUKIMA Project(2001,東京)など。

■参考文献
須之内元洋『位置情報を用いたネットワーク型写真共有システムの研究』東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻人間人工環境コース修士論文,2004.2.27, http://www.media.k.u-tokyo.ac.jp/%7esunouchi/master_thesis_sunouchi.pdf
2005年8月
[ かげやま こういち ]
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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
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