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掲載/田中浩也|掲載/影山幸一
ミニマルに隠されたヒント。描く行為の継続と必然を問う
「額田宣彦」
影山幸一
 ポップでかわいい車や飛行機の絵、グリッドで構成された2色の文様。一見デジタルの線で制作したように、やさしいCGのイラストやデザインに見えるが、この額田宣彦氏(以下、額田)の絵画作品のシンプルさはただごとではない。最初に額田の作品を見たのは1999年。東京・早稲田のギャラリーNWハウスの個展「Black Out」か、上野の森美術館で開催された「VOCA展'99」だったであろうか。絵画をデジタルで記録・保存するデジタルアーカイブを考えてい るとき、シンプルな中に複雑な要素が潜む額田の作品がふっと浮かんできた。どこまで絵画作品を精確にデジタル記録するか、それは色や形など視覚的な“見え”の精確さもあるが、二次資料としてデジタル記録の必須事項を何に規定するか、考える要素を提供してくれそうだ。つまりオリジナルである絵画の何を誰がどのように記録するべきかを、研究者のみならず作家や鑑賞者の視点でも考え、デジタルアーカイブの活用を発展的に促せないものかと思案している。ミニマルな額田の作品に隠された色彩・形状・画材・コンセプトなどの意味に、そのデジタルアーカイブのヒントがありそうだ。愛知万博が開催された名古屋・長久手町にアトリエを構える額田を訪ねた。

《a car in day time》 《Planes》
左:《a car in day time》oil,egg tempera on linen
112.0×145.5cm, 2005, 撮影:城戸 保
右:《Planes》acrylic on canvas
145.5×145.5cm, 1999, 撮影:竹内宮人
 名古屋市内は思いのほか活気があったが、万博で活躍した電車リニモは空いていて「公園西駅」で下車したのは10人足らず。無人の改札口を出ると万博で使われていた観覧車が止まったままでちょっと寂しそうだ。しばらくして額田が車で迎えに来てくれた。初対面だったがほかに人がいないのですぐにわかった。駅から5分ほど走った住宅街に額田のアトリエ兼住居はあった。2年ほど前に額田自身が設計したという2階建てのきれいな白い家屋である。床を塗装したばかりという自然光が差し込む1階にあるホワイトキューブのアトリエは広い。ゆっくりと額田は語る。大阪出身だが関西弁ではない。東京にいた頃東京弁をマスターしたらしい。額田は小学生の頃メンコやビー玉で遊んでいて、漫画家になりたかったと言う。だがストーリー作りが苦手で漫画家は諦めた。そして中学・高校時代には映画監督に憧れた。しかし、これも資金がかかるのと一人では製作できないことがわかり、一人で製作できる最小限のメディアである絵画を選択するに至った。ベルギー生まれで今年76歳の作家Raoul De Keyser、作品としては河原温のデイトペインティングが好みと言う。

画家・額田宣彦
画家・額田宣彦
 今から20年ほど前の額田はサイズの大きい画面に人物などの具象画を描いていた。徐々に抽象度を増しながら完成度を上げていったが、12年くらい前、絵を描けないスランプの時期があった。1年間アトリエにこもり悩んだ。そんな時、以前に描いていたドローイングなどが参考になり、描けない自分をリアルに描く方法、立方体を積み上げていくシステム「Jungle-Gym」が閃く。「Jungle-Gym(99-3)」は額田の到達点であり代表作である。淡々と同じような絵を描くようになるとはまったく思いもしなかったと額田。絵が少しわかったような気がしたそうだ。現在の額田の作品は、麻布や木のパネルに全面単色でフラットに塗り、その上にもう一色異なる色でマスキングをせずに、一本一本丹念に線を重ね塗りしている。絵に近づきその微妙な線のゆらぎを発見すると、ホッと安心して緊張感が解ける。この一瞬、作家との繋がりを感じるが、それも束の間で次の瞬間には絵の意味を探り、作家の想いを追いたくなってくる。ただ、今度はキャプションなど絵の意味を探る手がかりをもって思考を巡らすが作家とはもう繋がれない。一人、絵の前で呆然としながら、結局は自分自身と向かい合うことになる。色面に載っている線を目で追いつつ、グリッドの網目をもぐり空想に遊ぶのだ。

《Jungle-Gym (99-3)》
《Jungle-Gym (99-3)》
oil on canvas, 116.7×116.7cm,1999
豊田市美術館所蔵, 撮影:竹内宮人
 
 
 額田は作品を構想するときも作品を保存するときも、デジタル技術を使っていないと言う。作品の記録は作品サイズに合わせカメラで、4×5、6×7などのポジフィルムに残している。最近デジタルカメラ「RICOH GR DIGITAL」を購入し、これからは個展などの記録をデジタルでも撮っていくそうだ。人間の眼の感性は10秒間で環境に適応すると新聞(朝日新聞,時流自論「デジタル化する人間の眼」藤原新也,2006.4.3)に出ていたが、デジタルが普及したここ10年でわれわれの眼がデジタル化し、感性も変化したという自覚はない。眼の感性を豊かにするには見るものをアナログ・デジタルと選択して、視覚環境をよくする意識を今まで以上にもつ必要があるのかもしれない。

 ところで、絵画のデジタルアーカイブであるが、絵画作品→写真→デジタル画像、あるいは絵画作品→デジタル画像、と経て製作される一枚のデジタル画像。その画像の各部分と連動してテキストがあるのが望ましい。メタデータの中に画像が添えられるのではなく、写された作品の各所に対応したコメントを添付できないものか。デジタル画像だけでは絵の妙味の再現に限りが出てくる。画像の記録については、モノクロでも絵柄の認識ができればいいという見解もあり、画像サイズなども不規則なのが現状だ。またメタデータも標準化されていないのに加え、画像とメタデータの関連は単調で無機的である。記録方法は自由でよいとはいえ、進展するITを有効に活用するのも現代に生きるわれわれの役割だ。わからないものをわかるように、またわかりにくいものをわかりやすく、ときにはあえてわからないままに編集し、理解を深めるよう導くことがデジタルアーカイブに求められているのではないだろうか。

 実際に額田の作品「Jungle-Gym」は遠く離れて見るとわからないが、絵に近寄ってよく線を見ると前にも述べたがゆらぎを見ることができる。さらに額田によれば、青色のところは油彩、黄色のところはテンペラで、赤の線は黄色の下地を塗ったあと、油彩で描いたと言う。線のゆらぎはデジタル画像の拡大機能を使えば見ることができるだろうが、画材についてはメタデータに画材名が羅列してあるだけではどの部分がテンペラなのかは判断できない。額田が言うにはテンペラの黄色でないと油彩の青色とバランスがとれない。このような作家のこだわりなどをメタデータに記述しておく新しい習慣を作り、画像とテキストの関係が密になればメタデータも親しみが湧き、作品の解釈にも幅を持たせられるのではないだろうか。印刷物に向いている絵、デジタル画像に向いている絵があるが、額田の図録やポストカードを見るときは創造力を働かせよう。額田の作品に限らないが絵の大きさや質感、香りはオリジナルでないと味わうことができない。

《Jungle-Gym》 《Jungle-Gym》拡大部分
左:《Jungle-Gym》
oil,egg tempera on linen, 33.5×33.5cm, 2005
右:同、拡大部分
 
 
 東京・上野の国立西洋美術館(館長:青柳正規)では、4月29日から3年計画で「ウェル.com 美術館プロジェクト」が開始される。“ウェルカム美術館”と呼び、もっと美術館に気軽に足を運んでほしい、という願いが込められているが、来館者獲得ではなく、来館者の満足度を上げるのが狙い。世界に唯一の番号を指定するUコードというIDによるコレクション・マネジメントや、NHK映像アーカイブス、オンデマンド印刷、携帯端末と連携した美術館サービスの提供、さらに3DCGによる3次元デジタルアーカイブなどを一体化した国内の美術館では初めてのユビキタス・ネットワークプロジェクトである。指紋認識のセキュリティーや小額決済に基づいた課金機能を備えた専用の端末を展示作品の前にかざすと画像と基本情報が多国語で表示・音声ガイドされる。作品と鑑賞者の距離を情報を使って近づける発想は先のデジタルアーカイブと同様だ。

 額田の今の課題は継続だと言う。絵画を継続する必然性を伴って最後まで作品を制作していきたいと語る。描く行為の意味を考えて描く。普通に生活をしながら淡々と普通に絵を描くことを理想とする。絵を描くと考え、悩み、簡単にはいかずに億劫なときもあるというが、目的なく普通に描ける状態がくるよう、民芸(民衆的工芸)運動を起こした柳宗悦(やなぎむねよし〉などの足跡を辿り、職人たちが生み出した健康で日常的な美を学んでいる。また、作品の鑑賞者を拘束させるのを嫌う額田は、作家と作品と鑑賞者の力関係がゼロの状態になるのが理想だと言う。言わないのもだめ、言いすぎもだめ。頭で作るのではなく、先に手で作り、頭と手のずれをきちんと残す。行為や感情だけで制作すると作品と鑑賞者とは対等でないような感じがするらしい。額田が鑑賞者を意識するというのは、「他者とはリンクできない」という前提からきており、リンクできない他者を意識して作品を作ることは、他者を経由した自己の探求に帰結する。デジタルアーカイブは、作品と鑑賞者の距離を短縮するばかりでなく、一方的な情報の圧力にならないよう力の加減にも配慮し、記録→保存→表示→創作→記録の円環運動を生むさまざまな工夫がいる。額田作品の特徴は思考と感性を濃縮した後、限界点に立った地点から始まり、潔くシンプルに仕立てたところにある。もうひとつ大きなものを捉えたいという、これからの額田の挑戦を見守りたい。

(画像提供:額田宣彦)
■ぬかた のぶひこ
画家。1963年9月19日大阪府泉大津市生まれ。愛知県立芸術大学美術学部美術科助教授。
学歴:1988年愛知県立芸術大学美術学部油画科卒業。1990年愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。1991年愛知県立芸術大学大学院美術研修科修了。1999-2000年ポーラ美術振興財団の助成によりロンドン滞在。


主な個展:
1987年ラブコレクションギャラリー(愛知)
1989年「レスポワール展」スルガ台画廊(東京)
1991年ギャラリーQ(東京)
1995年ギャルリーユマニテ名古屋(愛知)、ギャルリーユマニテ東京(東京)
1996年「シュローダーのピアノ」ギャラリーαM(東京)
1997年ギャラリーNWハウス(東京)、水戸芸術館現代美術センター クリテリオム(茨城)
1998年「存在の夢」ギャルリーユマニテ東京(東京)、「存在の夢」ギャルリーユマニテ名古屋(愛知)
1999年「不在の声」ギャルリーユマニテ東京(東京)、「Black Out」ギャラリーNWハウス(東京)
2001年「a light in a room」オン・ギャラリー(大阪)、「仮説の宇宙-HYPOTHESIS' COSMOS-」エキジビション・スペース 東京国際フォーラム(東京)、「仮説の宇宙-HYPOTHESIS' COSMOS-」ギャルリー東京ユマニテ(東京)
2003年「営巣地」ギャルリー東京ユマニテ(東京)
2006年「追加」ギャルリー東京ユマニテ(東京)
主なグループ展:
1996年「Kind of Blue」白土舎(名古屋)、「Sunny Side Up」ギャラリー那由他(横浜)
1997年「多様性の舟」東京国際フォーラム(東京)、「存在の夢」ブタペスト市立美術館(ハンガリー)、「二人展 奈良美智・額田宣彦」第5回NICAF 東京ビッグサイト(東京)、「絵画の方向'97」大阪府立現代美術センター(大阪)、「めをえらぶ〜変容した思考様式」東京造形大学附属横山記念マンズー美術館(東京)
1998年「イノセント・マインズ」愛知芸術文化センター(名古屋)
1999年「VOCA展'99」上野の森美術館(東京)、「寺田コレクション秀作展Part1」東京オペラシティアートギャラリー(東京)、「ペインティング・フォー・ジョイ:1990年代日本の新しい絵画」国際交流基金フォーラム(東京)以後、アメリカ、ヨーロッパ巡回
2000年「ブラック&ホワイト」東京オペラシティアートギャラリー(東京)、「システミック・ペインティング2000―方法としての絵画」文房堂ギャラリー(東京)
2002年「現代の美術」群馬県立近代美術館(群馬)
2003年「SILVER LINE」(丸山直文 玉井健司と3人展)桜華書林(長野)
2005年「キュレーターの視点<点>と<網>」埼玉県立近代美術館(埼玉)

パブリック・コレクション:
東京オペラシティアートギャラリー、東京国際フォーラム、国際交流基金、豊田市美術館

■参考文献
展覧会パンフレット『額田宣彦‐追加』2006.1.16, ギャルリー東京ユマニテ
展覧会パンフレット『額田宣彦‐営巣地』2003.6.30, ギャルリー東京ユマニテ
図録『額田宣彦‐仮説の宇宙‐』2001.11.24, エキジビション・スペース, ギャルリー東京ユマニテ, 額田宣彦
山本さつき「ON―平衡する〈絵画〉」『武蔵野美術』No.116|春|, p.76-p.83, 2005.5.1,武蔵野美術出版部
図録『VOCA展'99「現代美術の展望―新しい平面の作家たち」』p.52-p.53, 1999, 「VOCA展」実行委員会/財団法人日本美術協会・上野の森美術館
「Artist Interview 1額田宣彦 描けない自分を描く方法」『美術手帖』p.117-p.124, 1998.10.1, 美術出版社
2006年4月

1年間(12回)連載してきた「美のデジタルアーカイブ〈アーティストシリーズ〉」は今回で最終回となります。次回からは地域で特色のあるアート支援活動をしている組織・団体を訪れ、その活動目的やIT活用法などをレポートする予定です。画廊や美術館以外に広がるアート表現とその運営する組織の現状から、アート・地域・ITの問題点を探っていきます。引き続きお付き合い下さい。

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