artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
ミュージアムIT情報
Acquisition Method──採取の技法 #12
田中浩也
■ Mobiler's Fieldwork
 私たちの空間的な身の回り──プライベートな居住環境のみならずパブリックな都市環境を含んだ「生活圏」という意味で──に能動的に働きかけ、それを再定義・再編成して意味づけていくこと。そして自分自身を含んだモノゴトの位置や布置を確かめながら、「身の回り」の範囲を少しずつ広げ(あるいは詳しくして)、理解し、利活用していくこと。この連載では1年にわたって、そうした素朴な営みを、情報技術に支えられた「デジタル・アーカイヴィング」と「フィールドワーク」の接点から位置づけなおす試みを行なってきた。粗い見取りを許してもらうならば、「デジタル・アーカイヴィング」を支えるのは新しいWebのかたちであり(Web2.0を含む)、「フィールドワーク」を支えるのは観測装置としての軽量なモバイルデヴァイスである(具体的には、この連載中で紹介した、デジタルカメラ・GPS・ボイスレコーダ・各種センサ、そして時に植物までも、私たちの身体や知覚を増幅してくれそうなあらゆるデヴァイスのことを含意している)。もう一段のパラフレーズを行なうならば、「ネットワーク」と「フットワーク」の接点を自らが紡ぎだすこと。ここに新たな「観測社会」へ向かう鍵があるという点を、本連載を通じてのひとまずの結論としておきたい(もちろん、「モバイル」と「Web」の連携技術は現在まだ十分ではなく、これからの展開が見込まれる分野ではある。本連載で強調したかったことは、近い将来に実現されるそれらの情報環境の上で、生まれてくるであろう文化や社会のあり方、あるいはポジティヴな捉え方、そうした状況への道筋などを、少しだけ先取りして実際に試してみることだった。最も重要なことは、あくまで日々の生活を基本におき、技術を逐次そのなかにうまく吸収するような態度であろうと思う。念のため……)。

■Bending Everything
 
さてしかしながら、前号でも記したように、昨今の先進的な取り組みは、デジタルデータとしての「記録」のみならず、フィジカルオブジェクト──すなわち物質のサンプリング(採取)へとも向かいつつある。電子楽器や電子玩具を分解して改造する「ベンディング」はそのような動向のひとつの発現と捉えうるだろう。いまや、「ベンディング」の対象は、ソフトウェアからハードウェアまであらゆるものへ拡張しうる状況にあるといわれる。アーティストは、自らの創造の源としてそのような実践を積極的に行ない始めている。ここまでは前号でも述べたとおりである。では、本連載での文脈に即して、「未来の生活者」の立場を想像してみると、どのような見取りが可能であろうか?
 たとえば、次のように考えてみることができるのではないだろうか。私たちは、好きなものを拾い、集め、加工し、コンピュータを埋め込み、またもとの場所に戻して置いてくることで、自分たちの「生活圏」のなかに徴を残してくることができるのだ、と。つまり、電子と物質が重畳する(通常「ユビキタス」と呼称されてもいる)世界づくりへ能動的に参加する実践である。筆者はそのような試みを「環境のベンディング」と呼んでみたいと考えてはじめている(参考:『春秋』No. 485「特集 ベンディング・カルチャー」所収、田中浩也「環境のベンディング」、2007年1月、春秋社)。
 ここで思い出されるのは、子供の日常的な「採取」や「蒐集」の営みである。街に落ちている、所有が放棄されたと思われる小さなモノを拾い集めた経験のある人は現代どれくらいいるだろうか。あるいは、「痕跡の刻印」という営みを思い起こしてもよいだろう。街の中に自分の徴を残すようなマーキングの密かな楽しみは、読者の皆さんの記憶にあるだろうか(何も若者のストリート・グラフィティ文化にまで言及しなくても、こうした日常の冒険は子供にとっては当たり前だったような気がするのは、筆者の思い込みだろうか?)。筆者がここで言っている「環境のベンディング」とは、こうした子供の戯れのような営みを基本におきながら、「コンピュータを埋め込む」という現代的なテクニックを挟むことで、「技術」の可能性への視座を養い、同時に「社会」への参与をも行なうような実践のことである。繰り返すが、ここで重要なのは、「拾い、集め、加工し、コンピュータを埋め込み、またもとの場所に戻して置いてくる」という一連の「手順」である。

■Augmented Materials
具体例を紹介しておきたい。筆者の研究室で、学生が開発した「Augmented Stone」というプロトタイプがある。
図:石ころに電子回路を埋め込んだ「Augmented Stone」(村田裕介/慶應義塾大学)
 
路上の石ころを模って、本物そっくりの石の中に小型マイクと電子回路・電池を埋め込み、接着してもとの場所に戻す。この「拡張された石」は、外見は普通の石のままでありながら、人が蹴ると中のLEDが発光・点滅して、石蹴りのリズムを提示し、人の次なる行為を導いてくれるという機能を持つものになっている。石どうしが一定距離内に近づくと、無線の技術によって、お互いに通信・呼応し、点滅の間隔がシンクロしていく。犬の散歩の途中で、互いの犬自身が飼い主同士の意思を越えてコミュニケーションをはじめてしまう感覚に近いだろうか。「石蹴り」という自然な行為(もちろん、大人になるにつれて、だんだんしなくなってしまうかもしれないけれども……)をきっかけとして、路上でちょっと新しいゲームのようなものが始まるかもしれない。こういうモノづくりは、「落ちている石ころ」という物質(素材)の、潜在的な可能性を増幅・発現させたようなものと言えるだろう。そして、石ころはもちろん無料であるので、「Augmented Stone」は「量産」することもできる。幾つも作って、環境の広がりの中、あちこちにそっと置いてくるような、実験を行なっているところである(そのあたりの「量産」の論理も、将棋の「と金」(歩)に少し似ているのかもしれない)。

■技法のミライ ──採取のフィールドワークから加工のフィールドワークへ
「Augmented Stone」は一例であり、このような取り組みはまだ始まったばかりである。「デジタルデータ」に媒介された表象の諸実践から、「小型電子回路」に媒介される物質の諸実践への転回。「採取の技法」が習得できたら、次に論じるべきは「加工の技法」ということになるだろうか。これからのフィールドワークは、「ものづくり」の技法と相まって、そうした、新しいファブリケーションの文化にまで接続するかもしれない。「採取」と「加工」。そう、思い起こせば、これはまるで「料理」をするかのようなプロセスなのである。

作品制作:村田裕介(慶應義塾大学 田中浩也研究室)
田中浩也 http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/
[ たなか ひろや ]
前号 次号
ページTOPartscapeTOP 
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。