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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
ウェブ・サイト・コレクションと著作権
歌田明弘
 デジタル時代の誕生は、著作権を擁護するためにさまざまな制度的改変をもたらしているが、著作物の利用という観点からも、新たな考え方が必要とされている。そうしたことを考えさせられたのは、昨年1月に国会図書館の主催で行なわれたシンポジウム(*)で基調講演をした「インターネット・アーカイヴ」の代表者ブルースター・カールの発言を知ったからだ。
 インターネット・アーカイヴというのは、前回書いたように、世界中のサイトのキャッシュ・データを保存し、そのデータベースにアクセスできるインターフェイスを作って公開しており、議会図書館のウェブ・サイト保存プロジェクト「ミネルヴァ」にも協力している。

「まずやってみたら」と著作権局は言った
 インターネット・アーカイヴは、『インターネットの起源』という本の執筆に使われたインターネットの前身ARPANETに関する資料を公開した。それらの資料には著作権があったので、代表者のカールは著作権局に相談に行った。カールによれば、著作権局の担当の女性スタッフは非公式ながらこう言ったという。
「あなたは著作権について訴えられる可能性があります。でも通常、著者はその前に『掲載をやめてください。ネットから削除してください』という手紙を送ってくるでしょう。すると、あなたには選択の余地が生まれるわけです。それを削除すれば、彼らは多くの場合、満足して手を引くことでしょう。もしあなたがそれを削除しなければ問題になります」。
 まず公開し、掲載をやめてほしいと言ってきたときには削除するのが合理的であると彼女は暗に教えてくれたのだと、カールは理解した。そして実際に公開したところ、その後3年間、掲載をやめてほしいという手紙は一通も受けとっていないという。
 インターネット・アーカイヴは、ウェブ・サイトについても同様の原則をとっている。ウェブ・ページをキャッシュするさいに、巡回ソフトを拒否しているサイトのデータは集めないが、それ以外のサイトについては許諾なしでキャッシュし公開している。「何でそんなことをしてるんだ。うちのサイトを全部、画像から何から一切合財ダウンロードするなんて」と言ってきた人々には、自分たちの活動の趣旨を説明する。そうすると9割の人々は納得し、「きみたちはクレイジーだけどわかった」と言ってくれるという。それでも削除してほしいという人には、巡回ソフトがデータを収集するのを拒否する方法(巡回ソフトがサイトに来てまず参照するrobot.txtにそう書きこむ)を教える。そうしたやり方で、この5年間、問題なくやってきたそうだ。

訴えられる危険性
 検索エンジンのグーグルも、サイトのキャッシュ・データを持ち、アクセスできるようにしているが、次にサイトを巡回したときには以前のキャッシュは消しているので、こちらは一時的にデータを保存しているにすぎない。長期的な保存を前提にしているインターネット・アーカイヴの場合は問題がより複雑だ。
 著作権局はもちろん、公式には「とりあえず公開してみたら」などとは言わないだろう。また、インターネット・アーカイヴが営利企業で大金を得ていたら、非公式にでもそうは言わなかったにちがいない。著作権局のスタッフが理解ある発言をしたのには、アメリカの著作権局が議会図書館の部局であることも関係しているにちがいない。議会図書館とインターネット・アーカイヴは協力関係にあるから、リスクがあることは告げながらも、インターネット・アーカイヴにはできるだけ踏みこんだ活動をしてもらえればありがたい、それが議会図書館の偽らざるところのはずだ。議会図書館が2001年9月に発表したウェブ・サイト保存プロジェクトについての最終報告には、インターネット・アーカイヴとの協力関係が必要な理由について、次のように書かれている。
「法的に不確実な分野について議会図書館は制約が多く、争いが起こりかねない活動は避けなければならない。インターネット・アーカイヴのほうが束縛は少ない。彼らは、法的な枠組が解釈によって変化することを知りながらも、公共の利益になると信じることについては踏み出す選択をしている。インターネット・アーカイヴが法的なリスクと将来的な負担をすすんで受け入れてくれていることによって、研究者たちは総じて多大な恩恵を受けている。しかし、インターネット・アーカイヴがやり過ぎて自分たちや協力者が政治的法的困難に陥る可能性はつねにある」。
 報告書のなかに何気なく書かれているような一節だが、こうした作業の法的な曖昧さとそのリスクを端的に語っていて興味深い。この文章のまえには、「インターネット・アーカイヴは一人の人間の判断ですべてを決めることができ、素早く動くことができる柔軟な組織」であり、それにひきかえ自分たちは「長期にわたる財政運用の制約があり、柔軟な構造ではなく、議会と市民の詳細なチェックがある」とも書かれている。危険負担をインターネット・アーカイヴに負ってもらうことで、自分たちには踏みこみにくい政治的法的グレー・ゾーンの活動を補ってもらっていることを暗に認めている。実際、著作権やプライバシーの侵害でウェブ上から削除されたデータまで保存してしまうなどのかたちで、訴訟沙汰になる危険性を「インターネット・アーカイヴ」はつねに抱えている。訴訟社会のアメリカのことだから、「デジタル・ライブラリアン」を名乗る善意のこのパイオニアが担わなければならない負担は理不尽なまでに大きいというべきかもしれない。

著作権制度の弾力的運用が必要だ
 著作権局も、著作権について杓子定規に法律をあてはめるだけでなく、著作物を利用しやすくする必要があると感じている。この報告書でも、公開されているウェブ・サイトをあらかじめ許諾を得ずともコピーし保存できる権限が必要だと進言し、実際、著作権局が議会図書館と協議して、法改正も含めた検討作業を進めていることを明かしている。厳格化する一方の著作権法の流れとは異なるものの、公共の利益に合致している非営利の活動の場合には、杓子定規な著作権の適用とは異なる発想で著作物をあつかうべきだということがしだいに認識され始めている。
 以前書いたように日本の国会図書館もウェブ・サイト保存プロジェクトを進めている。国会図書館のシンポジウムに来日したブルースター・カールは、自分たちが収集した日本のサイトのキャッシュ・データを国会図書館に寄贈したようだ。しかし、国会図書館ははたしてそれを使うだろうか。「あらかじめ著作権者の許諾がなくても、クレームがない場合は非営利の活動での著作物の利用を認める」ぐらいの法的擁護を制度化することがなければむずかしいのではないか。国会図書館は、ウェブ・アーカイヴィングをどのように進めるかについて審議会に諮問し検討を進めているようだが、さしあたり実験段階の現在、国会図書館のプロジェクトは行政府などごく一部のサイトに収集の範囲を限定している。著作権のことを考えるとそうせざるをえないだろう。しかし、ウェブ・サイトの資料的な価値が今後どんどん増していくことを思えば、「まず許可がいる」という原則からの方針転換を検討するべきだろう。

(*)2003年3月に出版ニュース社より記録集「文化としてのウェブ情報――ウェブ・アーカイビングに関する国際シンポジウム」が刊行されている。
[ うただ あきひろ ]
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