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ミュージアムIT情報
掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
光り輝くガラス細工と赤の洪水
──森美術館「クサマトリックス:草間彌生展」「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望 2004」

歌田明弘
眺望と美術館のカップリング
ミュージアム・コーン、森美術館
Exterior Images
ミュージアム・コーン、森美術館
 昨年10月に六本木ヒルズの最上階にオープンした森美術館にはもう行かれただろうか。
 私はなんとなく行きそびれていたが、「六本木クロッシング:日本美術の新しい展望 2004」という展覧会に興味があって行ってみた。
 いきなりおカネの話で何だが、森美術館の入館料は1,500円とかなり高い。これは展望台「東京シティビュー」への入館料も含まれている。「美術館だけに行きたい」と思っても、それはだめ。展望台もセットだ。また逆に、「美術館には興味がない。眺望だけ見たい」と思ってもそれもだめ。「なんだ、都合のいいセット販売か」と思ったが、実際行ってみると、どうもそういうことではないらしい。
 この美術館が異例なのは、高額の入館料だけではない。開館時間もそうだ。週末の3日間は深夜12時までやっている(月水木は夜10時まで)。つまり一杯飲んで、それから美術館でも行ってみるか、ということが十分可能なのだ。実際夜10時過ぎに私が帰ろうと出口に向かうと、飲んだあととおぼしき中年男性のグループが入れ違いにどやどやとやってきた。
 これまで美術館、とくに現代美術などにはまったく縁のなかった人々も、眺望見たさにやってくる。眺望とカップリングされているので(いやおうなく)美術館にも入らざるをえない。しかも夜中まで開いていることで、仕事が終わって一杯やったおじさんたちまでグループで(!)現代美術鑑賞をすることになる。

もっともカネのかかったアート
草間彌生《水玉強迫》
草間彌生《蛍の群舞の中に消滅するあなた。》
上:草間彌生《水玉強迫》2004
下:草間彌生《蛍の群舞の中に消滅するあなた。》2004
ともに、
展示風景:森美術館 インスタレーション(ミクストメディア)写真:中野正貴
 一方、美術館に行こうとした人間もまず眺望を見せられる。東京の夜景は何度も見てきたはずなのに、六本木ヒルズの展望台からの眺めは圧倒的だった。細かなガラス細工が視野の限りに広がっているかのようだ。こんなに遠くまで、そしてじつに高密度に光が散りばめられているとは思わなかった。この夜景はまさしく、長い年月と膨大な費用、多くの人手によって生まれたアートである。森美術館が提供するのは、美術館のなかのアートだけではなく、都市の眺望もまたアートであるというコンセプトで、双方が美術館の不可欠の要素になっているのだろう。
 しかし、この眺望に負けないような美術作品などあるのだろうか。なまじっかのインパクトのアートではかなわない。そんなことを考えながら展望台をぐるっとまわり、美術館の入り口にたどり着く。会場にはいると、いきなり赤い色に呑みこまれた。白い水玉が入った巨大な赤い風船の群れ。「六本木クロッシング」とともに行なわれている草間彌生展「クサマトリックス」だ。
 暗い夜景に慣れた目には、真っ赤な部屋はそれだけで衝撃的だ。都市の夜景の陶酔から覚まされるような強烈なイニシエーションを受ける。赤い水玉の部屋に続いて、大小の人形で埋まった部屋があるかと思うと、小さい無数の光が浮いている鏡の部屋に放り込まれ、自分の位置もわからなくる。
 そんな手荒な洗礼を受けながら、「海抜250メートルから見た都市の夜景に匹敵するアートなどない」と思ったことが間違いだったことに気づかされる。草間彌生の作品を見るといつも「人間の肥大した自我」ということを思うが、人間の異様な心や欲望の強迫性は、都市の圧倒的な夜景に匹敵しうるのだろう。

インテリジェント・ビルのなかのアート
小谷元彦《ロンパース》2003
小谷元彦《ロンパース》2003
DVD 3min.(approx.) Courtesy:山本ギャラリー
 ようやく目あての「六本木クロッシング」に着く。これは、6人のキュレーターが選んだ57組の作品をクロッシング[交差]させている展覧会。日本のアートから注目すべきアーティストを2、3年ごとに紹介していくとのことで、今回はその第1回目だ。相当量の作品群が置かれており、総じてレベルが高くおもしろい。ITを駆使した作品も多いが、「退屈なメディアアート」の域を完全に脱している。筆者の好みからいくつか列挙すると、狂気の混じった視線の少女の動画・小谷元彦《ロンパース》、老いた象のような深いシワに切り刻まれた盲目の女旅芸人の顔を写した木下晋《103年の闘争》、跡継ぎの少女を探す倦怠に満ちた占い女の巨大な絵画・やなぎみわ《マイ・グランドマザーズ「AI」》、天井から吊り下げられて回転している西尾康之のオブジェ《メリーA》《メリーB》、今村源《「外」の場所2003-12》、日常の器具をフラッシュさせる伊東篤宏《ジョンカヌー「MAMヴァージョン/004-02-04」》、中西夏之のインスタレーションなどに惹かれた。
「六本木クロッシング」についてひとつ難点をいえば、現代美術だけでなく、デザイン、ファッション、建築、メディア・アートなど多様なジャンルを横断しているというにもかかわらず、すべての作品がどこかポップ・アートふうに見えてしまうことだ。個々の作品がポップ・アートを志向しているわけではない。ハイテクを駆使し、ハイテクに囲まれたこの空間が作品をポップ・アートっぽく見せてしまうのだ。難点というより、この点は森美術館の持つ制約なのかもしれない。
 ともかく夜景ぼけの頭を「クサマトリックス」でブローされ、少し美術の頭になったところで、次々と出会う作品群は刺激的だった。このふたつの展覧会は、明らかに「都市というアート」に拮抗しえている。いわゆる美術ファンだけでなく、夜景を見に来たアベックにも、また酔っぱらった中年のおじさんたちにも、そうしたことは感じられたのではなかろうか。
 美術館やアートにとって、環境との融合というのは大きな課題であり、つねに求められてきたものだった。美術館の建物によって外界から隔てられることなく、美術館のある環境によって活かされ、また環境を活性化させていくような美術館やアート。それが必要なのだと言われてきたが、美術館の建物の壁は厚く、物理的にも、また制度的にも実現はむずかしい。結局、アートは、美術館という囲いの中に閉ざされてしまう。
 森美術館のこんどの展示は、開館時間や入館のシステムから含めて、六本木という街や、都市のはるか上層に浮いている空間という特殊な環境を十分に活かし、またこれまでのインテリジェント・ビルとの差別化や、環境を活性化させることに成功している。

〈クサマトリックス:草間彌生展〉は5月9日まで。
〈六本木クロッシング〉は4月11日まで。
[ うただ あきひろ ]
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