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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
日本のいまを照らし出す「おたく展」
歌田明弘
 2月から3月にかけて、東京都写真美術館で「グローバルメディア2005/おたく:人格=空間=都市」と題して第9回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館の帰国展をやっていた。ロリコンふうアニメのポスターが天井からたくさんぶら下がり、周囲の壁一面にも張られ、インパクトのある展示だった。
 第9回ヴェネツィア・ビエンナーレは昨年9月から11月まで開かれた。「おたく」がテーマの日本館展示は、日本のメディアなどでも話題になった。帰国展ももとの展示を再現している。
 会場のひるがえるポスターの下では「コミケ」を模して再現していた。また、「おたくの個室」というコーナーでは、狭い部屋にヴィデオやマンガが山のように積まれ、枕などの寝具までロリコンふうのイラストに彩られている空間が作られていた。かと思えば、「萌え」とか「やおい」といった「おたく用語」を「おたくの美意識」として紹介したり、といった具合の展示である。
 こうした「おたく文化」にすでに馴染みのある日本人の私でもそれなりに圧倒されたのだから、おたくについてほとんど予備知識のない外国人の美術ファンが、ヴェネツィア・ビエンナーレの会場でこの異様な展示を見たときの衝撃はいかばかりだったろうか。この世のものとも思えない光景と感じた人もいたことだろう。
 日本館展示を支援した国際交流基金のサイトにホームページができていて、そこでいまでもこの会場の様子を見ることができる。実際に目の前にロリコンふうのポスターがたくさん吊るされていたり、なまなましい「おたくの個室」に入るのと比べるとやはり迫力は落ちるが、それでも雰囲気は伝わってくる。

未来の喪失がおたくを生んだ?
 こうした展示とともに興味深かったのは解説の文章だった。これもほぼ同じものがサイトに掲載されている。会場に入ってすぐ目にするのは、「“未来”から“萌え”へ:イコンの変遷」と題された次のような“おたく誕生の物語”だ。
 「科学技術による絶え間ない前進がもたらす輝ける未来。そのような、戦後の日本国民を高度経済成長へと駆り立てた未来像はしかし、1970年の大阪万博を最後の祭りとして急速に色褪せてしまった。80年代の中頃にはそのような状況を反映して出現した新しい人格が、『おたく』という呼び名によって見出されるようになった。以前ならば彼らは、教室で「ハカセ」などとあだ名されるタイプだった。彼らは性格として、かつて科学を信仰し、大志を抱くはずの少年たちだった。それゆえ〈未来〉の喪失によって受けた打撃がひときわ大きかったのである」。
 かつてクラスに一人ぐらいいた博識の科学少年「ハカセ」の“なれの果て”がおたくだというのは考えてみたことがなかった発想で、なかなか新鮮だった。
 入り口のところは丹下健三のコーナーで、70年の大阪万博の大きなパネルなどが掲示され、それに続く部分では、お菓子などのおまけ「食玩」を並べ、万博会場のフィギュアが、ロケットや飛行機、月着陸などの科学技術の“正当なイコン”のフィギュアを経てアトムなどのロボットになり、さらに美少女アニメの登場人物が出現してくる変遷がたどられている。子どもたちの憧れるイコンが変化していったことがわかりやすく視覚化されていた。

ハルマゲドンへの憧れ
 70年の万博のころにあった科学技術の未来への信頼や情熱が希薄化したところに生まれたのが「おたく」だというのは、おたくにたいしてかなりシニカルな視点といえるかもしれない。おたく礼賛ムードが強い展示なのかと思っていたが、少なくともその解説文を読むかぎり、一定の距離をおいておたく文化を見つめており、日本人の私が読んでもその解説は十分おもしろかった。
 先の記事の文章をもう少し見ていくと、「現実の〈未来〉や〈科学〉が陰り出すと、かつての少年たちは、夢を馳せる先を、虚構の世界に見出すようになっていった。彼らの熱中の対象は、科学からSFへ、さらにSFからSFアニメへと移行した。そのような受容を背景として、日本のアニメは『ロボット』と『美少女』という二大モチーフによって特徴づけられるようになる」と説明している。そして、「色褪せた現実からの救済をハルマゲドンに求めようとする願望」が日本のアニメにあったと言い、展示では、おたく世界の二つの突出した事件を引き起こした幼女誘拐殺人犯の宮崎勤やオウム真理教の存在がとりあげられていた。

公共空間と同化した個室空間
 「おたくの聖都」と化した秋葉原についての紹介コーナーもあって、「おたくという『人格』の地理的規模の集中によって」電気街に前代未聞の変容が引き起こされ、「個室に隠匿されてきたようなおたく趣味が公共空間にかつてない規模で露出」して「個室が都市へと巨大にブローアップされた」と解説されている。
 電車のなかで食事をしたり化粧をする若者たちが現われ、また電話という個室空間の道具が街なかに広がっていった現在は、秋葉原にかぎらず「公共空間が個室空間と同質化」した時代といえるだろう。そして、こうした変化を支えているおたく文化は、いまや自動車産業に次ぐ「日本の新産業」として注目され、国をあげて海外に輸出することがもくろまれている。日本の現在の公共空間は、おたく文化を生み出した個室空間にもはや浸食されつくしているともいえる。日本のいまを照らし出したという意味で、ウェブ上を通してでも一見の価値がある展覧会だ。
[ うただ あきひろ ]
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