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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
更新された「EPIC 2014」──メディアの近未来を描き出したショート・ムービー
歌田明弘
 フラッシュ・ムービーが大流行で、アート風のものも含めていろいろなサイトが趣向を凝らして作っている。そうしたなか、メディアの未来を予言した「EPIC 2014」というアメリカのショート・ムービーが話題を呼んでいる‥‥という話を、今年のはじめに書こうと思っていたのだが、ほかの話をとりあげているうちに時間が経ってしまった。先日、あらためてアクセスしてみたら、昨年秋に公開した「EPIC 2014」がバージョン・アップされ、「EPIC 2015」ができていた。少々遅くなったが、更新されたこの機会に紹介しておこう。

最良で最悪の2014年のウェブ・メディア
 「EPIC 2014」は、「メディア史博物館」が2014年にメディアを回顧したという設定になっており、1989年にウェブが発明されて以来の興亡がたどられている。制作時までのエピソードは実際に起こったことだが、それ以後はもちろん想像の産物だ。しかし、現在の技術を踏まえて未来を描き出している。
 グーグルはすでに、ニュース・サイトの記事をロボット・ソフトを使って集め、独自のアルゴリズムにしたがってその見出しを配列しているニュース検索サイト「グーグル・ニュース
を立ち上げている。人の手によらずにコンピューターがすべて編集しているニュース・サイトである。こうしたサイトを持つグーグルの力がどんどん強くなっていくというのが、このムービーのアウトラインだ。
「最良で最悪の時代。2014年、人々は、以前には想像もできなかった広く深い情報にアクセスしている。すべての人が加わって、躍動し息づいているメディア空間を生みだしている。しかしながら、ご存じのとおり、プレスは存在しない」という、いささかショッキングなナレーションでこのムービーは始まっている。
 検索の分野でグーグルの後を追うマイクロソフトは、カスタマイズ可能なニュース・サイトを作り、グーグルもまたこうしたサイトを作っている。現在、この二つのIT企業は、検索の分野で熾烈な戦いを繰り広げているが、「EPIC 2014」では(そして「EPIC 2015」でも)、2008年にグーグルがアマゾンと合併し、「グーグルゾン」という会社を作った、という設定になっている。
 アマゾンは、利用者のサイトでの行動履歴にしたがって一人一人の関心に応じたウェブ・ページを表示しているが、グーグルゾンはこうしたアマゾンの技術を使い、ユーザーの交友関係や人口統計、消費習慣、関心などに沿ってコンテンツと広告をカスタマイズする。そして、2010年には、あらゆるコンテンツから文章や事実関係をコンピューターが抜き出し、ユーザー一人一人に応じたニュース記事を作ることに成功する。グーグルゾンはこうした技術によって、マイクロソフトにたいして勝利をおさめた、と説明されている。

ニューヨークタイムズはネットから撤退する?
 グーグルゾンのもうひとつのライバルは、オールドメディアの雄ニューヨークタイムズで、2011年に同紙は、グーグルゾンにたいしてはかない抵抗を試みる。ニュース記事から事実を勝手に抜き取るのは著作権侵害だと訴訟を起こしたのだ。しかし、この裁判は負けてしまい、結局、ニューヨークタイムズは2014年にネットから撤退し、エリートと高齢者向けの紙媒体としてかろうじて生き残っている、のだそうだ。
 さらに2014年には、グーグルゾンは「EPIC」を公開する。EPICというのは、‘Evolving Personalized Information Construct'の略称で、「進化型個人対応情報体」とでも訳せばいいのか、このシステムは、ブログはもちろん、カメラ付き携帯で撮った写真やビデオ映像、調査記事にいたるまで、個人の仕事を素材にして情報を作り出す。貢献した個人は、情報の人気度にしたがって、グーグルゾンの広告収入から報酬を得られる仕組みだ。
 EPICには、人手が入る余地もあるらしく、フリーランスの編集者が多数現われ、EPICのコンテンツを結びつけ、選び、優先権をつけるようになるという。人々はそれらの編集者に申しこみ、彼らの選んだ記事をまた好きなように加工する。最良の場合は、世界は、深みがありニュアンスに富んだものになるが、その反対に、EPICが、些末な情報の寄せ集めで、センセーショナルで狭量なものになる可能性もある。どちらにしても、これはわれわれが選んだ世界であり、民主主義や報道倫理についてのきちんとした議論をしないうちに商業的な成功によってもたらされたものだ、と昨年秋に発表された「EPIC 2014」は、メディアの現状を考えさせるナレーションで終わっていた。

雰囲気が変わった「EPIC 2015」
 紹介したのは、ストーリーの一部に過ぎないが、グーグルゾンのような存在が独占的な力をつけ、メディア状況がどんどん進展するというのがこの物語の暗い側面だとしたら、誰もが参加し貢献し報酬を得られるようになるというのは、近未来のメディアの明るい側面ということになるだろう。
 今年6月に公開された「EPIC 2015」では2015年の状況が新たに付け加えられた。この年には、GPSやソーシャルネットワークで結ばれた人々が情報をやりとりし、ニュースを伝えあう活気のあるメディア空間が生まれている。
 iPodなどの携帯音楽プレーヤーを使って、個人が作ったラジオ放送を聞く「ポッドキャスティング」というのが昨年あたりからアメリカで流行り、日本にも入り始めている。「EPIC 2015」ではこうした流行もさっそく取り上げられている。さらにiPodに無線機能やカメラを搭載した「Wifipod」という端末によって映像コンテンツも発信できるようになると言い、2015年には、位置情報なども利用できる「πPod」が普及し、リアルタイムで起こっていることを、個人が映像や音声付きで情報共有できるようになっているという。
 最終年がこのように描かれたことによって、このムービーは、未来のメディアについてかなりポジティヴなものになった。しかし、この変化には失望した、という人もじつはけっこういる。
 実際のところ、このショート・ムービーが話題を呼んだのは、どういう結果をもたらすのか、われわれがきちんと理解しないうちに、なし崩し的にどんどん進展していくネットメディアに対する不安感をたくみにとらえ、色を排したきわめてシンプルな映像で、メタリックな音楽をバックに淡々と、オーウェルの「1984」的状況をも想わせる雰囲気で語り聞かせたアーティスティックな処理によるところが大きいだろう。けれども、新たな結末は、こうした魅力を危うくしかねない。
 このショート・ムービーを作ったのは、ジャーナリストのための学校のプロデューサーと同校のオンライン雑誌「ポインター・オンライン」の記者で、現在、彼らは学校を離れてメディア関係の仕事につき、忙しいようだが、次のバージョンではまた、暗い未来を示す2016年のメディア状況が付け加えられているのかもしれない。

すでに起こっていることこそが問題
 このムービーは、ストーリーとして見れば、2014年には「プレスは存在しない」と最初に言いながら、終わりのほうでは、少なくともニューヨークタイムズは紙の媒体としては生き残っているというし、全自動のコンテンツ制作が行なわれているはずなのに多くの編集者が出現するなど、辻褄が合わないところもある。
 また、カスタマイズの機能がどんどん洗練されていった先にはどんなことが起こるのかについては、憲法学者のサンスティーンが2001年に著わしてアメリカで評判を呼んだ『インターネットは民主主義の敵か』(毎日新聞社)などのほうがはるかに考えさせるものを持っている。
 現実にいま起こっていることを見てみれば、このショート・ムービーが予言していることはさほど驚くことではない。7月にこのムービーの制作者の一人ロビン・スローンは、オンライン雑誌「ポインター・オンライン」で、「これから起こることではなく、すでに起こっていることを見せなければならない」と考え、すでに起こったことであるかのように(ミュージアムによる歴史回顧の映像として)描くことを思いついた、と制作の経緯を語っている。こうした発想こそがこのショート・ムービーの成功をもたらしたのだろう。このムービーの魅力は、驚くべき未来を予想したことにあるのではなくて、いままさに起こっていることが何を意味しているのかについて考えさせる点にある。わずか8分のショート・ムービーだが、ほんとうにこのまま進んでいっていいのかと立ち止まって考えさせる喚起力を持っている。

「EPIC 2014」は、有志のブログに、英語のトランスクリプトおよび邦訳が掲載されている。
[ うただ あきひろ ]
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