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プライバシーステートメント
著作権とアート
アーティストのための無料法律相談所
──Arts and Law「作田知樹」
影山幸一
法律でアートサポート
 サポーターがいるというのは心強いものだ。サッカーではなくアートの話。裁判員制度が2009年5月までに施行され、国民が刑事裁判に参加する制度が実際に始まるが、法律はまだ身近ではなく、敬遠されがちである。著作権法など法律を調べようと思っても、まず調べ方から探さなくてはならない。人に尋ねるにも誰にどのように訊けばいいのか素人にははっきりわからない。強制力や影響力の強いものに反発するアートの特性から、法律や権力を前にしてためらうアート関係者、特に個人で仕事をするアーティストの中には法的な問題に遭遇しながらも、解決できずに暗中模索状態で悶々としている人もいるのではないだろうか。しかし、「法律は社会生活を営むうえでの予見可能性を与える予防的な措置と、実際に権利が侵害されたときなどに回復を行なう事後救済的な措置の両面がある」と述べているのは、情報セキュリティ大学院大学副学長・教授の林紘一郎氏。そして、「国家の制度と、自分の表現活動との関係や距離感をとれるのが次世代のアーティストではないか」と忠告するのは、芸術文化法を専門とする弁護士の福井健策氏である。アーティストと法律は、敵対関係にはなかったのだ。アートを学んできた法律家が、法律によってアーティストやデザイナー、ギャラリスト、アートマネージャーなどを支えるというユニークなサポーターとなっている。法律専門の無料相談所「Arts and Law (アーツ・アンド・ロー)」を開設、アートと法律のよりよい関係が構築されはじめている。

自分がやっていることは何なんだろう
作田知樹氏
作田知樹氏
 Arts and Law代表の作田知樹氏(以下、作田氏)を東京都現代美術館(以下、MOT)に訪ねた。美術館では「SPACE FOR YOUR FUTURE──アートとデザインの遺伝子を組み替える」展が開催されていた。ミュージアムショップには昨年開催された「大竹伸朗 全景 1955-2006」の重厚な展覧会カタログがようやく一年を経て出来上がったということで、ガラスケース内にサンプルが一冊収められていた。初めて会った作田氏は、MOTのアートマネージメント・インターンだった。1979年東京生まれの28歳。しっかりした体躯から熱を帯びた言葉を整理しながら発する。読書と天文少年の時代を過ごし、サッカーに興じ、電子音楽やデジタルアートに興奮し、東洋哲学、文化人類学等の文献を濫読した高校時代を終える頃には、どうやって生きて行くかということよりも、面白いと思っていることに出合えそうな大学を探していたと言う。情報化による新しい社会の到来と、そこに生まれる新しいコミュニケーションを模索した結果、早稲田大学第一文学部へ入学したが、大教室での熱のない講義に失望した。そのときに、それまで勉強してきたものを振り返り、大学を系統立てる場としてとらえてみた。アートやサブカルチャーと呼ばれる分野に興味があることがわかってきたという。そして、「自分がやっていることは一体何なのだろう」と考え始め、デッサンを学んだり、ネット上の掲示板でのコミュニケーションで全国に知人を作ったりしながら、気づけば少しずつアートの世界との接点を増やしていた。

芸大と法科大学院と現代美術館
 作田氏は早稲田大学時代アートサポートのあり方が記されている塩谷陽子の『ニューヨーク──芸術家と共存する街』(1998, 丸善)を読んでいた。そして、東京芸術大学美術学部先端芸術表現科(以下、芸大先端)ができると聞き、芸大先端を受験、合格。通算2年いた早稲田大学を中退して2000年芸大先端に入学した。コンピュータやネットワークの技術が社会を革新していく時代の中で、どのようにアートをサポートしていくか、サポートもさまざまだが、情報化社会の中でアートをいかに進化させ、広め、競争力をもたせられるかという点に興味を持ち、アートマネジメントを直接学ぶのではないが、情報学・メディア論を研究している桂英史氏のゼミを選択したという。作田氏は芸大2年生から、前掲『ニューヨーク──芸術家と共存する街』で取り上げられていた、全米各地の大都市に存在するVLA (Volunteer Lawyers for the Arts) ★1を思い独学で法律の勉強を始め、アートと法律を結びつける決心をしていた。3年生の夏からは資格取得を目指して予備校に通い、司法試験の勉強を本格的に開始。芸大先端の卒業制作では、東京・港区の廃校となった旧桜川小学校を利用し、芸大初の学外会場での公式卒業制作展を実施するに当たり、場所の選定や自治体の担当者との交渉といった裏方の仕事を行なった。そして芸大先端を卒業する2004年に一橋大学法科大学院の法学未修者一期生として受験し、入学。また、同年4月には非営利団体Arts and Lawを設立した。Arts and Lawは、1969年設立のニューヨークのVLAをモデルとして、東京・中野(当初は東京・世田谷区のIID世田谷ものづくり学校 )を拠点に作田氏個人が立ち上げたNPOであり、プロジェクト名でもある。活動に賛同した個人、団体の会費と寄付によって運営され、作田氏が代表を務める。法科大学院を一年後に休学し、自立のために法律家である行政書士の資格を取得した。デザイン会社の法務要員としてニューヨークのビジネスショーの現場を体験したのもこの時期である。そして復学、進級して、現在は再び大学院を休学し、Arts and Lawを続けながらMOTのインターンとしてアートの現場にいる。

アートマーケットへの関心
 作田氏が最初に現代美術に興味をもったのは、椹木野衣の『テクノデリック──鏡でいっぱいの世界』(1996, 集英社)に掲載されている、ベネッセアートサイト直島のベネッセハウスミュージアムにあるブルース・ナウマン作の「100生きて死ね」(1984)だと言う。言葉がネオンサインによって空間に構成されている写真を見て、その作品のことがわかってしまったことが革命的で不思議な感覚だったそうだ。しかし欧米の美術館でナウマンの作品を数多く見てきた作田氏だが、この作品の実物はまだ見ていない。作田氏は作品そのもののコンセプトよりも、そこから浮かび上がるアーティストの姿勢や、その人物が生きた時代、影響を受けたもの、交流した人物などから、さらに世界が広がって見えてくることに興味があるという。たとえば詩人では金子光晴、小説家ではカート・ヴォネガットや橋本治が好みと言い、そこからひも解かれていく世界が面白いのだと。今はまた、美術作品が流通するアートマーケットのあり方に関心がある。2008年4月3日から秋葉原の旧練成中学校で開催される現代アートフェア「101 Tokyo 」をArts and Lawとしてサポート。また4月4日から有楽町の東京国際フォーラムで開催される「アートフェア東京2008」では、事務局のボランティアとして知見を広げ、Arts and Lawの活動に反映させる予定である。

相談はメールから
Arts and Law 活動案内
Arts and Law 活動案内
 Arts and Law設立当初は、東京大学法学部の学生が主催する市民向け法律相談所の有志たち7、8人と始めたが、現在はデザイナーのほか、弁理士など7、8人のスタッフで運営。活動の中心は、自立した活動を目指すアーティストなどから、無料の相談をメール(contact@arts-law.org)で随時受け付けるというサービスである。法律家やアートマネジメントに詳しいスタッフが、アドバイスやコンサルティングを提供しており、事例を蓄積するためにも気軽に相談してきてほしいそうだ。また、アートに関する法律を総称する「芸術法(Art Law)」に関係する資料収集、調査研究、教育普及。論争仲介やマーケティング。コミュニティを形成していくための言論活動、業界全体に寄付金や助成金が行き届くように方策を練ること、法案等に向けた声明、パブリックコメントの作成提出などの政策意思形成も行なう。そして、アーティストやサポートする人たちの横のつながりをつけるなど、人材交流も考え、ホームページを使ったメーリングリストの活用や、法律セミナー&ワークショップを開催して活動を広めている。mixi(Art Law Journal by arts-law.org)のコミュニティ会員は現在約2,300名だそうだ。週に1、2件あるという問合せや相談の内容は、守秘義務で詳細は伺えなかったが、著作権と取引に関わるものが多く、それら案件はケース・バイ・ケースのようだ。表現の自由と相反する形が、著作権、あるいは契約の問題で表われたとき、法的な事項を持ち出してすぐに決着をつけることが、必ずしもメリットになるとは限らない、という視点をもつことが重要だと言う。

アーティストは社会資源
 Arts and Lawは2004年から今まで何をやってきたのか、自分たち自身を問い直す時期にあるようだ。大きな課題は、法的な問題を抱えていたとしても、よっぽど悩まない限り他人に相談するアーティストが少ないことだと言う。アーティストがどういうところで悩んでいるのかを感覚的に掴めるのは、芸大で学んできた法律家であるからだろう。アーティストから信頼を得る相談しやすい工夫をして、芸大時代から今も変わらぬというアーティストをサポートする気持ちを今後も持続させてもらいたい。作田氏は「誤解を恐れずに言えば、アーティストも交渉力をもつべきだと思う。アーティストが孤立するのは問題だが、サポートしてもアーティストが社会と渡り合う気がないのはもっと問題だ。根底の意識としてそのときの社会とどう関わるかということと、作品のあり方は、場合によっては離れていてもいいのかもしれない。しかし、作品の“強度”を考えたときには、アーティストは社会に甘えていてはいけない」とアーティストに向けて語る。法律相談でスタートしたArts and Lawであるが、“アーティストは社会資源”という発想から、将来はアーティストの全才能と人格を活かして、アーティストを社会の中に位置づけ交流を促進させ、新しい価値を生み出すのだろう。アーティストとして生きる権利を保障する基盤整備のため、生活支援に関する相談まで受け付けるようになるかもしれない。それには社会もアーティストの存在が有意義なものかどうかを体験し、評価・判断できる力を養い、芸術を育む下地を作らなければならない。同時代を生きているアーティストに関心を寄せてもらえるような仕掛けが必要となる。2008年にはArts and Lawのコンセプトや活動をまとめた本が出版される予定だ。今後の活動に期待したい。

★1──Volunteer Lawyers for the Arts(VLA)は、1969年米国に設立された1万人以上の会員を擁するNPO団体である。VLAでは、芸術法を専門とする法律家が、ボランティアの公益事業(プロボノ)の一環として、無料もしくは低価格で、アーティストに総合的なリーガル・サービスを提供している。裁判の中で芸術的なことがでてきた場合、裁判所がVLAに斡旋を依頼することもある。

■作田知樹(さくた ともき)略歴
Arts and Law 代表。法律家(東京都行政書士会)。1979年東京生まれ。東京・麻布高校卒業後、1998 年 早稲田大学第一文学部入学のち中退、2000年東京芸術大学先端芸術表現科へ入学し、2004 年卒業。同年一橋大学法科大学院に入学すると共に、非営利団体Arts and Lawを設立、クリエイターのための無料法律相談、アドバイスを行なっている。現在休学して東京都現代美術館アートマネージメント・インターン。NPO法人コミュニティデザイン協議会 (CDC)会員。

■Arts and Law略歴
主な事業:無料相談、資料収集、調査研究、芸術法の教育普及、論争仲介、政策意思形成、マーケティング(具体例:アーティストの契約・契約書式、アーティストの著作権・特許・商標、アーティストの財産管理、NPO/アーティストカンパニーの設立、アーティストのトラブル、アートとアーティストに関わる立法と政策提言、ライセンスの管理、ファイナンス、他の芸術団体・法律支援団体の紹介)

■参考文献
塩谷陽子『ニューヨーク──芸術家と共存する街』1998.9.20, 丸善
作田知樹「クリエイティブ・ロースクール──表現者のための法律入門(12回連載)」クリエイターズステーション, 2006.4.12〜2007.3.14,(株)フェローズ(http://www.creators-station.jp/law/001.html)2007.12.10
Law & Practice「Art Law 芸術法への招待──NPO『Arts and Law』代表作田知樹氏に聞く」2006.5.30, 早稲田大学大学院法務研究科学生有志(http://www.lawandpractice.jp/artsl1.html)2007.12.10
2007年12月
[ かげやま こういち ]
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