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プライバシーステートメント
著作権とアート
インターネットにアート作品の画像を載せるために
──北海道大学大学院法学研究科教授「田村善之」
影山幸一
絵画のネットオークション事件
北海道大学大学院法学研究科教授 田村善之氏
北海道大学大学院法学研究科教授
田村善之氏
 著作権とアートをめぐる旅は、どのような風景にめぐり会えるかわからないまま、しかし、大切な何かがありそうな直感で始まったが、北海道まで来るとは思いもよらなかった。そこがアートの磁力である。引き付けもするが、反発もする。自然が本気の冬の北海道。予備知識なく深く入り込めば迷いもしそうだ。早朝の飛行機で新千歳空港に降りた。空港から1時間ほどの札幌の中心部にある北海道大学(以下、北大)へ向かう。好天が助けてくれたが、雪の積もる広大なキャンパスの自然力に解放されながら、少々身構えてしまう。著作権を尋ねる旅、法律の素人にとって法曹界は迷宮だ。しかし著作権へのアプローチが、いつも少々胸騒ぎがするのは、法曹界の深い森に分け入ったからだけでなく、デジタル時代のアートを押し進めてくれる推進力になってくれそうな期待が大きいからだ。デジタル技術の進展は速く、法律はゆっくりだ。しかし焦ってはいけない。著作権がアートのくさびとなってくれるか、割ったり、押し上げたり、つないだり。前回訪れた知財高裁に続いて、今回もテンションが上がってきた。「絵画公売ネットオークション──出品画像 著作権の侵害」(2005.10.13読売新聞)という見出しの記事が新聞に載ったのは、2005年のことである。横浜市が税金滞納者から差し押さえた絵画を、画家の許諾を得ずに、インターネットオークション(以下、ネットオークション)へ絵画作品1点を出品。全体写真と署名部分の拡大写真が2枚、計3枚のデジタル画像(以下、画像)を掲載した。被告として横浜市を訴えた原告は、美術品の著作権を管理する「株式会社美術著作権センター」であった。この事件はその後訴訟を取り下げて、判決に至らなかったが、しかしこの新聞記事から1年後、これに関連して「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」という論文が出された。美術に関する判例や論文が少ないなか、絵画とインターネットに焦点をあてた今日的な課題を、それも取り下げられた事件にもかかわらずである。著者は北海道大学大学院法学研究科教授の田村善之氏(以下、田村氏)であった。今後これに類似する事件が多々出てくる予感がする。美術品のオークションのように販売目的でなく、美術館など非営利セクターで美術品の画像をインターネットに掲載する場合は、どういう点に注意を払えばよいのだろうか。論文を書いた田村氏を北大に訪ねた。

インセンティブ論と自然権論
北海道大学人文・社会科学総合教育研究棟(W棟)
北海道大学人文・社会科学総合教育
研究棟(W棟)
 ポプラ並木は遠くで見えないが、雪を踏みしめながらフロンティア・スピリットを唱えたクラーク博士像の横を通り、総合博物館近くの人文・社会科学総合教育研究棟(W棟)を目指した。初めて出会った田村氏は、1963年横浜生まれ44歳の若さで、文部科学省21世紀COEプログラム新世代知的財産法政策学の国際拠点形成」の拠点リーダーであり、知的財産法の専門家であった。北大には、知的財産法の専門家が多いと教えてくれた。さっそく「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」を書いた動機を尋ねてみた。「今の著作権法がインターネットなど新しい技術に対応しておらず、現行法ではファックスさえセーフ(著作権非侵害)にする制限規定もない。今までは政策形成過程に何らかのルートをもっていた権利者側の改革が続いていて、ユーザー側の利益は反映されないところがあった。米国のように法律のなかにフェアユース(公正な使用を許諾する考え方)の条文があればよいが、日本の著作権法の構造がそういうことになっていない。そのような状況で先の『絵画公売ネットオークション』の新聞記事を読んだときに、画像のWeb掲載は違法でもやむを得ないというコメントが多かったと感じたが、著作権法の本来の目的・趣旨に立ち返ってみれば、侵害に当たらないのではないだろうか、と思ったのが論文を書く動機となった」と田村氏は語った。著作権法の立場としては、著作物が不必要に無料でフリーライドされてしまうと創作の活動が廃れてしまうかもしれないから、インセンティブ論といっているが、創作のためには目的・動機主義的な権利を与える考え方と、自然権論といって大きな潮流であるが、人が創作したものはその人が権利をもつべきだという自然権利的な考え方がある。全体として自由のバランスを考えると、田村氏は自然権利的な方には与(くみ)できないと言う。

著作権の三つの波
 今話題になっている著作権保護期間を現行の50年のままか、70年に延長するのかも大事であるという田村氏、その期間は短くてよいと言う。そもそも著作権とはどういう経緯で作られてきた権利なのかを伺った。「今につながる著作権法が誕生したのは、18世紀のイギリスに活版印刷技術が普及(第一の波)したことと関連する。印刷業界ができてきたと同時に無断で複製する海賊業界もできて、保護されないと印刷業が成り立たないという要請により、著作権(copyright)ができたという。このように技術的・社会的な環境に対応するために設けられた権利であることがわかる。20世紀半ばのcopyrightは、複製技術の発達(第二の波)により、印刷業界やレコード業界の人々など、相応に投資をした限られた人が対象だったため、事実上は業界の規正法であった。この競業規正法だったはずのcopyrightが、20世紀半ばを過ぎると、一般の人々もコピーできるようになってきた結果、私人を含むすべての人々のニーズに変わって意味が変質してしまった。ところが、この変質に気づかずに従来からのまま来てしまい、現在はコピーに限らず、インターネット(第三の波)による公衆送信までできるようになり、もう一回copyrightの意味は変質。著作権は、本来『不磨の大典』のように動かないものではなく、二度の大きな変革に対応し、三つの波を乗り越えていた。そして、いまだに権利が初期の頃のバランスで成り立っている。インターネット時代にふさわしいバランスに修正する必要があるのではないか。世界の知的財産権は現在強化一辺倒である。しかし、最終的に目指すところがみんなが著作物を利用する、そしてそれらの著作物が豊富になり、また利用できるということが建前だとすると、著作権を強化する方向だけの動きにする必要はないだろう」。

「引用」とは何?
 先の絵画公売ネットオークション事件で、著作権者の許諾なく絵画の画像を掲載したとして、著作権侵害にあたり画像掲載の差し止めと、未払いの許諾料約17万円の支払いを求められ、東京地裁に訴訟を起こされた横浜市は、画像が鮮明にならないように調整したため、複製には当たらず、複製としても「引用」にあたるため著作権者の許諾は必要ないと反論していた。絵画の画像を掲載する行為は、複製権と公衆送信権に抵触する可能性があることは司法ビギナーにもうすうすわかる。田村氏は、この取り下げられた訴訟事件を著作権法32条1項の「引用」を充足するかどうかについて検討し、この事件を「引用」に該当するとして著作権侵害にはあたらないと判断した。「引用」とはどのようなものなのか。「日本の著作権は基本的に複製すると侵害になる構造になっているが、特定の自由があると著作権の制限★1で侵害とならずセーフになる。フェアユースがない現行法のなかでは、『引用』と『私的複製』の自由利用の範囲が広い制限規定となっており、特に著作権法の条文の『引用』は、『私的複製』のように主体が限られず著作物の制限規定を広く解釈することができる。ただし、『引用』を検討する前に他人の著作物を変形するパロディなど、その変形の度合いによっては、『引用』を論じるまでもなく『翻案』などといったりするが、その範囲から外れてセーフになる領域もある。著作物を変形的に利用する場合に注意すべきことは『引用』より、『著作物の保護範囲』であろう。著作物の利用にあたり、著作権侵害の成否として初めに注意しなければいけないのは、著作物をそのままあるいは保護範囲内で使ったりする『引用』と、『アイディアを真似るのは自由、表現は真似てはいけない』というルールのなかにおける『著作物の保護範囲』である」と田村氏は語る。

【引用】第三十二条 
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が一般に周知させることを目的として作成し、その著作の名義の下に公表する広報資料、調査統計資料、報告書その他これらに類する著作物は、説明の材料として新聞紙、雑誌その他 の刊行物に転載することができる。ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。

★1──私的使用のための複製、図書館等における複製、引用、教科用図書等への掲載、学校教育番組の放送等、学校その他の教育機関における複製、試験問題としての複製、点字による複製等、聴覚障害者のための自動公衆送信、営利を目的としない上演等、時事問題に関する論説の転載等、政治上の演説等の利用、時事の事件の報道のための利用、裁判手続等における複製、情報公開法等による開示のための利用、翻訳・翻案等による利用、放送事業者等による一時的固定、美術の著作物等の原作品の所有者による展示、公開の美術の著作物等の利用、美術の著作物等の展示に伴う複製、プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等。

平面と立体
 著作権法では、美術の著作物についての定義を特にしていないが、絵画・版画・彫刻・イラストなどに美術工芸品を含めて、純粋美術と応用美術に区別して考える伝統があるようだ。田村氏はネットオークションの画像から、絵画は色彩ではなく、構図が評価されると論じている。平面や立体もある美術作品の画像を、法学者はどのように見ているのだろうか。田村氏は以下のように述べる。「著作権法は、アイディアとして自由にする領域というのがあるため、真似されたことがわかる確固とした法律にしておかないといけない。色彩の使い方が似ていることで侵害の判断をすると微妙なところが出てくるので、構図と無関係に色彩だけで判断するのは難しいだろう。また画像のサイズは大小が問われるのではなく、解像度で考えるが、これはケースバイケースだ。サムネイルでも解像度が高く拡大できれば侵害となる可能性もあるし、著作権のある誰でも知っている絵柄を対象として写実的に描いた場合は、解像度が低くサイズが小さくても色彩やタッチなどで判断されるだろう。慣行しだいだが画像には出所明示しておくほうがよい。画像を製作する際の注意点は次のとおり。平面作品が写真で撮影されたときは創作性がないので、その写真撮影者に対する著作権処理は必要ない。また同時に写真の被写体である平面作品の著作者が現存しているか、著作者の死後50年以内であれば著作権者から利用の許諾を得る必要がある。彫刻などの3次元、立体作品を撮影した写真では、写真の創作性も認められるため、写真についても写真に写っている作品についても、著作権の権利処理をしておく必要がある。その他人物の容姿が写っているときは肖像権(パブリシティー権)にも配慮しておく。平面も立体も特に著作権者から著作物の利用許諾を得ることが大事である。著作者が死後50年を経過してパブリックドメインとなっているものは、自由に利用することができる」。

一作品ずつ許諾を得る
 美術館が画像データベースを自由に構築、運用するには法律的にどのような考え方が必要か。田村氏が即答する。「データベースは有用だとは思うが、現行法では著作権の保護期間内の著作物を権利処理せずに利用すれば違法となる。私的複製も該当しないし、セーフの可能性があるとすれば「引用」の範囲を広げるというのは残っているが、これを認めると著作権者の利益が害されてしまうと思う。米国ではフェアユースで可能性が十分ある。つまりもとの著作物の市場とは違う市場を作っており、経済的利益も害さない、むしろ広げるかもしれない。似たようなことで検索サイトに問題がある。Googleなどのイメージ検索でサムネイル表示をする。検索サイトがなければインターネットは無用の長物だろう。そういった必然性を前提にすると、フェアユースが言いやすくなってくるうえ、美術館における画像データベースも日本の現行法でも「引用」でセーフの可能性が出てくる。いずれにしても一気には行かないので、美術館で著作権のある作品画像をインターネットに載せる場合は、現在のところ一作品ずつ許諾を得るしかない。一方、美術館の展示では付随的に出す小冊子は自由としている。これは展示は自由です、展示するときに必要なものは自由ですという解釈である。美術館が展覧会のために必ずしもインターネットに作品の画像を公開する必然性はないだろう。残念ながらそこは解釈論ではなく、立法論で考えなければならない」。検索サイトのサムネイル表示や、動画表示についてのセーフになる可能性を探る論文を書いた田村氏である。

日本のフェアユース
 著作権によって、美術品の画像をインターネットで見られない状況があるとすれば、時代に合った著作権制度とはどのようなものなのだろう。たとえフェアユースの導入が進展しないとしても、「引用」とは異なるフェアユースというものを想像し、日本型フェアユースを検討する価値はありそうだ。田村氏は日本におけるフェアユースをどのようにとらえているのか、次のように述べている。「著作権の制限規定が多々あるにもかかわらず、利用者の自由というものがあまり反映されていない。そういった意味ではフェアユースの導入は大事だと思う。条文に書かれている著作権法の姿と、現実にわれわれのなかで文化として根づいている著作権法にはずれがある。例えばファックス。条文上ファックスをセーフにする規定はどこにもない。メールのコピー&ペースト、同人文化、そういったものを裁判規範には吸い上げにくい。フェアユースの導入によって、実際われわれのもっている社会規範が裁判規範に包摂、反映されるのではないだろうか。また前項の美術館における画像データベースのように、定かでないものに裁判所はすぐには動かないと思うし、またそれでいいのだろう。変わらないからこそ、常識の範囲のなかに収める武器として、フェアユースは入れてもらいたいと考えている」。高邁なる大志を抱いて、デジタル時代の著作権がアートを開拓してくれるにちがいない。

■田村善之(たむら よしゆき)略歴
北海道大学大学院法学研究科教授。21世紀COEプログラム「新世代知的財産法政策学の国際拠点形成」拠点リーダー。専門:知的財産法。1963年9月9日横浜生まれ。1987年東京大学法学部卒業、1987年東京大学法学部助手、1990年北海道大学法学部助教授、1999年北海道大学法学部教授、2000年北海道大学大学院法学研究科教授、現在に至る。著作権法学会理事、工業所有権法学会常務理事、日本学術会議連携会員、華中科技大学(中国)客員教授。主な著書『市場・自由・知的財産 21世紀COE知的財産研究叢書(1)』(2003, 有斐閣)、『不正競争法概説(第2版)』(2003, 有斐閣)、『知的財産法(第3版)』(2003, 有斐閣)、『著作権法概説(第2版)』(2001, 有斐閣)など。

■北海道大学大学院法学研究科
〒060-0809 北海道札幌市北区北9条西7丁目
電話:011(706)3074  Fax:011(706)4948

■参考文献
曽我部健「著作権に関するフェアユースの法理」『著作権研究』20号, p.97-p.117, 1994.2.28, 有斐閣
Arthur R.Miller/Michael H.Davis『アメリカ知的財産法』松尾悟 訳, 1995.9.10, 木鐸社
蘆立順美「アメリカ著作権法における技術的保護手段の回避規制とFair Use理論」『法学』第66巻5号, p.497-p.518, 2002.12.31, 東北大学法学会
『著作権特殊講義──視覚的著作物の諸問題 日本音楽著作権協会(JASRAC)寄付講座 2000年度』2002.3.30, 成蹊大学法学部
Robert A.Gorman/Jane C.Ginsburg編『米国著作権法詳解 原著第6版(下)』内藤篤訳, 2003.5.20, 信山社出版
田村善之「技術環境の変化に対応した著作権の制限の可能性について」『ジュリスト』No.1255, p.124-p.135, 2003.11.1, 有斐閣
田村善之「著作権制度は時代とともに変化させるべきである」『Right Now!』p.3, 2006.2.1, 税務経理協会
「絵画公売ネットオークション」読売新聞(朝刊), 2006.10.13, 読売新聞社
田村善之「絵画のオークション・サイトへの画像の掲載と著作権法」『知財管理』No.669, Vol.56, No.9, p.1307-p.1322, 2006.9.20, 日本知的財産協会
田村善之「講演録 著作権法32条1項の〔引用〕法理の現代的意義」『コピライト』p.2-p.20, 2007.6, (財)著作権情報センター
『21世紀COEプログラム:「新世代知的財産法政策学の国際拠点形成」研究プロジェクト』北海道大学法学研究科法学政治学専攻・先端科学技術共同研究センター・創成科学研究機構
http://www.juris.hokudai.ac.jp/coe/)2008.3.11
2008年3月
[ かげやま こういち ]
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