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プライバシーステートメント
ミュージアム・ノート
Twenty Year's
── ミュージアムとメディアの出会い、そして再会
光岡寿郎
 前回は新しいミュージアムの切り口として「ミュージアムの〈メディア論〉的なアプローチ」を紹介したわけだが、今回は最もリテラルに〈メディア論〉的な方向性を持った1990年代のイギリスの議論から話を始めたい。
1990's, London──来館者の〈再〉発見
 日本での国立博物館・美術館群の独立行政法人化(2001)や地方公共団体のミュージアムへの指定管理者制度の導入(2003)に先行すること20年、イギリスにおいてもサッチャー政権による福祉国家から自由主義国家への政策転換のなかで、ミュージアムに対する公的な支援(主に財政的な)は減少し、ミュージアムスタッフや研究者はミュージアムの社会的存在意義について再考せざる負えなくなった。
 このような環境下でイギリスにおいて注目を集めた研究領域のひとつが、来館者研究(Visitor Studies)だ。歴史的には19世紀後半にはその端緒を確認することができ★1、以降一貫してミュージアムにおける来館者行動をその研究対象としてきた。80年代も半ばになると、ミュージアムのマーケティング担当者はその来館者の消費行動を把握するため、またエデュケーターはミュージアムが位置している地域社会とのコミュニケーションプロセスを把握するために、来館者研究への需要が高まったのである。しかしながら、この過程で明らかになったのは、「来館者(visitor)」は行動主義心理学の「刺激-反応モデル」に基づいた受動的で一枚岩の「学習者(learner)」として把握されてきたという事実だった。
 そこで、この硬直した来館者像を解体するために援用されたのが、メディア論におけるオーディエンス研究の成果だったのである。例えば、現在ミュージアム・スタディーズ(以降MS)の第一人者とも言えるアイリーン・フーパーグリーンヒルは、メディア論においては1950年代にはメッセージの受容過程における視聴者の能動性や社会的な文脈の重要性を示唆していたのに対し、MSにおける方法論は「観衆/来館者」のメッセージの解読過程の重要性を示すことができなかった行動主義的、実証主義的な方法論に過大な信頼を寄せすぎたと振り返っている★2
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 確かに、少なくとも1980年代以降のイギリスのメディア論の柱のひとつは、観衆がメディアとともに布置された個別の環境のなかで、メディアをどのように解読/消費するかをエスノグラフィックに描き出すことにあった。つまり、観衆とは一様にメディアによって操作されるわけではなく、むしろ自身のもつ文化・社会的なコードによって能動的に情報を消費していたわけである★3。このオーディエンス研究の方法論における導入は、MSにおいて行動主義モデルに基づいた受動的な「学習者(learner)」としてとらえられてきた来館者を、能動的で自身の備えた文化資本を利用して展示を消費する「観衆(audience)」として〈再〉発見することを可能にしたのである。一方で、1990年代初頭、メディア論もまたミュージアムを新たなメディア形式として眼差し始めていた。同時期に行なわれたロンドンのサイエンスミュージアム(Science Museum, London)の展示のリニューアルプランには、イギリスの代表的なメディア研究者であるロジャー・シルバーストーンも参画し、そこでの経験が研究成果として残されている。
1970's, Toronto──コミュニケーションシステムとしてのミュージアム
 一方で、フーパーグリーンヒルはミュージアムをメディア研究の視点から再考する際に、1970年代の一人の研究者を批判する。それは、彼の議論が、ミュージアムにおけるコミュニケーションプロセスをシャノン=ウィーバーに代表されるリニアーで一方通行的なモデルとして把握しているように感じたからだ。しかしながら、1970年代にミュージアムをコミュニケーションシステムとして積極的に描こうとしていたダンカン・F・キャメロンこそが、むしろ忘却されていたMSにおけるメディア論の先駆だったのである。キャメロンは、ミュージアムにおけるコミュニケーション形式の特徴を以下のように語っている。

スピーチ、書物、出版物といった私たちの言葉によるメディアは、統語法と文法によって構造化された直線的な形態を有している。メッセージは、この直線的に構造化された形態の限界のなかで連続して提示される個々の情報単位によって伝達される。一方で、展示は、その時々に個人にさらされる全体のゲシュタルトによってのみ組織化された情報を提示しているのである★4

 キャメロンが注目していたのは、ミュージアムにおけるメッセージが視覚言語として構造化されているという事実である。その構造化の形式は、私たちの日常生活にあふれるリニアーな言語的メディアとは異なるものであり、そこにミュージアムというメディアの独自性を見ていたのである。彼の議論を含め、トロントで活躍していたミュージアム研究者は、マーシャル・マクルーハンに代表されるメディア研究におけるトロント学派の影響下にあったと言ってもよい。MSにおいては、彼らが目指していたミュージアムを「コミュニケーションシステム/メディア」として把握する視点はその後忘却されてきたわけだが、結果的には、このミュージアムにおけるコミュニケーション形式の特性の解明を試みたメディア論的なアプローチの放棄が、20年後に生じた来館者研究の受容と供給の不一致を一面においてすでに規定していたと言えるかもしれない。
 そこで次回は、具体的に1970年代以降の来館者研究をオーディエンス研究の立場から振り返ることで、ミュージアムというメディアが来館者に受容される様子を描いてみたい。

★1──George E. Hein, Learning in the Museum, Routledge, 1998.
★2──Eilean Hooper-Greenhill, Museum, Media, Message, Routledge, 1995.
★3──David Morley, "'Nationwide' Audience," in The Nationwide Television Studies ,BFI, 1980.
★4──Duncan F Cameron, "A Viewpoint: The Museums as a Communication System and Implication for Museum Education," in Curator, 1968.
光岡寿郎
1978年生。博物館研究、メディア論。東京大学大学院/ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ在籍。論文=「ミュージアムスタディーズにおけるメディア論の可能性」など。共訳=『言葉と建築──語彙体系としてのモダニズム』(鹿島出版会、2005)
2007年6月
[ みつおか としろう ]
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