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東京国立博物館「ミュージアム資料情報構造化モデル」発表
──収蔵品の業務支援と情報共有へ

影山幸一
 文明開化という言葉はかなり古めかしいが、2005年11月11日東京国立博物館(以下、東博)の100名ほどで一杯の小講堂で開かれた公開研究会は、明治初期の近代化を髣髴とさせるような、静かな熱気がこもっていた。
 明治5(1872)年、翌年にはウィーン万国博覧会の参加を控え、日本で最初の博覧会が東博で開かれたという。以来130年余、東博は、その時代の施策とともに幾多の変遷を経て、恒久的な展示を行なう博物館として、美術博物館の性格を強めながら、日本のミュージアムを先導してきた。
 この日、東博の博物館情報処理に関する調査研究プロジェクトチーム作成による「ミュージアム資料情報構造化モデル」(以下、モデル)の草案が一部の専門家だけでなく、関心のある一般も参加できるよう門戸が開かれ、公開研究会のかたちで公開された。
 資料情報システムを開発する基盤として、また資料情報共有のためのデータ形式を開発する基盤として利用されることを目的としたモデルである。ミュージアムの業務支援となり、効果的な情報処理・情報共有を可能とすることを主な目標に、A4用紙19枚にまとめられていた。その文書の末尾には、「東京国立博物館は、本文書の改善に資するため、引き続き広く関係者から意見を聴取する措置を講じる」と締めくくられている。この文書は改変などしなければ、そのまま複写・頒布できるとの注記も添えられたオープンなものだが、著作権は「独立行政法人国立博物館」に帰属するという練り上げられたものだ。デジタル文明を享受してミュージアムの歴史が、大きく一歩を踏み出したことを実感させた。

創造的な未来志向の自立拡張型モデル
 博物館は文字通り多様な資料の宝庫である。目録などの整備が進む図書館界に比べて、その記述項目・方式などの標準化の難しさは、容易に想像できることだが、具体的に全国レベルでの資料記録の取り組みが始まったのだ。資料情報の共有を目指しているが、19枚の文書には標準化・統一などの言葉は見当たらない。
表1により示された34の属性項目や詳細要素については、「組織や分野によって、属性や詳細要素を拡張することができるが、モデルに基づく情報共有のためには、このモデルで示されている構造に変換することが求められる」とし、全体に自由度の高さを印象づけた。
 全国にある規模の小さな館から東博のように巨大な館まで、美術館を含む1,637館のミュージアムのWebサイト保有率は82.3%(「デジタルアーカイブ白書2005」2004年末現在調査,JDAA、以下同)と高い。しかし、デジタルアーカイブの導入状況は、市町村立ミュージアムが30.2%(483館中146館)、都道府県立が46.5%(159館中74館)、国立は68.8%(32館中22館)と運営母体によりさまざまで、また館によって情報化の進展具合は一様ではない。
 歴史的でも芸術的でもある資料の多様なデータをどう扱うか。さまざまな出来事の連鎖である過去のデータにも意味があり、単純化せず、構造を明確にして情報を共有する。それらを考慮し、各館の自主性を生かそうともする情報構造化モデルは、矛盾を抱えているようだが、止揚されるべき方向性を見出しているようだ。
 トップダウンの最大公約数型でなく、記述形式にとらわれずに、やがてはつながって行こうとする未来志向の自立拡張型である。自立にはいつも痛みを伴うものだが、モデルでは収蔵品関連の業務支援が目標に据えられているのだ。その業務支援の結果を共有し、このモデルの上位に各ミュージアムのデータベースがあり、その上にメタデータ・スキーマの開発や、さらに上位にシソーラス(検索語辞典)・典拠ファイルなどが出来上がってくる構想を持っている(図1)。このような情報共有のための独自の辞典作成も期待できる創造的な構造化モデルである。

図1

情報記述のモデルは適切な抽象度
 モデルは特定の実装には依存していない、実装のためのモデルでもない。実装を想定してはいるが実装モデルそのものではなく、実装に近い仕様については別の文書で2006年度の前半に提案される予定としている。
 さらに、収蔵品の写真といったデジタルアーカイブに関連する二次資料の情報の扱いについては、参照に必要なだけの分析にとどめているとある。デジタルアーカイブの構築が全国に広がっている現状を考えると、視覚情報としての画像情報モデルも同時に提示してもらいたかった。国立国会図書館も注目している画像フォーマットJPEGの後継規格であるJPEG2000の対応などは今後の状況をみてということだろうか。今は現行の東博の画像情報デジタル化(TIFF〔1,000dpi〕,JPEG〔72dpi〕 各、小: 1,500×625,中: 1,000×1,250,大: 2,000×2,500,特大: 4,000×5,000pixel,24bit)を参考とするのが普及率・安定度の点からよさそうである。ミュージアムがミュージアムのために取り組む本格的な全国規模の情報化だ。
 他方、このモデルは標準化への取り組みが進む図書館界のダブリン・コアや文書館界のISAD(G)、博物館界のIGMOI(ICOM)といった既存のメタデータ標準化の記述方式や動向に言及してはいない。しかし、博物館界のSPECTRUM(MDA)、CDWA(AITF)、VRA(VRA)、CIDOC CRM(ICOM)、CHIN(CHIN)など、情報記述標準化の項目や概念モデルを参考にしながら、日本の資料やミュージアムの実状を考慮しつつ、適切な抽象度のやわらかな野心作となって公表された。下記に概要を列記した。

対象と範囲
モデルは、美術・博物館における歴史・民俗・考古・美術等の各種資料、移動可能な人工物を想定している。自然史資料(鉱物、生物標本)や寺院等の建造物、無形文化財は、モデルの設計上では前提としていない。資料の管理に活用されることを想定し、収蔵品といわれる一次資料の全域をカバー。博物館業務の具体的な詳細には立ち入らず、入力規制、多言語対応、データのライセンスについては規定しない。

階層的な記述
記述の対象となる単位は必ずしも一定ではなく、資料のまとまりを「記述単位」と呼ぶ。ひとまとまりの物品として管理される単位は、通常は資料の受入時に番号・記号が付与される単位(「受入単位」)となる。異なる受入単位の間には階層的関係はない。記述単位は受入単位を根とする階層構造を形成、ひとつの受入単位の配下にある記述単位の間には階層構造が一意に決まる(階層の形に複数のパターンがあってはならない)。構成部分を独立した記述単位に分割する場合は、物理的なまとまりをその他の属性よりも優先させる。

情報の履歴的性格
資料についての情報は、資料が制作され現在に至るさまざまなイベントを経て、発生または確定してきたものと考えられる。資料に関わるイベントには時期、場所、行為者、文書という4つの要素が関係する。すべての情報をイベントの履歴として扱うのは困難であり冗長。すべての属性について履歴的性格の記述を前提とせず、妥当なものについてのみモデル中に履歴的属性を明示。必要に応じて履歴的性質を含む記述形式に展開して運用。

属性と詳細要素
ミュージアムの多様な情報を単純化せずに、構造を明確にすることによって、多様な情報を生かしていこうとする発想で設計され、4種類の性格に分類された34の属性項目は、その詳細要素によって、さらに細かな記述が可能である。属性と詳細要素が一目に見渡せるように表にまとめた(表1)。


5つの型(数値・識別子、日付・期間・時期、行為者、文書、地域・遺跡)は、属性の詳細要素の値となるデータの記述の枠組みである(表2)。行為者、文書、地域には詳細要素がある。「いつ、誰が、どこで」を記録することで人名辞典や地名辞典へ発展していくことが考えられる。期待は大きい。
2005年12月
[ かげやま こういち ]
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