artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
福島/伊藤匡愛知/能勢陽子大阪/中井康之広島/角奈緒子|山口/阿部一直
炭鉱と記憶の見えない穴(川俣正+コールマイン研究室フィールドワーク)/表象上の1点(平川紀道「observers」)
ミニマム インターフェース展/YUDA ARTPROJECT(湯田アートプロジェクト)
山口/阿部一直(山口情報芸術センター
 アーティストインレジデンスを中心に、国際的な活動を行なっている山口県の秋吉台国際芸術村が開館10周年を迎え、その記念として、川俣正+コールマイン研究室を招聘しての「炭鉱×アート」と題した1日 イヴェントが10月18日に開催された。都市自体の成り立ちとして、炭鉱産業と深い歴史的関わりがある美祢〜宇部地域にフォーカスし、そこに偏在する炭鉱遺構から現在の産業機構を、30名余りの一般参加者を交えてフィールドワークするという企画である。宇部には、たとえば宇部興産という地元の中軸企業があり、世界的規模のコールセンター(石炭集積所)があるだけでなく、美祢〜宇部間に興産道とよばれる巨大な2車線の専用道路が敷設されているなど、都市設計の根幹にも、炭鉱産業の歴史が非常に大きく関わる特異性を持った独自の地域である。このイヴェントでは、単なる産業見学にとどまらない、アーティストの視点によって、どのような巨視的なパースペクティヴが明らかになってくるのかがポイントとなるだろう。
炭鉱×アート
炭 鉱×アート
炭鉱×アート
炭鉱×アート
炭鉱×アート、フィールドワークの様子
一番下は、川俣正氏と浅野正策代表
 フィールドワークに先立って行なわれたレクチャーで、川俣正がこれまでのプロジェクトの一貫した公共空間との関わりと仮設性について述べた後、自身の北海道の出身地が炭鉱町であることも関係して、炭鉱産業という第2次産業によって構造化された、近代の思考回路の生産物としての都市および公共空間が、現在においてどのように可視平面化されているのか、あるいは不可視の地層化されているのかを検証する目的によって、炭鉱×アートとしてのプロジェクトが開始された経緯を語った。すでに具体例として、「個人的な公共事業」を銘打った1996〜2006年の10年間にわたって取り組まれた福岡筑豊地区の「コールマイン田川」という一大プロジェクトがあり、田川の集会場スペースに期間限定的なかたちでさまざまな公共施設を構築する活動が行なわれ、そのなかで2002年の日韓炭住交換移築計画では、国際間でのプロジェクトにも発展している。今回の美祢〜宇部フィールドワークは、その後の川俣と、クリエーター主体のコールマイン・ラボとが合体した炭鉱リサーチプロジェクトのネクストステップという意味合いになる。
 実際のフィールドワークでは、宇部興産の生き字引ともいえる今年80歳になる浅野正策氏(炭鉱を記録する会代表)が先頭に立って、膨大な知識を背景としながらかくしゃくとガイダンスを行ないつつ、美祢〜宇部の拠点を巡るというもので、大嶺炭田エリア〜宇部興産専用道路〜沖の山電車竪坑櫓〜コールセンター〜宇部石炭記念館(常盤公園発)のバスツアーによる、山から海岸までの巡路となっている。
 この旅程では、フィールドワーク主体であるため、なぜ炭鉱×アートであるのかという明確な回答が提示されているようには見えなかったが、じつは明確な発見目標がなく、見えないものを探して地表を歩き回るあがきのような行為の連続は、むしろ心地よさを生んでいくと言ってもよい。この1日を通じて浮上してきたのは、炭鉱産業を基軸に営まれていた共同体の痕跡が、ある部分では地層化し、ある部分では現在への引き継ぎを待っているという点である。竪坑や付随物をはじめとする産業遺構の構造物(現役機能へリノベートされているものもあれば廃墟になっているものなどさまざま)のモダンの原型的造形性はきわめて印象深く映る点、またそれらをはじめとしてモニュメンタルな造形物や彫像が保存ないし制作されていることが、本質的な〈立てー組み〉の痕跡として映ることである。考えてみれば竪坑遺構のいまや誰も入ることのない地球に向けられた穴とは、非常に不思議な、スケール感を超えた要素持つ存在だ。宇部は、宇部興産の創業者である渡辺祐策を渡辺翁として讃え、いまだ現存する村野藤吾設計のユニークなディテールに満ちている旧宇部銀行(現在オリジナルな状態に復帰しつつ保存政策中)や渡辺翁記念会館に代表されるように、炭鉱産業によって形成される都市計画が、地元の教育、文化、福祉、医療施設などすべてを統括した独自の共同体都市として構想されているという記憶の連結を呼び起こす。またそれらが当時の明晰な革新的デザインを同時に擁護していた事実も示している。
 メディアアートセンターや情報デザイン施設が、世界各地の都市構想の現場で、第2次産業からの脱却の代替物として構想されていることを視野に入れると、それらが接続する基盤の地層とは感覚としてなにかを考えさせる。はたして近代を挟む地と空の対比と接続がどのように眺望されるのか、穴と痕跡が残るとすればどのようなデザインが必要とされるのか、といった芸術史の移行としてもとらえることが可能だろう。その両端の不明瞭な明暗を明晰化していく作業ということか。
 このフィールドワークの結果をベースに、11月1日〜24日に宇部石炭記念館で、「炭鉱+アート」展が、ワークショップも含めて開かれた。フィールドワークに参加した全員が、簡易レンズ付きフィルムカメラを渡されて無作為に撮影したスナップが、無記名ながら撮影者ごとに整理されて展示されていたのが面白く映る。すべてがステレオタイプなものになるかと思いきや、遺構と視線の交錯を基点に、かなりバラバラな志向のショットがサンプリングされており、久々にダイナミックな地平と空間がそこには刻印されていたからである。

●炭鉱×アート
会期:2008年10月18日(土)
会場:秋吉台国際芸術村
山口県美祢市秋芳町秋吉50番地/Tel.0837-63-0020

 島根県益田市にある芸術文化センター「グラントワ」の島根県立石見美術館では、地方美術館としてはかなり意欲的なメディアアートの個展が開かれている。まだ20代のアーティスト平川紀道による「observers」展で、すべてが新作の3作品による構成になっており、これらは明確な問題意識のもとに連係的に編集された、ある意味メディアヒストリーと知覚を巡った示唆的なインスタレーション展示である。平川には、すでに国際的舞台での評価を確定した作品が何点もあるにもかかわらず、今回まったくの新作で望んでいるのはそれなりの刺激的な問題提起があるからだろう。しかもこれらは閉鎖サーキットを形成している作品群で、インタラクションの要素はまったくない。
 写真の連作《instances》では、暗闇の空を写真で撮らえた1点の星と、コンピュータのデータの1ピクセルを画面上に表示したものを撮影した写真を、バラバラに併存した展示である。天文学的な光年による時間経過の一瞬の到達を撮影した光学反応と、0コンマ何百秒でコンピュータが計算をして到達した光学反応が相対化され、マクロ/ミクロのパワーズ・オブ・テンのどこかの閾域下において人間の知覚が認識とシンクロするファンタズムを示す。エントランスの《standard observation》と室内の暗転空間の作品《a circular structure for the internalobserver》はある意味パラレルだ。万有引力をコンピュータで演算して、点の運動と軌跡を光学的にレンズで観察する作品《standard observation》は、人間スケールの光学認知のテクノロジーが時間を生成していることを突きつけている。またコンピュータ内のファンの駆動音ノイズをサンプリングしてフィードバックループを起こし、ランダムな生成映像を矢継ぎ早に連射していく《acircular structure forthe internal observer》は、人間の知覚が届かない時間の生成現象を、むりやり光学的に引きはがしている閃光現象に近い印象を与える作品だ。
 これらの作品群がもたらすのは、すでにわれわれが、ルネサンス以来の人間学的スケールの知覚と表象のフレームを完璧にはみ出し、アルゴリズムのコードの生成といった本来表象外の肌理の世界に、すでに生理学的デザイニングの感覚を持ち込んでいることを告知している。これを表象の進化と呼んでいいのかどうかはわからないが、事態と感覚のセットがそこに移行していることは確かなのである。従来の表象のための演算性を完全に裏切っているシャープさが、前面に押し出された作品展示となっている。

●平川紀道「observers」展
会期:2008年11月8日(土)〜2009年1月5日(月)
会場:島 根県立石見美術館
島根県益田市有明町5-15/Tel.0856-31-1860

学芸員レポート
 山口情報芸術センターが11月1日で5周年を迎え、それを記念して2つの特別企画展を同時開催している。ひとつは、YCAM館内で開催中の「ミニマム インターフェース」展。これは、情報化社会特有の文化的多様性を表現するキーワードとしてのインターフェースとその未来的機能を探求テーマにしているが、美術館やアートセンター自体を、ある種のインターフェースとしても見なしうるだろうという発想も込められている。その仕掛けとして8組のアーティストデザイナーが参加しているが、展示コンテンツのナビゲーションデザインに、こだわりを持たせたセッティングになっている。Suicaのタッチインターフェースのデザインでも知られるリーディングエッジデザインとの共同開発で、チラシの紙という存在そのものを非常にユニークなインターフェースツールにするもので、これはぜひエントランスで使って体験していただきたいと思う。展示そのものは、YCAMが開拓してきた独自の分野である〈アート+身体表現〉の視点を踏まえて、映像・写真・サウンド・建築オブジェ・プロダクトデザインなどの作品を選定し、YCAMの委嘱による新作や、日本初紹介となる新鋭アーティストなど、国内外のアーティスト8組による作品から、アートやデザインの中に組み込まれているインターフェースの多様性を引き出すかたちで紹介したものである。「ミニマム」とは形態や造形から発想しがちだが、今回はインターフェースを原義の界面機能とみなして存在論的ミニマムからスタートしている展覧会ともいえるだろう。
「ミニマム インターフェース」展、エントランス
「ミニマム インターフ ェース」展、会場風景
写真提供=山口情報芸術センター [YCAM]
photo: Ryuichi Maruo
 2つ目は、YCAMに隣接する温泉地区の公共空間を舞台にした「YUDA ART PROJECT」で、国内外で活躍する3組のアーティストが、光とインタラクションをテーマに、湯田温泉の各所を作品展示の場として展開したもの。中心集会所的機能を都市構造として持たない、碁盤の目のような並列的な湯田の町並みに苦労したが、それを逆手に取って、アクションがネットワークをトレースするようなトランスヴァーサル(横断的)な機能を各作品が町中に持ち込んでいるプロジェクトである。このプロジェクトでは、YCAMとアーティストがアイディアを出し合い、湯田温泉の選定ポイントにあわせて特別に制作した新作を発表している。ブリストル・サウンドを代表するマッシヴアタックのヴィジュアルショーデザインで一躍有名になったロンドンのUnited Visual Artistsが、林立するLEDをインタラクティブに使用し、空間全体を美しく変化させる新作《Array》を中原中也記念館の外庭にインスタレーションしている。また、温泉街に分散した4つのポイントを回りながらポートレート写真を部分的に撮影して合成していく《巡礼端末- The Terminal for Pilgrimage》をexonemoが担当。これはネットワーク化されていて、ストリート沿いの大スクリーンにそれらのアクセスデータが常に映写される。別の人どうしの合成も起こる仕組み。湯田に5カ所ある足湯のうち4カ所にインスタレーションしているのが、「ミニマム展」でも参加した新鋭アートユニットのSHINCHIKAの《足湯タイマー☆ぶらり旅》。名前の由来は大阪の新世界にある新世界地下劇場から来ている。
《datamatics [ver.2.0]》
United Visual Artists《Array》2008
写真提供=山口情報芸術センター[YCAM]
photo:Ryuichi Maruo

●山口情報芸術センター開館 5周年記念事業 特別企画展
ミニマム インターフェース展
会期:2008年11月1日(土)〜2009年2月8日(日)
会場:山口情報芸術センター・スタジオB/ホワイエ

YUDA ARTPROJECT(湯田アートプロジェクト)
会期:2008年11月21日(金)〜12月27日(土)
会場:湯田温泉地区(山口県山口市)各所

[あべ かずなお]
ページTOPartscapeTOP