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学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦山口/阿部一直
秋田県大館市アートプロジェクト「ゼロダテ(0/DATE)/大館展 2007」
2007寒風山 石の彫刻フェスタ/国際芸術センター青森「夏のアートフェスティバル2007」/空間実験室2007
青森/国際芸術センター青森/日沼禎子
  今年の夏も日本各地で「地域」や「街」をフィールドとしたアートプロジェクトが盛んに開催されるなか、筆者は秋田県大館市を訪ねた。大館市は人口約8万3千人。青森、秋田、岩手の3県が接するエリアに位置し、忠犬ハチ公で知られる天然記念物「秋田犬」、イコン画家・山下りんによる作品が収められた北鹿正ハリストス教会、また、プロレタリア文学を代表する作家・小林多喜二の出身地としても知られている。
 その大館市にて、市庁舎の西側に位置する大町商店街で行なわれたのが「ゼロダテ(0/DATE)/大館展 2007」展である。距離にしておよそ7-800mほど続く通りに面した空き店舗を会場に、さまざまな展示、ワークショップ、ライブなどを行なうというものである。8月10日から18日までの9日間という短い期間であったが、夏のお盆休みの時期でもあり、県内外からの多くの来場者を集めた(「artscape」9月3日号の伊藤匡氏のレポートも参照)。
 このプロジェクトを最も特徴付けているのは、展覧会の内容もさることながら、実施に至るまでのプロセスである。「ゼロダテ」は、大館市出身の3名のアーティスト普津澤画乃新(漫画家、21歳)、石山拓真(デザイナー、30歳)、中村政人(アーティスト、43歳)によって結成されたクリエーター・ユニット名。「0/date=ゼロの日」つまり日付を0にリセットし大館を読み替え、もう一度何かを始める勇気・創造を生み出すことをコンセプトに、世代、ジャンル、社会的地位も越えた活動を展開していくことを目的として立ち上がった。中村政人といえば、2001年・第49回ヴェネツィア・ビエンナーレへの参加、1997年からスタートした「美術と教育」プロジェクトにおける膨大なインタヴュー、出版。「アーティスト・イニシアティヴ」をベースにした「コマンドN」の運営など、社会の中における発信、受信する双方のコミュニケーションのあり方を探るさまざまな活動を行なってきた。一人の表現者として、また表現をめぐる場、関係性を自ら作り上げてきたプログラマー、プロデューサーとしての手腕も常に注目されている。各地域でのアートプロジェクトにも積極的に参加する中村がこの度取り組んだのは、自身の故郷であった。
 ユニットとしての最初の活動は、大町商店街の現状をリサーチすることから始まる。昨年12月に当地に出向き、大館市の協力を得て、2001年に倒産した老舗百貨店「正札竹村」のシャッターを開ける。この商店街のいわば顔であった百貨店の店内は、わずか5年の間に廃墟のように変わり果てていた。全フロアをほぼすべて歩き回る間、メンバーそれぞれの脳裏に記憶の断片が行き交う。この街を生きてきた多くの人々にとってたくさんの記憶が残されたこの「正札竹村」を、参加アーティスト、スタッフと地域の人々が心をひとつにするための「アイコン」と決める。翌1月には、コマンドNが運営するプロジェクトスペース「KANDADA」(東京都千代田区神田)で最初のプレゼンテーションを行なう。地元大館からも多くの来場者が駆けつけ、会場は熱気に包まれた。店舗ビルから外し取り、大館から運び込んだ「正札竹村」の看板が据えられた。中村の真骨頂ともいえる大胆な手法はまさしくアイコンとしての役割を担う。ゼロダテ展に賛同したクリエーターたちがキャラクター化された、普津澤によるイラスト群は、この街と多くの人々とを再び結びつけようとする決意を表明する。石山は「正札竹村」の店内を撮影した映像をもとにした作品を上映。レジスター、マネキン、食堂のディスプレイ、商品券のダンボールの山、従業員たちのロッカールーム。閉店後さまざまなものが放置されたままの虚ろな風景に重なるように、短い言葉たちが現われては消える。「正札で初めてのダブルデートをした。お母さんに見つかった。/子供の頃正札竹村で働くのが夢だった。正札竹村に就職が決まった女性は「それでいいところに嫁に行けますね」と言われた。/お休みの日は家族で正札の食堂に行った/etc……」。大館の人々の、ごくあたり前の生活が寄り添う幸せな過去の記憶とは対象に、映像が映し出す現実を目の当たりにし、涙する者もいたのだという。パーティでは大館名物・きりたんぽ鍋、地ビールなども振舞われた。ゼロダテを成功させようとする人々の気持ちがひとつになった時間だった。
カエッコ・ヤ
「旧・ボンジュール(菓子店)」
「旧・ボンジュール(菓子店)」
seed
上から
藤浩志「カエッコ・ヤ」
旧精肉店のショーケースを使ったカエッコ
中村政人「旧・ボンジュール(菓子店)」1階
同、2階
カフェ「seed」。奥=武田あかりによるドローイング
武田さんはカフェの店長でもあり、シンガーでもある
写真提供=ゼロダテ/大館展実行委員会
 そこから半年という短い準備期間を経て、「ゼロダテ(0/DATE)/大館展 2007」が実現する。筆者は長く前述した経緯を敢えて把握せずに現地を訪れた。作品や場が醸し出すであろう特異な空気を、ストレートに感じ取りたかったからである。展覧会は18箇所の空き店舗・ビルを会場に、「ゼロダテ」メンバーを始め、ゲストアーティストとして申明銀、ワークショップ「カエッコ・ヤ」を携えた藤浩志、同じく大館市出身の写真家・小林のりお、その他大館出身・在住のアーティスト、デザイナー、高校生、東京・神奈川から参加した学生らを含めた多くの人々による多彩な発表が展開されている。
 JR大館駅側から大町商店街に入って程なく、一目でそれとわかる中村の代表的作品《ペンダントライト、イエロー》が見える。古い商店街の一角にあって、社会的批判性とは少し距離を置き、人々を迎え入れる、懐かしく暖かい光を放っている。20年間閉鎖されていた4F建てのビル「旧・ボンジュール(菓子店)」の1・2Fが中村の展示スペース。1F店内にはデザインも素材もさまざまな椅子があり、人々は自由にそこに座り、黄色い光の下、そこに流れていたであろう20年もの時間に身を委ねる。2Fへの階段を上り始めると、長い間閉ざされていた場所特有の、肺を刺激する強烈な臭気に呼吸が止まる。1Fの黄色い暖かな光とは対照に、ブルーの冷たい空間が現われる。屋外から取り外された街灯が、そのフロアには不釣合いな巨大な照明器具として存在している。そこには、放置された山積みのダンボールに入っていた「正札竹村」の商品券が床一面にばら撒かれている。扇風機で送られた風で、黴と埃とともに舞い上がる金券。目の前にあるヒューマンスケールと色彩のズレに眩暈を覚え、自分が身を置いているところを見失いそうになる。そこには確かにかつての商店主が愛情を注ぎ、守ってきた菓子店の記憶がある。それとともに、ヒューマンスケールを失った人々の途方もない空虚感が、肥大した消費社会の傷跡のように浮き上がる。
 1日もあれば全部の作品を十分堪能できる距離と空間は商店街ならでは。全会場をまわり、ほどよく歩き疲れて「ゼロダテ」の特設カフェ「seed」に入る。明るく開放的な店内には若いアーティストたちによるドローイングなどが展示され、中古のソファが居心地のよい空間に作り上げている。ふと隣のテーブルに目をやると、編み物のワークショップがさりげなく開かれている。大町商店街を歩く人々の姿が、一杯のコーヒーを飲む間のウインドウ越しの風景となる。そこにふらりと、ベースボールキャップにTシャツ姿の中村が入ってくる。遅い昼食をとるためにやってきた彼を見つけると、ボランティアスタッフ、かつての同級生たち、遠方から訪れた客人、商店街店主たちが声をかける。笑顔がこぼれ、会話がはずむ。プロジェクト運営の疲労感が体から漂いながらも、満たされた表情の中村がそこにいる。
「故郷を思う気持ちを大事にしたいと思ったんです」と中村は迷いも照れもなく言う。「東京にいても、1日に1度は必ず大館の事を考えますよ。故郷のある人たちはみんなそうでしょう? 親や友人たち、そして、この街のために何かしなければという強い思いで始めました。一過性のプロジェクトにするつもりはありません」。展覧会に与えられたテーマは「この街と歩く」。中村の思いはここに集約される。「商店街とはパブリックな場であり、誰もが自由に歩く権利を持っている。商店のひとつひとつがパブリックとプライヴェートの双方を持ちながら、外に向かって開かれていた。最初に「正札竹村」に足を踏み入れた時から、その内側と外側とのギャップに目を向けた。空き店舗を‘再利用’することが目的ではなく、まずは閉ざされていたシャッターを開け、個々の商店が持っていたある種中間的なパブリックな領域というものを外に広げることで、記憶を共有することができると考えました。多様な人々とのグループワークによってプロジェクトを作り上げていくのも、パブリックという概念を見直し、場を生み出す喜びを共有するためなのです」。
やがてまた一人、窓の外を中村の友人が通りかかる。「やあ、久しぶり! Tシャツ買っていってよ。このCDも聴いて! スタッフが歌った曲なんだからさぁ」。と目を細める姿は、すっかりこの街の商店主のそれではないか。閉ざされていた街の一部が呼吸を始めた。黴と埃の湿った臭気ではなく、コーヒーとスイーツの甘い香りが満ちていた。
HEARTBEAT DRAWING-SASAKI 中村研一
トークセション ストリートライブ
左上:HEARTBEAT DRAWING-SASAKI
大館の人々の鼓動をリアルタイムでドローイングし、会場内にポートレートとともに次々と展示していく
右上:中村研一による電球を使ったインスタレーション
電源コードが商店街の各店舗と繋がっており、電気がついているところが開店しているのがわかる仕組み
左下:トークセション。商店街のすぐ裏にあるお寺・玉林寺住職などもトーカーとして参加
右下:ストリートライブ。出演はサイトウタクヤ、武田あかり、オムトン
写真提供=ゼロダテ/大館展実行委員会
●「ゼロダテ/大館展 2007
会期:2007年8月10日(金)〜18日(日)
会場:秋田県大館市 大町商店街空き店舗
主催:ゼロダテ/大館展 2007実行委員会
学芸員レポート
 引き続き、夏の秋田、青森のレポート。
 まずは、男鹿半島を一望できる景勝地で行なわれている「寒風山『石の彫刻フェスタ』」。2005年から始まり、今年で3回目となるこの事業は、地元男鹿の石をつかった石材業を行なう株式会社寒風を中心に、ボランティアによる実行委員会により毎年夏に開催されている。彫刻家1名を招聘し、使われなくなったレストハウスを制作・滞在場所とした公開制作を行ない、男鹿の石の文化を伝え、地域を活性化しようという試みである。初年度は荻野弘一、田中毅に続き、今年は井田勝己が参加し、3週間の滞在制作を行なった。多くの石彫シンポジウムが開催困難となっているなか、地域住民による心のこもった運営が印象的。彫刻家によるワークショップのほか、秋田の方言による観光案内を続けるボランティアグループが民話の会を発足させ、さまざまな昔話を語り聞かせる公演なども行なっている。手作りで、暖かい。地方ならではの楽しさと喜びに溢れるフェスティバルである。
寒風山彫刻フェスタ 「寒風山彫刻フェスタ」における井田勝己の制作風景
 青森市では、国際芸術センター青森主催による「夏のアートフェスティバル2007」が開かれた。テーマは「土俗と神話」。人々が築いてきた長い歴史を、永遠性を持った「石」という素材になぞらえ、彫刻表現のみならず語り継がれる物語について思いを馳せようというもの。「物語が生まれる場所」をテーマに、先にレポートした井田勝己と荻野弘一の彫刻展を中心に、同じく彫刻家の植松奎二をゲストに迎えたシンポジウム、ワークショップに加え、野外でのピアノコンサートなどを多彩に開催した。
国際芸術センター青森「土俗と神話」 国際芸術センター青森「土俗と神話」
左:国際芸術センター青森「土俗と神話」
井田勝己インスタレーション
右:同、荻野弘一展示風景
 同じく青森市では、中心市街地の空き店舗を利用し、クリエーターの表現・発表の場を提供する「空間実験室」がスタート。同事業は、全国のアートNPO、アートプロジェクトをネットワークするアサヒアートフェスティバル(AAF)の参加企画のひとつとしても活動。各主催団体との人的交流を通し、それぞれの運営のノウハウを共有しながら、地域活動を活発にしていく試みにも参画している。5年目となる今年のテーマは「風景のある時間」。12月末までの19週間、各週入れ代わり、30組を超えるさまざまなクリエーターによる展覧会、ワークショップがノンストップで開催される。
空間実験室 空間実験室
左:空間実験室/村上明栄「眠りにつく前に」ドローイング
右:空間実験室/相馬唯「ピクニック」家具

●「2007寒風山『石の彫刻フェスタ』
会期:2007年7月29日(日)〜8月19日(日)
会場:寒風山レストハウス前特設会場
秋田男鹿市脇本富永寒風山1-1/Tel.0185-25-3650
主催:寒風山・石の彫刻フェスタ実行委員会

●国際芸術センター青森・夏のアートフェスティバル2007
「土俗と神話──物語が生まれる場所」
会期:2007年7月28日(土)−8月26日(日)
会場:国際芸術センター青森
青森県青森市合子沢字山崎152-6/Tel.017-764-5200
主催:国際芸術センター青森AIR実行委員会

●「空間実験室2007」なかなかプロジェクト
会期:2007年8月10日(金)〜12月19日(水)
会場:青森市中心市街地

[ひぬま ていこ]
青森/日沼禎子|東京/住友文彦山口/阿部一直
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