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学芸員レポート
福島/伊藤東京/住友文彦豊田/能勢陽子
「椅子のデザイン」展
福島/福島県立美術館 伊藤匡
椅子のデザイン展1
椅子のデザイン展2
上・下ともに椅子のデザイン展会場風景
 椅子のコレクションで知られる埼玉県立近代美術館で「椅子のデザイン展」が開かれている。
予算不足から所蔵品をそれらしいネーミングでまとめただけだろう、などと早合点してはいけない。確かに補助金はもらっているし、図録には金太郎のマークが見落としようもない大きさで印刷されてはいるが、内容には同館らしいアイデアが随所に見られ、またコレクションや教育普及活動の成果も活かした楽しい企画である。
「日本の<座>の誕生から未来へ」というサブタイトルは、椅子が日本の社会に入ってきた明治時代から現代までを通観するということだと思うが、どちらかといえば「未来へ」にアクセントが置かれている。
 西洋文明や権威・権力の象徴と受け取られた椅子は、やがて学校などに導入され、和洋折衷の生活の拡大とともに、日本人の身近な家具になっていく。展示ではこの変遷を写真や絵も交えて解説している。だが展示台に載せられた椅子は作品や資料に見えてしまい、その象徴的な性格は伝わりにくい。このあたりは美術館の無個性な展示室の難しさだ。続いて、駅のホームでおなじみのプラスチックのシェル型椅子、ガラス、アクリル、スチール鋼材など、戦後のモダン・デザインや新しい素材を使った椅子が並ぶ。
これらの椅子は多くが借用資料だから、座るどころか触れることもできない。本来座る道具である椅子を眺めているだけでは、見る方もフラストレーションが溜まる。そんな時はコレクションの椅子が本領を発揮する。観客はオリヴィエ・ムルグの<ブルム>などのユーモラスな椅子に座って、一息つくことができるのだ。
 展示室の後半には、現代のデザイナーたちの椅子に関わる作品が並ぶ。奈良美智とデザイン・グループgrafの共同制作は、木製の家だ。中にはスモールサイズの応接セット、壁には奈良が撮った子どもたちの写真が飾られている。この小さな家の中から外を覗くと、同じgrafの巨大な椅子が見える。こちらは身長3メートル級用。ガリバーかアリスの世界に紛れ込んだ気分になる。細長い空間には津村耕佑のダンボールの椅子がたくさん置かれている。座ってみると意外にしっかりしている。狭い通路を抜けて、床から壁まで茶色の板ダンボールのようなパルプ製の建材を敷き詰めた小部屋の中には、薄い紙を重ねてできた吉岡徳仁の白い椅子。決して広いとはいえないこの美術館の展示室だが、今回の展示では壁で小さく仕切っていくつもの小部屋や通路を造り、空間ごとに雰囲気を変える工夫をしていた。
 通路には、公募部門で県内の小中学生から寄せられた<夢の椅子>のデザイン画が所狭しと貼り出されていた。その数実に2,265枚。公募は初めてだそうだが、普段からの学校との連携がなければとてもこのような数の応募は望めない。応募のデザインは審査され、優秀作は模型になり、美術館賞の花びら型椅子は、実物大になった。子どもたちの椅子は、すわり心地には疑問符が付くものもあるが、どれも楽しそうな遊べる道具になっていた。
 肌寒い平日の午後だったが、会場では小学生のグループが学芸員の説明を聞きながら歩き回り、賑わいがあった。小中学生は無料であるし、この展覧会には自分のアイデアを応募しているので団体見学の予約が多く入っていると、展示室係の女性が満足そうに話してくれた。

会期と内容
<椅子のデザイン−日本の<座>の誕生から未来へ−>展
会期:2005年1月29日(土)〜3月27日(日)
休館日:月曜日(3月21日は開館)、3月22日(火)
会場:埼玉県立近代美術館
さいたま市浦和区常盤9-30-1 Tel.048-824-0111
観覧料 一般700(560)円、大高生560(450)円
※()内は20名以上の団体料金
※中学生以下、65歳以上、障害者手帳お持ちの方は無料
会館時間:10:00〜17:30(金曜日は20:00)

学芸員レポート
感覚ミュージアム
感覚ミュージアム展示室内
 ミュージアムや学芸員に対する、社会的ニーズの多様化を示す出来事をレポートする。ひとつは、海外の企業によるミュージアムのロイヤルティの買い取り、もうひとつは学芸員が地場産業の海外市場開拓プロジェクトに参加した話である。
 はじめの話は、宮城県岩出山町にある感覚ミュージアムに舞い込んできた。同館は五感をテーマにした体験型のミュージアムで、建築家六角鬼丈のプロデュースのもと、創作楽器の作家多田広巳、染織作家石田智子、香りのデザイナー吉武利文ら、様々なジャンルのアーティストが参加している(展示内容は同館のHPを参照)。設置者は町だが運営はNPO法人。本来は文化施設というより、病院や老人ホームなどに隣接する<癒し>をテーマにした福祉施設という位置づけである。若者たちを中心に7万人もの入館者(昨年度)がある。ちなみに、岩出山町は仙台市の北方約40キロにあり、伊達政宗が仙台に移る以前に居城を置いた古風な城下町だが、現在の人口は1万4千人で有名な観光地というわけではない。
 さて、話は感覚ミュージアムを見学したいがどう行けばよいかと尋ねる一本の電話から始まる。相手は韓国の広告代理店で、聞けばソウルで開催する子供の五感を育てる教育的なイベントで、同館のコンセプトや展示している作家の作品を使用したい。ついては使用権を買いたいという申し入れである。同館のことはインターネットの検索で知ったらしい。紆余曲折の末使用権の売買はなくなったが、同館および参加しているアーティストたちの指導を受け入れるという条件で協力することになり、このイベント「たのしい刺激、豊かになる感性 五感体験展」が実現した。同館の千葉啓子館長とアーティストがアドバイスをして、コンベンションホールの千坪のフロアに、ソウル版・感覚ミュージアムが期間限定でオープンしたのである。といっても、千葉館長によれば、出来上がった展示は、<音の部屋>や<においの部屋>など同館の展示をそのまま再現した部分と、主催者側が独自に考案した仕掛けとの複合になったようだが。話を聞くだけでも、このイベントにはかなりの経費がかかっていると推測できる。誰が見に来るのか、収支は見合うのと、他人事ながら気になる。主な入場者は3歳から14歳までの子供とその親で、子供でも日本円にして千円という高い料金にもかかわらず、今年1月末までの36日間で約12万人の入場者があった。主催者側は、今後韓国内の各都市や中国などで同様のイベント展開を視野に入れているという。岩出山町では同館のコンセプトを無断で使用されないように、同館の展示物全体の特許を取る方向で検討を始めたそうである。それにしても、ミュージアムのコンセプトに値がつくという現実は、ミュージアムと社会の関係の多様性を示してくれる。
 もうひとつの話の舞台は、江戸時代から続く窯業地、福島県会津本郷町である。各窯元が協力して統一した規格、形状の製品を創り、新しいブランドで国内外に販売しようという試みである。町の商工会が事務局となり、資金は経済産業省のJAPANブランド支援育成事業の助成金。一年間の短期事業であるが、目標は世界最大の日用品の見本市といわれるフランクフルトのアンビエンテに、<HONGO GROUP>ブランドとして出展することである。ケルン大学教授の工業デザイナーが製品化の指導を行うのだが、日本滞在期間が短いため事業全体に関わることができない。そこで、この事業のアドバイザーの一人として関わった私の同僚の学芸員が、研修会で他の窯業地の事例を紹介したり、事務局の相談にのるなど、実務的な役割を担うことになった。結果的に、統一規格の食器セットは完成し、今年2月のアンビエンテに出展することができた。初期の目標は突破したわけである。しかし町にとってはそれだけでは終わらない。商品として関心を呼ぶのか、販売増につながるのか、問題はむしろこれからだろう。学芸員にとっては、芸術の領域から一歩外に出て、経済的な価値観が優先する場の中で自分たちに何ができるのかを自問する好機となった。
会期と内容
感覚ミュージアム
宮城県玉造郡岩出山町字下川原町100番地
TEL 0229-72-5588
●<HONGO GROUP>問い合わせ先
会津本郷町商工会内事務局
福島県大沼郡会津本郷町字川原町1823-1
TEL 0242-56-2594
http://www.hongo-group.com

[いとう きょう]
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