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プライバシーステートメント
学芸員レポート
札幌/吉崎元章|福島/木戸英行|東京/増田玲高松/毛利義嗣
光の狩人:森山大道 1965-2003 展
福島/CCGA現代グラフィックアートセンター 木戸英行
森山大道チラシ
川崎市市民ミュージアム「森山大道展」チラシ
「人が朝家をでて帰るまでいろんなものをみる。それを全部白日のもとにひきだしてみる」森山大道

 1980年代の終わり頃、蒼穹社という小出版社が森山大道のアンソロジー的な写真集を数冊出した。ぼくは写真専門ギャラリーで偶然にその中の1冊を手にとり、たちまち森山大道の写真の虜になった。冒頭にあげた作家自身の言葉をまさに体現するかのような写真群は、大げさに言えば、それを見る前と見た後では世界の見え方がまったく違ってくるような、そのくらい強い印象をぼくに与えた。古くからのファンからすれば、今ごろと言われるかもしれないけど、いずれにせよ、その時以来森山大道はぼくの中で密かな「マイブーム」になった。
 今思い出すと、80年代後半の森山大道はとりたてて目立った活動をしていたわけではなく、失礼を顧みずに言えば、写真好きの人たちの間では、過去の人、という具合になんとなく了解されていたように思う。そんな状況の中、ぼくは蒼穹社の数冊の写真集を手始めに、当時入手可能だった森山大道の他の写真集も集中的に集めた。もっとも、初期の代表作『にっぽん劇場写真帖』を筆頭に、過去の写真集や雑誌の大半はすでに絶版か、古書でもほとんど見つけられず、入手できたのはわずかだった。実際のプリントとなると、目にできる機会はさらに貴重で、何の展覧会だったかは失念したが、その頃東京の恵比寿の現在とは違う場所に仮オープンしたばかりの東京都写真美術館でと、高円寺にあった小さな画廊くらいしか記憶がない。
 ところが、90年代に入って、ヒステリック・グラマーというファッション・メーカーから刊行された新作のみによる作品集『Daido hysteric』を皮切りに、にわかに森山大道が注目を集めだした。ワタリウム美術館の On Sunday's では展覧会も開かれた。個人的には(馬鹿なファンの一方的な独占欲であることは認めるけど)森山大道とファッション・メーカーという取り合わせや、青山のおしゃれな洋書店での展覧会には、ちょっと、いや、かなりの違和感を覚えた。
 もっとも、『Daido hysteric』に収録された新作は、過去の作品群と基本的に異なるところはなかった。以前の作品と同じように、日常的な光景が、日常的過ぎて普通の人はまったく気にもとめないであろう都市の路傍の光景が、森山らしいハイコントラストの映像でとらえられていた。
 さらに、新作の被写体の多くが、あきらかに東京、それも作家の仕事場がある四ツ谷三丁目周辺を中心にした比較的狭い範囲であることには、妙な親近感を覚えた。作品集に個々の撮影場所がクレジットされていたわけではないが、偶然、その辺りは当時のぼくの職場の近くでもあったし、ぼくは森山の影響で、普通は気にとめないであろう道端の事物に意識をもってゆくことをほとんど習慣のようにしていたから、作品の中にぼくも見知っている被写体をいくつか発見した時にはひそかに喜んだものだった。
 とはいえ、それまでの森山作品には、遠野や三沢といった地方に出かけて撮影したものが多く、たとえ身近な都市風景を撮ったものでも、「旅」という言葉と結びついたロマンチシズムや移動のスピード感があったのに対して、新作は「旅」というより「徘徊」という言葉がぴったりするような停滞感がつきまとうことにひっかかった。先に言った森山大道とファッション・メーカーの取り合わせに対する違和感より、むしろこちらの方がぼくにとっては気になる変化だった。このひっかかりが原因というわけではないが、いつしかぼくの森山大道熱は冷め、たまに書棚の写真集を開くことはあっても、以前のように恋焦がれるということはなくなった。
 今回、森山大道回顧展の会場で、ぼくは彼の作品を初めて知った時の興奮を再度味わった。と同時に、『Daido hysteric』の時に感じた違和感もまた感じることになった。ただ前回と違い、違和感を覚えるのは、むしろ、以前は好ましいと思っていた初期作品のロマンチシズムの方であることだ。この変化にぼく自身少々驚いた。
 過去の作品と近年の作品の間の大きな違いは、撮影場所を除けば、過去の作品が、いわゆるアレ・ブレ・ボケと評される意識的なピンボケや手ブレ、高温現像処理による荒れた粒子、そしてプリント時の覆い焼きなどを多用していたのに対して、近作では、あいかわらず硬調の写真が多いけど、そうした操作が影をひそめ、きわめてストレートな画面になっていることだ。この変化は、もちろん、機材(近作ではもっぱらオートフォーカス・コンパクト・カメラが使われている)やフィルムの違い(最近のモノクロ・フィルムはどれも非常に微粒子で、現像液の温度を少々上げたくらいでは粒子が荒れない)もあるだろうけど、それ以上に、森山大道がほとんど40年近いキャリアの末に、冒頭にあげた彼自身の写真論の原点に本当の意味で立ち帰ろうとしている、その意志のあらわれの結果であると思えた。そしてその原点とは、プロボークの時代から森山大道や中平卓馬らが主張し、追い求めていたはずのものだ。
 「白日のもとに」ひきだされた「朝家をでて帰るまで」に見たはずのものは、どれもなんだか痛々しいほど乾ききって、停滞しており、ロマンチシズムのかけらもなかった。最初に『Daido hysteric』を見た時に感じた違和感は、つまりそういうことだったのかと、会場前半の初期作品と後半の近作を間を行き来しながら確認した。
 森山大道展と会期をほぼ同じくして、横浜美術館では中平卓馬の展覧会も開催されている。この秋は久しぶりに写真に熱くなってしまいそうだ。
会期と内容
●光の狩人:森山大道 1965-2003 展
会場:川崎市市民ミュージアム 神奈川県川崎市中原区等々力1-2
会期:2003年9月13日(土)〜11月3日(月・祝)
休館日:月曜日(9/15、10/13、11/3を除く)、9/16、9/24、10/14
入場料:一般800円、学生500円、中学生以下無料
主催:川崎市市民ミュージアム、NHKエデュケーショナル
問合せ先:川崎市市民ミュージアム Tel. 044-754-4500
URL:http://home.catv.ne.jp/hh/kcm/
[きど ひでゆき]
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