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学芸員レポート
札幌/鎌田享|福島/伊藤匡東京/南雄介大阪/中井康之山口/阿部一直
モエレ沼公園&イサム・ノグチ展
札幌/北海道立近代美術館 鎌田享
モエレ山山頂からの風景
モエレ沼公園 モエレ山山頂からの風景(左から、プレイマウンテン・海の噴水・ガラスのピラミッド)
 7月1日、彫刻家イサム・ノグチ(1904―88)がマスタープランを手がけたモエレ沼公園が、グランド・オープンしました。札幌中心部から北東へ10キロほどの平野部にあるこの公園は、周囲を三日月湖に囲まれ、水面を含めた総面積189ヘクタール、内陸部100ヘクタールという広大なもの。もともと廃棄物最終処理場としてゴミの埋め立てが行なわれ、その跡地が公園として整備されました。ノグチがモエレ沼公園に関係するのは1988年のこと。かねて公園設計に関心を寄せていた彼は、札幌市からの打診を受け、この年の3月にモエレ沼公園予定地を視察。ちなみにこの時、他の公園設計候補地も案内されましたが、いずれも市内南部の山間部に位置するそれらを廃してモエレの地を選びました。その後、5月には第一次案を提示、幾度かの改変を経て11月にはマスタープランが完成。しかし12月30日、ノグチはニューヨークで急逝します。これ以降の事業はノグチとパートナーシップを結んでいたアーキテクトファイブに引き継がれ、マスタープランに沿って園地を造成、1995年以降徐々に公開エリアを拡大して今夏のグランド・オープンを迎えたわけです。
モエレ山
モエレ沼公園 モエレ山
《エナジー・ヴォイド》
イサム・ノグチ展《エナジー・ヴォイド》(1971―72 ノグチ・ミュージアム(ニューヨーク)、財団法人イサム・ノグチ日本財団蔵 撮影/並木博夫)©2005 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum / ARS, New York / SPDA, Tokyo
 と、ここまでの予備知識とそこから発した二つの先入観を持って、モエレ沼公園に行ってきました。先入観というのは、第一に、この公園には幾何学的な形状の諸施設が整然と配置されており、極めて人工的な印象を受けるのではないかということ。彫刻とは空間中にフォルム(形)とマッス(量塊)を生み出す造形芸術。そんな造形志向を備えたイサム・ノグチだからこそ、土地の起伏という自然のフォルムをすでに備えた山間部ではなく、何も描かれていない真っ白なキャンバスのごとき平野部に自らの「彫刻作品」を造成することを望んだのでしょう。そして、その無垢な空間に彫刻的なフォルムを配した公園は、いきおい自然美よりも人工美を強く感じさせるであろうと思ったわけです。そして二点目は、とはいえ設計のごく初期の段階でノグチが逝去している以上、この公園には彼の個性と作品としての完成度がどれだけ映し出されているのだろうかということ。
 で、実際に訪れてみると、これが実に楽しい公園でした。高さ50メートルの円錐状のモエレ山。高さ30メートル、一角を引き伸ばした変則的な四角錐をしたプレイマウンテン。同心円状のカラマツ林に囲まれた噴水。森の中に配置された遊具エリア……。これらの施設を擁し、芝生の緑と石やコンクリートの灰色という二色が支配するモエレ沼公園は、確かに整然とした人工美を見せています。しかし実際に歩いてみると、ゆるやかな高低差を備えたその園路が苦にはなりません。視点の高さや移動による景観の変化もあいまって、歩き疲れるどころか、むしろ歩くことの楽しさを思い出させてくれるのです。この夏北海道を訪れる美術ファンの皆さんには、イサム・ノグチ最大のこの作品にぜひふれていただきたいと思います。
 さて、札幌芸術の森美術館では、同館の開館15周年とモエレ沼公園のグランド・オープンを記念して「イサム・ノグチ展」が開催されています。モエレ沼公園へと結実する一連のランドスケープ・デザインを取り上げた「風景の彫刻」。パリに渡りブランクーシのもとで抽象彫刻を模索した時代に触れた「生命の抽象」。板状のパーツを組み合わせた金属彫刻に焦点をあてた「生態の構築」。そして、石彫や〈あかり〉といったおなじみの作品を紹介する「一塊の虚空」。四つのコーナーからなるこの展覧会は、イサム・ノグチの生涯をたどりながら、その多面的な造形世界を検証しようというものです。
 全46作品の出品構成は、イサム・ノグチといえば石の彫刻、というイメージをお持ちの方には意外な印象を与えるかもしれません。しかし、まとめて見る機会の少ない初期作品や金属作品に出会えるのは、この展覧会のひとつの収穫。そしてこれら多彩な作品によって、イサム・ノグチの目指したものが浮かび上がっても来ます。それは、彼が自然や生命の示すリズムにフォルムを与えるべく生涯模索したのであろうということ。人間を取り巻く外的自然と、人間に内包された内的自然、二つの自然が示すリズムを形にしたのが彼の作品なのではないでしょうか。
 それを象徴的に示すのが、美術館前面の池中に設置された石彫作品《エナジー・ヴォイド》。高さ3.6メートル重さ約17トンのこの作品は、普段、香川県牟礼のイサム・ノグチ庭園美術館の専用展示施設に設置されています。今回その地を離れ札幌の屋外景観に配された作品は、周囲の自然と呼応しながら豊かな存在感を示しています。中央に大きな空洞部を抱え込んだこの作品は、《エナジー・ヴォイド》という題名ともあいまって、「色即是空・空即是色」という般若心経の一節、言い換えれば「満たされていながら無であり・無でありながら満たされている」ということを想起させます。この形は、自然の鼓動と鑑賞者の息吹を抱え込み、また解き放つイサム・ノグチ独自のフォルムといえるでしょう。そしてまた、モエレ沼公園を歩いたときに感じた心地よさは、モエレの景観と自らの身体運動の双方が放つリズムがこのノグチの「彫刻作品」を媒介としてシンクロした、そこから発現した心地よさなのだろうと思いいたるわけです。
 なおこの展覧会、9月には東京都現代美術館で巡回開催されます。
会期と内容
モエレ沼公園 ホームページ
●イサム・ノグチ展
[札幌会場]
「イサム・ノグチ展 ゼロからほとばしるエナジー」
会場:札幌芸術の森美術館
札幌市南区芸術の森2-75 Tel. 011-591-0090
会期:2005年7月2日(土)〜8月28日(日)
休館日:会期中無休
開館時間:9:45〜17:30(7月22・29日、8月5・12・19・26日の各金曜日は21:00まで)
観覧料:一般1,200円、高校・大学生700円、小・中学生400円

[東京会場]
「イサム・ノグチ展 彫刻から空間デザインへ〜その無限の想像力」
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1 Tel. 03-5245-4111
会期:2005年9月16日(金)〜11月27日(日)
休館日:月曜日(祝祭日の場合は開館し、翌火曜日が休館)
開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
観覧料:一般1,300円、専門・大学生700円、中学・高校生・65歳以上500円、小学生以下無料

[かまた たかし]
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