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学芸員レポート
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石井厚生彫刻展&土屋武展
札幌/北海道立近代美術館 鎌田享
石井厚生展チラシ
石井厚生展チラシ
札幌彫刻美術館
札幌彫刻美術館
石井厚生《時空・169》
石井厚生《時空・169》
 札幌中心部の西端、閑静な住宅街の中に、札幌彫刻美術館があります。こちらは地元ゆかりの彫刻家・本郷新(1905-1980)の旧宅とその隣接地に建てられたもの。館内では本郷の作品や石膏原型を展示しており、今年5月には生誕100周年記念の大規模な本郷新回顧展を札幌芸術の森美術館と共同開催しました。
 現在は、「第12回本郷新賞受賞記念 石井厚生彫刻展」を開催中。本郷新賞は、各地に多数の野外彫刻やモニュメントを制作した本郷を顕彰し、2年に1度、全国の公共空間に設置された彫刻作品から選出するものです。今回は、彫刻家で多摩美術大学教授の石井厚生が、多摩美術大学八王子キャンパス内に設置した〈時空・140−旅人−〉が受賞しました。約1200個のレンガを立方体状に積み重ね、そこから直径1メートルの球形を削り磨き出した作品です。真球というスキのない形態のなかに、赤褐色のレンガとそれをつなぐ灰白色のモルタルとが幾何学的な模様をみせるこの作品は、周囲の景観とも呼応して禁欲的ながらも詩情豊かな表情を示しています。札幌で開かれた記念展では、受賞作と同じ手法とコンセプトで作られたレンガの作品や、それ以前のトラバーチン(石灰石)による作品が展示されています。
 聞くところによると、モルタルの中にはハーバート・リード著『近代彫刻史』の紙片が混入されているとか(ご存知ですか『近代彫刻史』!大学で美術史を勉強していたころの私は、当時絶版になっていたこの本の翻訳版を求めて、古本屋をずいぶん廻ったものです。それを破砕するとは……もったいない)。近代彫刻の教科書とされるこの書物と、文明開化の時代に最新・渡来の建築資材として重用されたレンガとによる石井の作品は、西欧美術の影響とそこからの脱却というポスト・モダニズム的な視点をコンセプトとしています。
 ということで、モルタルの目地をじっくりと観察したのですが、糸くずのような繊維はあるものの、それがくだんの紙片なのかよくわからない…。むしろ、石井が削り出した流麗なフォルム、レンガとモルタルが織りなす肌あいと色彩の対比という、造形美・構成美のほうが強く印象づけられました。そして、会場前半に展示されたトラバーチンの作品と併せ見ると、この洗練された造形感覚こそ、石井の資質の基盤であることがわかります。
 根本的な話になるのですが、私は「作り手」よりも「見手」の側に立っています。その作品がいかなるコンセプトによって作られたかということ以上に、そのコンセプトがどのように作品に映し出されているかということに重きをおきます。文字テキストを介することで造形理念が了解される作品以上に、ただ見ることでその理念が立ち上がってくるような作品に重きをおきます。視覚・聴覚・触覚的な愉悦や刺激を与えてくれるとともに、思念が造形として結実し、それを見る者にときに雄弁にときに抑制して語りかけてくる作品に出会ったときに、私はアートのおもしろさを感じます。
 その意味で、石井のコンセプトを造形としてより明快に顕在化していたのは、会場奥に設置された作品でした。レンガを部屋全面に敷き詰め中央には柱状の構築物を配したその作品は、レンガとレンガの間に例の『近代彫刻史』のページが挟み込まれており、彫刻というよりはインスタレーションという趣のものです。じつに直截な表現なのですが、それゆえに石井の用いた素材とそこに含まれた意図を読みとることができます。そしてこの作品はそれだけにとどまらない造形的な魅力にも富んでいます。レンガを積み上げるという行為を集積し展示室の一角にある種の異空間を生み出すこと、そしてその空間が視覚的な重量感を備えるばかりでなく触覚や聴覚にも働きかけてくること……。その部屋のもつ重厚な雰囲気、そして足元でこすれる紙片の感触と音は、ある種の心地好さをもたらしてくれます。しかしその心地好さの源が文字と図版の印刷された書物の1ページであり、その書物の正体が認識されたとき、石井のコンセプトが私たちの前に立ち現れてくるのです(ちなみに『近代彫刻史』は英文原書でした……なるほど)。

 さて、道北の中核都市・旭川にはもうひとつの彫刻専門の美術館、中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館があります。こちらの建物は、重文指定も受けている旧陸軍第7師団の将校用社交場・旭川偕行社を改装したもの。木造2階建て白塗りのこの洋風建築は、瀟洒なたたずまいを見せています(美術館として利用するには、釘一本打ち込めない重文建築はじつに不便と、学芸員は嘆いていますが……)。冠にある中原悌二郎ですが、日本近代彫刻史に足跡を残したこの作家は幼少期を旭川で過ごしています。その縁から、同館には中原の作品12点と、荻原守衛・石井鶴三ら同時代の彫刻家の作品が収められています。そして、これらとならぶ同館のコレクションが、中原悌二郎賞受賞作家たちの作品群。中原悌二郎賞および同優秀賞は、日本人作家の優れた彫刻作品に対して贈呈されているもので、保田春彦・若林奮・清水九兵衛・舟越桂ら日本の現代彫刻界を彩る作家たちが受賞しています。そして彼ら受賞者たちの作品が、美術館の2階に展示されているのです。
 1970年の創設より34回目を迎えた今年の中原悌二郎賞ですが、本賞については該当者無し、そして優秀賞については寺田栄・古郡浩・保井智貴の3名が選出され、この10月に贈呈式が開かれます。またこの時期、美術館では、第6回中原悌二郎賞優秀賞および第21回中原悌二郎賞を受賞した土谷武(1926-2004)の作品展を開催中。比較的小型の彫刻作品29点による展覧会ですが、雰囲気豊かな展示室のたたずまいとあわせ楽しむことができます。
会期と内容
●石井厚夫彫刻展
会場:札幌彫刻美術館
札幌市中央区宮の森4条12丁目 Tel.011-642-5709
会期:2005年8月27日(土)〜10月10日(月)
休館日:会期中無休
開館時間:10:00〜17:00
観覧料:一般500円、高校・大学生300円、中学生以下無料

●土屋武展 呼応する空間
会場:中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館
旭川市春光5条7丁目 Tel.0166-52-0033
会期:2005年6月4日(土)〜10月10日(土)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
開館時間:9:00〜17:00
観覧料:無料

[かまた たかし]
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