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学芸員レポート
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アミューズランド2006スイート・メモリーズ
札幌/北海道立近代美術館 鎌田享
アミューズランド2006チラシ
アミューズランド2006チラシ
丸山直文《Color Shadows》
新明史子《「風とおくとく」祖父母の家1》2005年 作者蔵
新明史子《「風とおくとおく」祖父母の家1》
丸山直文《Color Shadows》2003-04年 北海道立釧路芸術館蔵
 今回は、私自身もスタッフとして関わり、まもなくオープンする展覧会について……。
 以前にもご紹介しましたが、私が勤務する北海道立近代美術館では、毎冬、子どもから大人までの幅広い層が一緒に美術に親しみ、その楽しさを見出してもらいたいという想いを込めて、〈アミューズランド〉というシリーズ展を開催しています。今年のタイトルは〈スイート・メモリーズ〉。記憶や思い出をテーマに、20代から40代の現代作家9名の作品を紹介します。
 産着やおしゃぶり、人形など自身の子どもたちが成長の過程で使った品々を、漆で固めてオブジェ化する佐々木雅子。わが子との日々の生活から着想をえて、その姿をデフォルメしながらレリーフ状の作品に表わす八子直子。ハンディ・カメラで撮った映像にさまざまなエフェクトを加え、自作の音楽をつけてビデオ・クリップやビデオ・インスタレーションとして展開する高木正勝。過去のスナップ・ショットを、その同じ場所の現在の姿を撮った写真とともにフォト・コラージュする新明史子。同じく子供時代のスナップを元にしながら、そこからドローイングを起こしたり、切り絵の手法によって造形化したりする牧谷光恵。身近な人物やふと見かけた生き物の姿を、木心乾漆という伝統的な彫像技法で形作る上原三千代。いつかどこかで出会ったかのような既視感あふれる光景を、鮮やかな色彩とにじみを生かした描画法によって描き出す丸山直文。誰もが過ごしたことのある学校での一シーンを、かすれるような色彩とマチエールでデリケートに捉えた樋口佳絵。そして、子ども時代に過ごした団地の景色からインスパイアされ、無数の小さな家々を思わせるインスタレーションを生み出した荒木珠奈。絵画、彫刻、写真、映像、インスタレーションと、多彩な技法とイメージの作品によって今回の展覧会は構成されています。
 日々の生活のなかにたゆたう身近な品々や出来事、あるいはそこから発する等身大の感覚や感情に寄り添った美術作品は、近年の現代美術の企画展やコンクール展で見受けられる傾向です。そしてまたそれを流行としてとらえ、意識的にしろ無意識的にしろ、その流れを受ける美術家たちも多く、やや食傷気味の感もあります。しかしながら、かつて音楽評論家の渋谷陽一が「半径5メートルのリアリティ」という言葉によってロック・ミュージックのひとつの立ち現われ方を示そうとしたように、美術においても作者の体験とそこから生まれた思いが作品の契機となることもひとつの真実です。
 これまでに、出会ったひと、目にした風景、抱いた気持ち、味わった感覚……。今回出品される作品は、作者の過去から現在へと続く生活のなかでたくわえられてきた「思い出」の一コマから紡ぎ出された作品です。けれどもそれらの作品は、過ぎ去りし日々の描写や単なるノスタルジーによってのみ成り立っているものではありません。過去を振り返ることによって現在の自らの存在を確かめること、そしてまだ見ぬ未来への思いを巡らすということを、これらの作品は思い起こさせてくれます。この視野のひろがりを含んでいるからこそ、彼らの作品は単なる思い出の表出から、世界観の表現へと昇華されているのです。
「思い出」を通して自身の現在や未来を照射するということは、過去の自分を通して現在の自分を照らし出すということ、自分自身に内在するもう一人の自分、すなわち「内なる他者」の目を通して自身を見つめ直すということではないでしょうか。そしてこの「内なる他者」という語からはまた、「死者」という言葉を連想します。死には二つの段階があるといわれます。ひとつは生物学的なレベルでの死、そしてもうひとつは人々の記憶の中からその人の「思い出」が消え去ってしまうときに起こる観念のレベルでの死。別の言い方をすれば、人はたとえ死んだとしても、彼のことを思い出す人がいる限り、その人の記憶のなかで生き続けていきます。このとき「死者」は、生身の人物としてではなく、「生者」のうちに彼の目を通し記憶に刻まれた人物、「内なる他者」として生き続けるのです。
 そうしてみると9名の作品のなかに、おもいのほか「死=内なる他者」のメタファーやイメージを含んだ作品が多いことも了解されます。新明史子の作品は、彼女が親しんだ祖母の死をきっかけに作られたものです。中央には元気だった頃の祖父母と作者をはじめ幼い孫たちの姿を写した写真が置かれています。そしてその周囲には、主を失った祖父母の家の光景が配され、点景として祖母の納骨箱も垣間見えます。これはより直截に「死者」との関係を捉えたものですが、現実と幻影・此岸と彼岸のあわいを描いたかのような丸山直文の絵画、実写映像を素材としながらもあまりに美しい輝きを放つがためこの世ならぬ思いを抱かせる高木正勝の映像、生の痕跡を漆によって固化し永遠化する佐々木雅子の作品にも、「内なる他者」のイメージが見いだせるのではないでしょうか。それらの作品は「生」と「死」が不可分であること、そして「自己」と「他者」が不可分であることを思い起こさせてくれます。
 この展覧会が、単に作者の「思い出」を確認することにとどまらず、その作品を見る人々(大人も、そしてまた子どもたちも)ひとりひとりの今を見つめる機会になるのではないかと思っています。
会期と内容
●アミューズランド2006スイート・メモリーズ
会場:北海道立近代美術館
札幌市中央区北1条西17丁目 Tel. 011-644-6881
会期:2005年12月14日(水)〜2006年1月29日(日)
休館日:月曜日(1月9日は開館)、12月28日(水)〜1月4日(水)、1月10日(火)
開館時間:9:30〜17:00
観覧料:一般600円、高大生400円、小中生200円

[かまた たかし]
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