学芸員レポート 08年11月：鎌田享（北海道立帯広美術館）




	北海道／鎌田享｜金沢／鷲田めるろ｜大阪／植松由佳｜福岡／山口洋三

岩井成昭展──言葉を観る／映像を書く

北海道／鎌田享（北海道立帯広美術館）

　文学館というのをご存知ですか？　美術館は、美術作品を展示・収集するところ。では文学館は、文学作品を展示・収集するところ？
　文学館の展示といって思い浮かべるものは、直筆原稿だったり初版本だったりといった資料、あるいは作品の成り立ちや作家の生い立ちを説明したパネル。でも文学作品そのもの（小説とか詩集とか）は、ガラスケースの中に納められ読むことはできない……。美術館は直接作品と向き合う場所だけど、文学館は作品の背景を知る場所、記念・顕彰と研究のための施設？


	北海道立文学館


	「岩井成昭展」会場入口


	同展、会場風景


	同展、会場風景（公開ワークショップ・ドキュメント）

　関係者やファンのみなさんからは叱られるかもしれませんが、そんな文学館の印象を覆す展覧会が開かれました。北海道立文学館で10月13日（月）まで開催されていた「岩井成昭展──言葉を観る／映像を書く」。北海道立文学館は、札幌市の中心にひろがる中島公園の一角に建っています。くだんの展覧会の入口には木造の船……なぜこんなものが置かれているのかは後段で……。

　岩井成昭は、映像や音や言葉を素材とした作品を制作、2005年の横浜トリエンナーレにも参加した現代美術家です。多彩な作品を貫くライトモチーフは、記号（あるいはテクスト）とそれが生成するイメージのズレ。同一の映像や音、言葉や身振りでも、世代や性別、民族や宗教、あるいは個々の生活体験など文化的背景の差異によって、異なる意味やイメージに読み取られる、という点に着目して作品を制作しています。
　例えば架空の映画ポスターを制作。高層ビルが林立する街並みを背景に、大写しにされたヒーローとヒロイン、その周囲を取り巻くサブキャラクター、いかにもありそうなポスターです。これを日本人とタイ人に見せ、それぞれに映画のストーリーを想像してもらいます。すると日本人の多くがヒロインを観光客だと設定するのに対して、タイ人からは売春婦という回答が……。
　このような取り組みは必然的に、フィールドワークやワークショップと連動していきます。世界各地の異なる文化集団を訪ね歩き、異なる生活環境を持つ人々との関りを深めることで、それらの間に存在するイメージのズレを探りあてていくのです。

　展覧会の前半は、こうした記号（広い意味での言語）とそのイメージのズレをテーマとした作品群が紹介されています。そして後半部分は、展覧会に併せて開催されたワークショップのドキュメントとその完成作品。
　展覧会の開幕にあわせ9月18日から24日、会場内で公開ワークショップが行なわれました。参加者それぞれが選んだ小説や詩の一節を、60秒の映像作品に仕上げるというもの。参加したのは10代の高校生から50代の演出家まで5人。彼らが選んだのは『キッチン』（吉本ばなな）、『海辺のカフカ』（村上春樹）などなど。参加者はそれぞれ、岩井さんや撮影スタッフ、美術スタッフらと話し合いを重ね、映像作品を作り上げていきます。コンセプトをつめ、絵コンテをきり、衣装や小道具を準備し、ロケを行ない……。展示室の入口を飾る木の船は、『ゲド戦記』で使われたものでした。
　映画でもテレビでも、映像作品は多くの専門スタッフの共同で作られていきます。監督（ディレクター）を中心に、脚本家、カメラマン、照明、音響、美術、衣装……。これらスタッフ間の意思決定システムはプロジェクトごとにさまざま（合議制とか一元管理とか粘った者勝ちとか……）でしょうが、いずれにしてもひとつの主題に対する複数の人間の解釈・イメージが、対立し淘汰され合成され転換され昇華されと、さまざまなプロセスを経てまとめられていきます。このワークショップは、そうした映像製作のプロセスをなぞりながら、テクスト（もとになった小説）に対するイメージのズレを互いに認識し、さらにそこから新たなテクスト（完成された映像）を生み出そうという試みなのです。

　記号・言葉・テクストとイメージ・解釈をめぐるこの展覧会、とてもアクティヴでスリリングだと思いませんか？　それはこれまで文学館に抱いていた印象を裏切るとともに、作品（文学でも美術でも）を鑑賞するということの構造や意味についても考えさせるのです。

●岩井成昭展──言葉を観る／映像を描く
会期：2008年9月18日（木）～10月13日（月）
会場：北海道立文学館
札幌市中央区中島公園1-4／Tel.011-511-7655

＊公開ワークショップ「言葉観る／映像を描く」
2008年9月18日（木）～24日（水）
ワークショップの様子：
http://gallery.me.com/tk2002ada.net#100001

[かまた　たかし]



	北海道／鎌田享｜金沢／鷲田めるろ｜大阪／植松由佳｜福岡／山口洋三



ページTOP｜artscapeTOP