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学芸員レポート
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「アートにであう夏VOL.6 坂本善三・ココロのかたち」展
福岡/福岡県立美術館 川浪千鶴
 夏休み企画「アートにであう夏」を開始して6年目。今年は「坂本善三・ココロのかたち」展と題して、坂本善三独自の抽象世界が確立された60年代以降の作品に注目し、油彩、版画、水彩、水墨など50点を公開中である。そこで展覧会の企画経緯を振り返りつつ、「坂本善三展」であると同時に「レインボーマン2002/岡山直之展」でもある、本展の一風変わった“ツボ”をご紹介したい。
 日本の抽象画を語る上で欠かせない存在の坂本善三だが、その作品を美術館でまとめて見る機会は意外に少ない。近年では1997年に開催された「没後10年坂本善三展」(熊本県立美術館、練馬区立美術館)まで遡らなくてはならないし、福岡における美術館での展覧会は30年近く開催されていない。
 知るひとぞ知る作家、玄人受けする作家、評価がすでに定まった作家として、このまま忘れられるにはあまりに惜しい。また、絵画が限りなくフラットを指向している現代に、大地に深く根を張った巨木のように骨太な「絵画の構造」を60年かけて培ったひとりの絵描きを紹介したい。展覧会の出発点はこういったところだが、「坂本善三・ココロのかたち」展にいたるまでには、かなり紆余曲折があった。
 まず坂本善三展を、親子が楽しめる夏休み企画に設定したことのハードルの高さ。自分で言い出しておきながら、これほど難しい課題はないとすぐに頭を抱えることになった。 そもそも作品に「子ども向け」なる存在はないし、初めて美術館を訪れる子ども達・親子だからこそ「いい作品」を見てほしい。これは正論だが、黒やグレーが基調色の地味なモノクローム絵画、決して饒舌ではない抽象絵画を前にしたとしたら、大半の親子は無言で足早に立ち去るだろう、いやそもそも作品の前に立つ気すら起きないかもしれない。美術館の外で(広報等)、展覧会場内で、坂本作品と鑑賞者を思いがけない回路で楽しく、深くつなぐ「橋渡し」が必要だった。また、坂本善三の人と作品について学べば学ぶほど、まとまった点数の、質の高い作品にじっくり対峙する、という正攻法の鑑賞方法しかないと痛感させられもしていた。
 「ココロのかたち」というネーミングは、坂本芸術が郷里小国(熊本県阿蘇郡)の自然と造形に根ざしていることによる。なぜ表現するのか、絵画とは何か、こうした坂本が自身に投げかけ続けた深い問いそのものに、見る人も向き合ってみてほしかった。出品作品を、あちこちから作品を集めるのではなく、一館のコレクションで構成した(正確には50点中福岡県立美術館のコレクションが6点含まれる)のも、坂本芸術を小国の自然とくらしのなかで検証するという明確な理念をもつ、小国町立の坂本善三美術館との協同が不可欠と考えたからだ。
 となると、先の「橋渡し」役を考えたとき、小国の人々とくらしをきちんと把握していることは必須条件となる。そしてさらに、橋渡しそのものを自身のアートワークにできる作家…。と考えたとき、熊本県玉名市在住の現代美術家・岡山直之さんが、まさにその条件にぴったりな、唯一の存在として思い浮かんだ。
 岡山さんは、主に自然の中で体を使ったワークショップを行い、参加者自らが気づき、発見することから、コミュニケーションの可能性を紡ぎだす達人として知られている。小国町では1993年以降、8年続けてレジデンスプログラム「ARTISTS CAMP IN ASO」に参加し、近年は「小国美術倶楽部」を結成し商店街と町民を主役にした交流型の企画展を毎春行っている。これらの充実した活動は、小国町教育委員会や町内の学校、坂本善三美術館、住民等と共同で企画・運営されており、地域の信頼はとても厚い。
 夏休みに初めて美術館を訪れる子どもから、抽象はわからないから苦手だと思い込んでいる大人、そして長年の坂本善三ファンまで、幅広いタイプの鑑賞者それぞれに、アートの奥深さと楽しさを自分自身で(再)発見してもらうという難易度の高い目標、そしてワークショップを担当するだけではなく、企画の段階からの参加という長期プロジェクト。こうした依頼内容を快諾してくれた岡山さん、善三美術館の山下学芸員、そして私という体制が整ったのが5月頃。その後、迫り来る締め切りにひやひやしながらも、これまでのプランをあえてリセットし、時間が許す限り基本に立ち返って話し合うという方法で展覧会は少しずつ形づくられていった。
レインボーマン
虹トンネル
上:レインボーマン2002
下:会場の出入り口に設けられた
虹色光線のトンネル
 さて、岡山さんはさまざまな場所での出会いと発見、交歓を大切に、ときには大分の山仕事の現場でのピクニックを企画したり、田んぼを借りて米づくりをしながら、アートの話をし続けてきた。そうした人とくらしに根付いたアート活動の一端を、「レインボープロジェクト」と名付けたのは一昨年のこと。
 「私の仕事は虹のようなものであってほしいと思っています。虹を見た時の喜び、ちょっとした幸せな気持ち、そしてなにより何か良いことがありそうな、希望をもった予感。私の仕事は、そんな虹の種を蒔くようなものだと思います。現実には“虹の種”などありませんが、“希望”が見える窓をいろいろなところに、出現させることができれば本望だと思っています」と岡山さん。
 「美術と商業、非日常と日常、文化と経済、そんなものをむすびつける橋がほしい」と考え、虹をつくる男「レインボーマン2002」に変身し、熊本市の繁華街を大勢の子ども達とシャボン玉を吹いて行進した「シャボン玉プロジェクト」。言葉を越えて伝わるものを信じ、「アートスタート」として、0歳児の赤ちゃんたちを相手に希望やアートについて大人口調で真剣に語った「赤ちゃんワークショップ」。交流は決して簡単なものはなく、まして一度や二度で目に見えた成果がでるものでもない。しかし、「数ある失敗にもめげず、いつか自分が蒔いた虹の種から芽が出ること」を夢見ている岡山さんの活動は、坂本善三の「ココロのかたち」にも通底する、深いところに根ざした「アートの力」を感じさせる。
 描かれた「かたち」を通じて画家の「ココロ」に触れ、さらに自分の「ココロ」を見つめながら身の回りの「かたち」を発見する。こうした自分の目で見て、感じて、表現する美術体験のために、本展にも虹色のナビゲーター「レインボーマン2002」が登場することになった。実際にコスチュームを見につけて現われるのは、8月に2回開催予定のワークショップの日だけだが、会場には「レインボーマン2002」が提案するさまざまな鑑賞アイテムが配備されている。  
サロン
タクシー
マイチェア−
虹メガネ
上から
「サロン」:ゴザ敷きのお茶の間
「ガイド付タクシー」
「マイチェア−」:自分専用のどこでも鑑賞イス
「虹メガネ」:レインボーマンの顔が描かれている
 まずは、気分を切り替え緊張感を和らげる10メートルの虹のトンネルをくぐって会場へ。入ってすぐ目につくのは、全館畳敷きの善三美術館を模した、ゴザと座布団を敷いたくつろぎの「サロン」、ここにはおみやげ用の善三さんカードが用意されている。また、このサロンから出発するガイド付「タクシー」、座布団付の手押し車に乗れば、座ったまま会場スタッフたちの解説付で作品鑑賞ができる。ツボ押し機能がついた「マイチェア−」は自分の好きな作品の前に置いてゆっくり鑑賞するのに最適。光が虹色に見える、分光シートを貼った「虹メガネ」をかけて鑑賞すれば、あなたもレインボーマンになれるかも。また、15点の作品には、レインボーマンの感想やつぶやきが綴られた、手書きの「レインボーマン・キャプション」も添えられている。照明をあえて落とした、ひとり静かに作品と向き合うコーナーもある。
 どのアイテムも、一度ではなく二度三度見る、視点やスピードを変えて思いがけない見方をする、落ち着いたくつろいだ気持ちでじっくり見る、他者の感想を聞きながら、楽しいおしゃべりをかわしながら見る、自分の心に問いかけながら見る…といったように、作品と人とのかかわり=「鑑賞」そのものを問い直す提案ばかり。
 坂本作品と鑑賞者、小国と福岡、ふたつの美術館、といったさまざまなものをゆるやかにつないでくれる虹のような岡山直之さん。本展が、「坂本善三・ココロのかたち」展であると同時に、坂本善三作品の鑑賞をめぐる岡山さんの「レインボープロジェクト」、「岡山直之・ココロのかたち」展ともいえる所以である。
会期と内容
●「アートにであう夏VOL.6 坂本善三・ココロのかたち」
会期:2004年7月17日(土)〜8月29日(日)
場所:福岡県立美術館
福岡市中央区天神5丁目2-1  
問い合わせ先:福岡県立美術館 tel.092-715-3551
URL:http://fpmahs1.fpart-unet.ocn.ne.jp/
[かわなみ ちづる]
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