artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
札幌/吉崎元章福島/木戸英行|東京/増田玲|高松/毛利義嗣
中平卓馬展 原点復帰―横浜
東京/東京国立近代美術館 増田玲
中平初期作品
中平「氾濫」
中平近作
上:初期作品より/1968-70年
ゼラチン・シルバー・プリント/60×90cm

中:「氾濫」より(48点組の内)/1974年
タイプCプリント/東京国立近代美術館蔵

下:近作より/2001年頃
タイプCプリント/90×60cm
 「事件」というべきであろう。中平卓馬の個展が開催されることは。実際、この展覧会が開催されるためには、自らの手によって一切焼かれてしまったとされていた初期作品のネガ類の一部が、2001年に発見されるという「事件」をきっかけにしている。
 話を整理しよう。中平卓馬は、1968年から翌年にかけて発刊された写真同人誌『プロヴォーク』の主要メンバーであり、同誌に2号から参加した森山大道の盟友として、その先鋭な写真表現が同時代に大きな影響を与えた写真家である。同誌が3号で休止した後も、中平は写真集『来たるべき言葉のために』(1970)、「パリ青年ビエンナーレ」展(1971)参加、評論集『なぜ、植物図鑑か』、アサヒカメラ誌上に連載された篠山紀信との「決闘写真論」(1976)など、実作と批評の両面で写真についてのラディカルな問いを発し続けていった。その過程で、既成の写真美学を大きく逸脱し「アレ・ブレ・ボケ」と呼ばれた初期の作品を自ら否定し、1973年、それまでの作品のネガやプリントを焼いてしまった。しかし急進的な活動は写真家を精神的に追い詰め、1977年に過度の飲酒をきっかけに昏倒、記憶の一部を失う。記憶喪失という深刻な事態から立ち直るために中平が選んだ道は、写真を撮りつづけることだった。
 再出発後最初の写真集『新たなる凝視』が1983年に刊行され、昨年刊行された『histeric Six NAKAHIRA Takuma』まで、その営みは着実に重ねられている。とはいえ、初期の作品が失われたとされていたこともあって、中平卓馬の軌跡を展覧会というかたちで呈示するためにはいくつもの難題があったし、記憶喪失の前と後をどのようにとらえるかという問題もある。そもそも展覧会や美術館というものとこの写真家の活動との間には、根本的な矛盾がよこたわっているようにも思われていたのである。
 初期の「アレ・ブレ・ボケ」という鮮烈な作風とその自己批判、ネガの焼却、記憶喪失と再起といったエピソードに彩られ、「伝説的な」という形容がこれほどあてはまる人も珍しい。しかしこの写真家の描いてきた軌跡は、こうした「紋切り型」の言い方に最もふさわしくない。中平の軌跡とは、紋切り型の言い回しに典型的な、幾重にもはりめぐらされた強固な既存の知の体系、そこにはまりこんでしまえば居心地も良く、無自覚のままに底流によこたわる権力に支配されることにもなる近代主義的構図への、捨て身の、過激で徹底的な抗戦なのだった。と、このように書いているだけで、どうも紋切り型の言い回しを連発していて恐縮である。
 「アレ・ブレ・ボケ」を自ら否定した上で、彼は「図鑑的」写真を提唱した。対象を即物的に記録して呈示する、写真的修辞の極北にあるような写真によって、外界と主体とをナマに向かい合わせるような写真である。病に倒れた後、再出発した中平は、記憶の一部が戻らないまま、世界との関係を再構築するために、この図鑑的な写真を延々と撮り続けるのである。写真を通じた近代主義批判という観念的な課題が、記憶喪失によってつながりを見失った世界に帰還するという切実な行為に直結してしまった事態をなんと呼んで良いのだろう。
 初期作品から最新作までをていねいに見渡す今回の展覧会とそのカタログは、こうした中平の軌跡が突きつけるさまざまな問いに対して、そこに安易な回答を用意しないために慎重に構成されている。冒頭にこの展覧会を「事件」であると書いた。事件はいずれ歴史のなかに回収されるのかもしれないし、そもそも美術館や展覧会というもの自体が、つねに事件の後から追いついてそれをねじ伏せてしまう法律や裁判のようなものなのだから(そういえば沖縄返還をめぐる混乱で警官が死亡した事件で、新聞写真を証拠に殺人罪に問われた青年の裁判に関わっていったことが、中平にとっては非常に重要な体験となっていた)、そうした言い方は矛盾だし、あるいは予定調和か典型的な紋切り型の感想ということにもなるだろう。でも今回の展覧会はそうしたものに追いつかれまいとする「事件」である、と言いたい。あるいは美術館に携わる者として、その例外的な可能性を信じたい。あまり展覧会の内容に触れていない紹介になってしまったけれど、言い訳をさせてもらえれば、それはともかく事件の現場に行ってそれを「凝視」して欲しいと思うからだ。
会期と内容
●中平卓馬展 原点復帰―横浜
会期:2003年10月4日(土)〜12月7日(日)
会場:横浜美術館 
入場料:一般1000円(800円)/高・大学生700円(500円) 小・中学生400円(300円)
※( )内は20名以上の団体料金
問合せ先:045-221-0300
URL:http://www.art-museum.city.yokohama.jp/calendar/leaf2003/ex03a04/index.html
主催:横浜美術館/神奈川新聞社/TVKテレビ
[ますだ れい]
札幌/吉崎元章福島/木戸英行|東京/増田玲|高松/毛利義嗣
ページTOPartscapeTOP
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。