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学芸員レポート
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榎倉康二展
東京/国立新美術館準備室 南雄介
榎倉康二展  榎倉康二が急死してから10年が経ち、東京都現代美術館で回顧展が開催された。
 榎倉康二は、いわゆる「もの派」のうちに数えられることもあるが、厳密に言うと「もの派」ではない。とはいえここで急いで言っておかなくてはならないのだが、それは、「もの派」の人たちは基本的には多摩美大の斎藤義重の弟子筋であるのに対して、榎倉康二は芸大出身だから云々、というようなことを言おうとしているのではない。「もの派」の作家たちが、文字通り「もの」の存在感のようなものに強く反応していたのに対して、榎倉はもう少し違うところを見ていたのではないか、ということなのである。
 もちろん、こういうことを言うためには「もの派」のスタイルや思想についてのちゃんとした定義を行なうことから、本当は始めなければならないのだろう。しかし、そういうこと以前に、「もの派」の作家たちには、もの、物体の根源的な事物性というか、他者性のようなものに対する鋭い感覚があったのだと思う。人間的なものから切り離された、「もの」の生の素材感や物質感の現れに、直感的に反応した、というような。
 もの派は「もの」自体の提示を試みたというような単純化を行なうべきではない。「もの」を出発点としたにせよ、そこには「もの」が存在する空間、あるいは場というものがある。その空間が観客のいる空間と地続きであるならば、空間は観客と「もの」とを二つながらに包摂する場となり、心理的な、あるいは身体的な関係性のようなものを考えないわけにはいかなくなる。あるいは時間や重力のようなものも。このようないくつかの要素にしたがって作品が成立する/解読されるようになるのは、「もの派」と周辺の作家たちに限ったことではなく、ミニマル・アートやプロセス・アート、アルテ・ポーヴェラ、あるいはランド・アートなど、ほぼ同じ時代――1970年前後の10年ほどの期間――に世界のいろいろな国々で生起したムーヴメントにも共通した事情である。したがって、そういった共通点を抽出するとともに、個々の作家のテーマやスタイルの差異を見ていくことが、重要になってくるのではないか。
 物体や物質の事物性、他者性のようなものは、榎倉にとってもきわめて本質的な要素であったに違いない。あるいは事物や物質と人間との関係性のようなものも。今回の展覧会では、没後の回顧展ということもあり、学生時代の習作まで遡って出品されている。そのようなごくごく初期の作品から順々に見ていったときに感じたのは、彼が「世界」に対して根源的に抱いていたとしか思われない、ある種の生理的な、もしくは感覚的な……さて、何と表現するべきだろうか。……強いていえば「異物感」、のようなものの存在であった。「事物は、空間の中に光と影にさらされながら存在している。〈事物に纏わリ着く粘着質な影〉私はこの語を幾度となく文章に書いてきた。又事物を見るとき何度となく繰返して呟いてきたような気がする。それは、事物存在の不可思議さというよりも事物存在そのものの総体的な姿と私自身の〈生〉そのものの総体的な姿との距離に、ある種の緊張感があるからに違いない」(榎倉康二)。
 カタログに再録された榎倉の言葉のいくつかを読んでみると、彼が自らのテーマに対してきわめて自覚的であったことがよくわかる。その意味で、今回、あらためて目を開かれたのは写真作品であった。濡れた路面や皮膜のような水面や湿った樹木を撮影したアンダー気味の写真作品には、このような榎倉の感覚、彼が世界に対して注いでいた眼差しが、ひじょうによく現れているように思う。そして、壁や土や布に廃油をしみ込ませる作品から伝わってくる皮膚感覚のようなものは、まさに独自のものであって、それは写真作品に感じるものと同一の質を持っている。
 それゆえ、1980年代以降の作品が、ときとしてタブロー的な外観をまとっていたとしても、それは絵画とか平面とかいった範疇のもとに眺められるべきではないだろう。一連の作品のために制作されたプラン・ドローイングに、常に壁面と床が描きこまれているのを見れば明らかなのだが、それらはあたかもインスタレーションのごとく、現象の生じる場として接近されるべき空間なのである。
 おそらく、榎倉が一種の切迫性とともに持続的に取り組んでいたその主題は、10年前と比較すれば、現在の方がより重要性を増しているかもしれない。美術の問題の所在は外界から私性へとシフトしており、事物や世界に対して「私」をいかに編成するかという問題は、きわめて今日的なものとなっている。その死によって失われてしまったこの10年が、もし存在していたならば、榎倉康二という作家はどのような展開を見せてくれていたのだろうか
会期と内容
●榎倉康二展
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4−1−1(木場公園内)
Tel. 03-5245-4111(代表)
会期:2005年1月15日〜3月21日
開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日(祝祭日の場合は開館し、翌日が休館)
[みなみ ゆうすけ]
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