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学芸員レポート
札幌/鎌田享福島/伊藤匡|東京/南雄介|大阪/中井康之山口/阿部一直
「今日の作家X 西村盛雄・松本陽子展」
東京/国立新美術館準備室 南雄介
西村盛雄・松本陽子展ポスター  個人的に蓮池というものが好きなのだが、それは自然のサイクルを極端なまでにはっきりと目に見える形にしてくれるからかもしれない。冬の蓮池は、茶色く枯れた骨のような茎が冷たい水のなかから無数に突き立っているばかりで、いかにももの寂しい。それが夏になれば、濃い緑の葉が視野を塞いで生い茂り、強い香を漂わせる。朝、大きな葉の上に白く透明な露が置かれ、何ものにも汚されずに玉を結んでいる情景には心を奪われる。それは何か、自然の本質的な清浄さのようなものを感じさせる。そして堂々と大きな、白や薄紅の花が咲き誇る。死から再生へ、そして生の横溢からふたたび死の静寂へ、季節の移り変わりとともに蓮池は大きく姿を変えていく。
 もちろん、仏教的なイコノグラフィとも関係はあるのだが、そうでなくとも蓮池の光景は、きわめてアジア的なコノテーションを持っているのだと思う。

 「今日の作家X 西村盛雄・松本陽子展」の案内をもらったときに、まず思い出したのが蓮池のことであった。夏の季節の鎌倉の美術館は、八幡宮の蓮池――平家池というのだそうだが――が美しい濃緑色に彩られるなかにとけ込むようにしてあるだろうから、これらの作品はその色彩、その形姿を、いくばくか映したように、そこにあるのではないだろうか――。
 しかしながら、実際に美術館を訪れてみて感じ取ったものは、そのような予想とは異なっていたし、その異なっていたところが重要なのだとも思うのである。

 西村盛雄は10年あまりにわたってドイツで活躍を続けるアーティストであるが、まとまったかたちで作品を見るのは今回が初めてである。この人は実際に蓮をモティーフとして制作をしている作家で、蓮の葉を象った木の彫刻、そして蓮の葉を漉きこんだ紙の作品が展示されていた。彫刻は、様式化はなされているものの、蓮の葉の表面の和毛が煙ったような質感が再現されていて、自然との相似は図られているように見える。だが、蓮池をのぞむ展示室に並んだ作品は、かえって自然との差異を際立たせているように思われた。自然を写すことが目的ではなく、観念や、あるいは想念のなかの「蓮」の似姿を提示することが、そこでは目指されているのだった。それは、自然の理想化とか純粋化といったものとはまた違う、むしろ芸術の実践に関わるものである。蓮池との対比は、それを確認することを、観客に要求するのである。

 松本陽子の作品については、もちろんよく知っていたのだが、案内状を見て驚いたのは、緑色の作品群が写っていたからである。ピンクや紫の色調のアトモスフェリックな画面をトレードマークとしていた作家が、緑を主調とした作品を手掛けるのは初めてなのだが、それは10年ごしの構想であったのだという。緑の画面を描くことの困難さを、作家は何よりその自然との類似に見ていたと思われる。いやおうなく草原や森林を想起させてしまうことを引き受けながら、いかに絵画としての自律性を確保するか。言葉で書いてしまうのは簡単なのだが、それは実に困難なことであったに違いなかった。作家が緑や、あるいは蒼穹や海原を連想させる青を避けて、それらからもっとも遠いピンクという色彩によって、独自の探究を開始したことをとってみても、それはうかがわれるだろう。では実際に緑の絵画の前に立ったときにどのように感じたのかといえば、この画面は自然の似姿などではなく、むしろ精神とか思念とかの形象化なのだということであった。自然の連想は、まさに一瞬のことでしかなく、画面を出発点としてあたかも奥へ奥へと分け入っていくように、いまだ定かならぬ「絵画」の厳しい追求の形象が、そこには認められるように思われた。ヴィジョンというものが、画家の眼に映ずるものであるとともに、その認識や思念の形象でもあるとするならば、これらの画面はまさしくその言葉にふさわしいと言えるのではないか。

 彼らの作品においては、自然と芸術(あるいは絵画)が、単にモティーフ/再現という関係にあるわけではないし、あるいはまた、展覧会の構想において、自然と芸術が調和した一種の「環境」のようなものの演出がもくろまれているわけでもないだろう。芸術(あるいは絵画)は、むしろそれ自体として定立しており、そのうえで蓮池(=自然)と対比されている。蓮池は、そこでは一種の鏡のような役割を果たしているのではないだろうか。蓮池のアジア的なコノテーションは、このような関係のなかで格別な意味を持つことになるだろう。むろんそれは、ドイツにあって内なるアジアを見出した西村と、このアジア的な湿度と空気のなかで絵画の自律性を探求してきた松本では、おのずから異なった位相にあるのだが。蓮池の存在は、この展覧会にとって欠くことができないものというわけではない。だが、蓮池とともにこの両者の作品を見ることは、少なくとも私にとってはとても示唆的な体験であったし、そのような機会を与えてくれたことを展覧会の企画者に感謝したいと思うのである。
会期と内容
●「今日の作家X 西村盛雄・松本陽子展」
会場:神奈川県立近代美術館 鎌倉
神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 Tel. 0467-22-5000
会期:2005年6月11日(土)〜9月4日(日)
開館時間:9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日 (ただし7月18日、9月19日、10月10日、1月9日は開館)、祝日の翌日
[みなみ ゆうすけ]
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