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学芸員レポート
福島/伊藤匡愛知/能勢陽子|大阪/中井康之|広島/角奈緒子
ゆっくり生きる。
大阪/中井康之(国立国際美術館
 2008年も、年初から展覧会準備のための中国出張から始まり、会議のための東京出張時に都心の美術館、画廊を僅かに見ることはあったものの、地元にいる時はほとんど動けない状態が続いたまま担当展の展示準備段階に入った。状況としては多忙なビジネスマンそのものであった。このような状況下、レポートすることができるような展覧会に出会えるのだろうか、そのような時間が取れるのだろうか、と考えながら情報を蒐集して芦屋で開催されている「スロー」をテーマとした展覧会に狙いを定めた。日々変化する海外からの貨物便の到着変更に振り回されながら、奇跡的に日曜日にぽかりと時間が空き、瀬戸内の海も近い芦屋の美術館に向かったのである。当初は、京都で開催されている「戦争と芸術」を扱った展覧会にも足を向けようかとも考えていたのだが、精神的にも肉体的にも、それは受け入れ難かった。今となって考えてみれば、レポートの為というより「スロー」を主題としたその展覧会に、癒しのようなものを求めていたのかもしれない。
 じつは、芦屋に足を運ぶのは久しぶりであった。一連のできごとがあったことなども影響していたと思うが、何となく足が遠のいていたのである。しかしながら、久しぶりに本格的な企画展を、しかも今の自分にとって必要と思われるようなテーマを設定していたことによって身体が引き込まれるかのように運ばれていったのである。その日は天気も良く、まるで万博のパヴィリオンか何かのようなキッチュな概観を久しぶりに目にしたのだが、心なしか、以前より落ち着いた風情に見えた。果たしてそのエントランスに入り、広いアトリウム状の空間に一点、真っ赤な田中敦子の作品が迎えてくれたのである。息を呑むような美しさだった。芦屋の一連のできごとが、「具体」嫌いだった某氏の滑稽な一人芝居によって巻き起こったことを思い返すと、何となく可笑しみさえ覚えてしまう。このように美しい作品は残るであろうし、一人の滑稽な所業は、すべて時間が跡形もなく消し去ってしまうからである。田中の大きな作品は、そのアトリウムの上部にもう一点置かれ、さらに60年代の珍しい作品や、多くのペーパーワークなど、この美術館ならではの「田中敦子の小個展」になっていると同時に、いうまでもなく17年に及ぶ芦屋市立美術博物館の足跡なのである。型にはまった公立美術館の常設展と比べれば(もしかしたらそのような展示は絶滅しているかもしれないが)、独自のスタイルを維持して運営を行なってきた姿勢がはっきりと映し出されていたのである。


 今回の展覧会「ゆっくり生きる。」は赤崎みま、森口ゆたか、松井智惠という、中堅クラスの3人の女性作家によって構成されている。それぞれの表現は、最初の制作スタイルから何らかの変節を遂げて現在の表現に至っている、という点に共通項がある以外は、制作手法等では近似した点は見出しにくい作家たちかもしれない。しかしながら、一定の時間を掛けて確立した表現手法を踏み台にして新たな展開を導き出そうとする態度にこそ意味があると、担当学芸員の加藤は考えたのだろう。
 最初に遭遇したのは赤崎みまの写真作品である。比較的小さな画面。闇夜に浮かび上がる果実や植物たち。赤崎が作家として登場した当初の巨大で人工的な色彩に満ちあふれた作品から、このような幽し表現に変化したとき、少なからず驚きを覚えたものの、その変化が一体何であったのか考える時間を持たずに来てしまった。あらためて赤崎の新しい作品に対峙してみると以前の作品では、その表現を自分の力によって完全に制御しようとしていたことに対して、自然の造形物にずいぶんと歩み寄っているように感じた。そのように譲歩することによって自然物の持つ豊かな表現を掌中のものとしているのかもしれない。
 次の空間は森口ゆたかの映像表現であった。森口は、「存在」という哲学的ともいえる主題を掲げてファンド・オブジェから制作をはじめた作家であるが、その主題設定とは裏腹に、極めてトリッキーな映像表現を繰り広げてきた作家である。それは、巧みになればなるほど、錯視効果を狙ったキネティック・アートのようになる危険性もあった。それが、今回の紐を映し出した作品は、純粋に映像表現として見ることができるようになったと考えられるだろう。
 もうひとつの空間には松井智惠の映像インスタレーションが仕掛けられていた。松井は言うまでもなく、80年代後半、関西を中心にインスタレーションという様式が成立する状況を生み出した中心に存在していた作家であり、さまざまな装置によって空間を構成する手法から、映像を主体とするようになったとはいえ、その中心となるストーリーは連綿と続いていると考えるのが正しいだろう。もちろん、そのストーリーは単純ではなく、映像表現に変遷していく結節点はいくつか考えられるが、いまここは、そのような松井論を繰り広げる場所ではないだろう。
 ともかく、先の二人とは違った質のものとはいえ、制作行為を重ねることによって、その表現手法を変えてきた、という意味で、また、この展覧会のもうひとつのテーマである「時間をかけて成熟するもの」を見いだせる点においては同質のものとして受け取ることも、取り敢えずはできるのである。
赤崎みま《ぶどう あおい実》
左上:赤崎みま《ぶどう あおい実》(2004)
右上:森口まどか《LINK》(2007)
撮影=福永一夫
右下:松井智惠《HEIDI47 "being"》(2008)
全て提供 芦屋市立美術博物館
森口まどか《LINK》
松井智惠《HEIDI47 "being"》

 描写するなかでは簡単に済ませてきたが、実は、森口の作品を見ている最中に、ある感銘を覚えたことは記さなければならないだろう。それはあの鋭角部をもった展示空間にカーペットを敷き詰めてソファーでくつろいでいた時である。展示する者に対して極めて攻撃的なその空間が、とても手懐けられていたように感じたのである。これは、おそらく長い時間をかけてこの空間と対話をしてきた担当学芸員と作家との共同作業であったと思われる。そのことが、冒頭で触れた田中敦子の展示と相乗して、芦屋市立美術博物館が、あるひとつの成熟したかたちを取り始めていることを強く確信させた展覧会でもあった。

●ゆっくり生きる。
会期:2008年1月12日(土)〜2月24日(日)
会場:芦屋市立美術博物館
芦屋市伊勢町12-25/Tel. 0797-38-5432

[なかい やすゆき]
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