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学芸員レポート
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Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love
愛知/能勢陽子(豊田市美術館
 11月にバンコクに調査に行く機会を得たので、今回はバンコク市立アートセンターで開催されていた「Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love」を紹介する。政変や予算削減のため開館が遅れに遅れていた待望のアートセンターがようやくオープンした。そのこけら落としとなるのが本展である。企画は昨年東京都現代美術館で「Show Me Thai〜みてみ☆タイ〜」を開催したアピナン・ポーサヤーナン氏。3フロア分を用いた3,000平方メートルの展示室に、100カ国以上の作家300点ほどの作品が展示されている。「微笑みの国」といわれるタイで、その「微笑み」をテーマにした展覧会である。

 「微笑み」は、時、場所、文化の違いにより、愛や好意から、憎しみや侮蔑まで、積極的、消極的なさまざまな意味を伝える。だから「微笑み」は、公・私のそれぞれの場で、信仰、政治、愛にまつわる生の本質を、率直かつ複雑に映し出す。
 まずは仏教国であるタイの美術における仏教的モチーフの多さに驚かされた。それも近代から同時代の現代にまで及ぶのである。近代タイ彫刻の祖であるキエン・イェムスリの細くしなやかな肢体を持つ女性像の優美な微笑、釈迦の立像や頭部像の慈愛に満ちた穏やかな微笑み。そして、日本でもよく知られるモンティエン・ブンマーは、仏教的な要素を鉄や蝋を用いたインスタレーションに取り込み、展示室を寺院にも似た内向的な瞑想の場へと変える。タワン・ダッチャニーは、ブルース・リーやバットマン、ランボーを登場させ、マーラ(悪)との戦いを描きだす。そしてカミン・ラーチャイプラサートは頭部、胴体、足が分断され、前後した仏像を設置し、視覚の限界を超えた仏教的瞑想へと誘う。
 タイ美術における「微笑み」も、私的な領域に移るにつれ、より複雑になってくる。チャーチャイ・プイピアの画面一杯に描かれた自画像は、白目を剥いて凍りついたような笑顔を見せ、自嘲的な雰囲気のなかに凄まじいパワーを感じさせる。また、日本でもしばしば作品を発表するリクリット・ティラヴァーニャ、スラシ・クソンウォン、ナウィン・ラワンチャイクンなどの作品においては、彼らの制作のプロセスやそこに巻き込まれた人々から「微笑み」が生まれる。
 本展では、これら近代から現代にいたるタイの作家に、国外の現代美術作家も加えられている。例えば荒木経惟の写真は、タイの日常の猥雑な生の部分を鮮やかに切り取るし、ピエール&ジルはタイの人々の煌びやかな装飾への趣向をキッチュに映し出す。ほかにも、ルイーズ・ブルジョワ、マリーナ・アブラモビッチや、他のアジアの国々のジュン・グエン=ハツシバ、チェ・ジョン・ファ、ユエ・ミンジュン、そして森村泰昌、奈良美智といった作家の作品が含まれている。念願のタイ初のアートセンター開館第一弾となる本展には、国内の期待も大きく、タイの美術の国際的な位置付けも重要なミッションとなっていただろう。タイの作家たちとともに、国際的に活躍する他国の現代作家を混在させ展示することは、ナショナル・アイデンティティーの確立という罠に陥いらずに、タイの作家たちが国際的な舞台でも引けを取らないクオリティーを備えていることを示していた。そしてそこから、タイの美術における温和さ、物質的な価値観に縛られない精神性、ホスピタリティやコミュニケーションが、自ずと浮かび上がってくるように感じられたのである。
Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love
Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love
Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love、会場風景

●Traces of Siamese Smile:Art + Faith + Politics + Love
会場:バンコク市立アートセンター
会期:2008年9月20日(土)〜11月23日(日)

[のせ ようこ]
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