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学芸員レポート
札幌/吉崎元章|福島/木戸英行東京/増田玲高松/毛利義嗣
小川マリの世界
札幌/芸術の森美術館 吉崎元章
小川マリ展ポスター
展示会場での小川マリ
上:小川マリの世界展
下:展示会場での小川マリ
 現在、北海道立近代美術館の常設展示室で札幌出身の画家小川マリの展覧会が開かれている。作者所蔵作品を中心に初期から近作までの62点によって彼女の80年近い画業をたどるものである。
 彼女は現在102歳。その歳まで現役で制作を続けることができる画家はそう多くはない。1901年生まれであるから、20世紀をまるごと生き抜いて、さらに21世紀でも作品を生み出し続けていることになる。そして驚くのはその年齢だけではなく、歳を重ねるごとに作品の深みをますます増していることである。
 絵を始めたのは東京女子大学を第一期生として卒業した後というから画家としてのスタートは比較的遅い。本展では、まだぎこちなさが残る1927年の風景画から、独立展に出品していたころのフォーヴ的な人物像、疎開中の素直な札幌風景、戦後春陽会に移り静物画にて形態の把握や構成に取り組む時期を経て現在に至るゆっくりとした変遷をたどっている。なかでも、私が最も心動かされたのは、1981年以降、80歳を過ぎてから現在までの約20点の作品である。いずれも20号ほどの小さな作品であるが、そこにいい意味での「枯れ」の美しさを感じるのである。
 決まって同じ丸テーブルの上に配された庭の花やくだもの、ガラス器といったモチーフ。震えるような淡い光に包まれた清潔感のある繊細な描写。弱々しいようでいて確かな筆遣い。画面に擦りつけたようなごく少量の絵の具によるカスカスした画肌。
 声高に先進性を主張することなく、他とは違う個性を自らのスタイルとして求めるのでもなく、淡々とした謙虚な日々の制作のなかで、身近にあるものを無理をせず素直に表現し続けること。簡単なようでいて、彼女ほどそれを実現している画家は少ないのではないかとしみじみ思った。枯れてきてもなかなか捨てることができないモチーフの花が「デリケートに美しくなる」ことを見つける感性が、そのまま彼女の制作姿勢に重なる。
 半世紀以上にわたり毎年欠かさず春陽会と全道展に出品してきた作品は、競い合うように大作が並ぶ会場では場違いなほど小さく控えめである。かつて彼女は、公募展にはそのために構えた晴れ着姿ではなく普段着のような作品を出したいと語ったことがある。気負わず真摯な制作を繰り返すことが彼女にとっていかに大切なことであるかが、本展のように作品が一堂に並び、微妙な光の違いを日々とらえていく姿勢を垣間見るなかに感じられる。
 実は小川マリは、私にとって思い出深い画家である。4年ほど前に、吉祥寺にある彼女のアトリエを訪ねたことがあった。戦中戦後の物資が乏しい時代に札幌で画家たちを支援した中根光一というパトロンを取り上げた展覧会の調査のためである。終戦まもない1945年8月30日、彼女は同じく疎開中だった画家三雲祥之助と中根邸で結婚式を挙げている。その宴会に集まった画家たちの間で新しい時代の新しい公募展をつくる話が盛り上がり、それが全道展創立のひとつのきっかけになったとも言われている。また、中根邸が進駐軍の接収を逃れるために始めた「札幌洋画研究所」でも講師を務め、絵を志す札幌の若者たちを指導しているのである。私がアトリエを訪ねた当時でもすでに98歳。一人暮らしの彼女は、手作りの昼食でもてなし、戦後すぐの札幌のことを確かな記憶で話してくれたことを今でも鮮明に覚えている。アトリエは昭和29年築とは思えない、天井高さ5メートルのコンクリートブロック造によるモダンな建物である。奥には亡き夫が制作に使っていた立派な部屋があるにもかかわらず、彼女は居間にイーゼルを立て、小さな丸テーブルにモチーフを置いて制作していたのが印象的であった。それが二人の画家が同居する家で家事と制作を両立させてきた数十年間変わらないスタイルなのだろう。実際にお会いして、その慎ましいなかにも芯の強さを感じる作品どおりの方であり、生活の中に絵画制作が自然ととけ込んでいることを実感した。
 展覧会が始まって間もない4月20日、周囲の心配をよそに彼女は東京から北海道立近代美術館の会場にやってきた。美術館での初めての大規模な回顧展ということもあって高齢を押しての来館である。彼女を慕う多くの関係者が集まるなかテープカットが行なわれ、しっかりとした口調で展覧会開催の感謝を謙虚に述べる姿は感動的ですらあった。耳は遠くはなったというが、作品を前に思い出を語り、教え子らと談笑する様子はとても102歳とは思えない。これからも永くあの輝くような透明感のある静物画を元気で描き続けていくだろうと、その場に居合わせたすべての人が共通に思ったことだろう。いつまでも自然体のままで。
 
会期と内容
●「小川マリの世界」
会期:2004年4月17日(土)〜5月23日(日)
会場:北海道立近代美術館 
札幌市中央区北1条西17丁目
TEL 011-644-6881
 
[よしざき もとあき]
札幌/吉崎元章|福島/木戸英行東京/増田玲高松/毛利義嗣
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