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安藤忠雄の表参道ヒルズ一一もうひとつの表参道
五十嵐太郎
 2006年2月、表参道ヒルズがオープンした。ここ数年、表参道では、青木淳によるルイ・ヴィトン、SANAAのディオール、伊東豊雄のトッズ表参道ビル、隈研吾のONE表参道ビル、そしてヘルツォーク&ド・ムーロンのプラダなど、著名建築家の作品が登場し、銀座と同様、世界有数のスーパーブランド・ストリートに変貌している。今度の表参道ヒルズは、その規模から考えても、一連の流れの決定打だろう。実際、安藤忠雄の東京における最大級のプロジェクトである。都市の新しい顔となる建築は、しばしば雑然だと批判される東京とはおよそ違う、欧米にひけをとらない景観を提供している。
表参道の歴史的変遷
表参道ヒルズ外観
表参道ヒルズ外観
 表参道は、いつも新しい時代の情報発信を行なってきた場所である。その歴史を簡単に振り返ろう。まず1920年に完成した明治神宮のおかげで、ケヤキの並木が続く、長さが約1km、幅が約40mの参道という日本らしくない大通りと、鎮守の杜としての緑豊かな環境が形成された。今回、とり壊された同潤会青山アパート(1927)は、関東大震災後の復興事業としてつくられた日本初の近代的な集合住宅である。主に公官庁の職員や大学教員の家族が住む、耐火耐震の性能と最新の設備をもつ、新しい都市居住を体現する建築だった。意外に思われるかもしれないが、当初、住民による建設反対運動が行なわれていた。明治神宮に行幸する天皇を見下ろすことが、不遜とされたからである。
 戦後は、代々木にワシントンハイツやオリンピック選手村が建設され、海外文化の洗練を受け、異国情緒あふれる街に変化した。1960年代は原宿族、70年代はクリエイターが集うセントラルアパートが表参道に登場し、80年代はファッションの聖地になる。50年代、同潤会青山アパートは東京都に移管され、貸借人に安く分譲された。かくして一般人も入居できるようになり、ブティックやギャラリーとして使う道が開く。やがて老朽化から建て替えが検討され、三井不動産が音頭をとり、葉祥栄の設計により建て替え直前までいったものの、バブルの崩壊により流れた。その後、森ビルが介入し、今回のプロジェクトを遂行する。一方、DO+(田中元子+大西正紀)のように、建て替えを回避するための運動も起こり、注目を集めた(『リノベーション・スタディーズ』(INAX出版、2003)を参照)。
表参道ヒルズの街路性
 単純なことだが、表参道ヒルズの最大の特徴のひとつは、驚くべき長さだろう。すぐに土地が細切れになってしまう日本の建築としては珍しく、約250mも統一されたファサードが続く。中国であれば、街区をまるごと開発するのは日常的な風景だが、東京では貴重な建築だろう。むろん、全体としては巨大なヴォリュームだが、表参道ヒルズは、ストリートのケヤキ並木に合わせて、道路側の高さを抑えたり、壁面を適度に分節しながら、坂道に沿って高さをずらしたり、後退させることで、歩行者に威圧感を与えないよう配慮されている。南東の端部に再生された旧同潤会アパートの外壁をよく観察すると、素材は異なるものの、もとのスケール感が新しい建築に継承されたことがうかがえるだろう。
 以前、このプロジェクトについて、安藤氏にインタビューしたとき、空から見る表参道に言及したことが印象的だった。東京でありながら、とても緑が多いのだという。彼が表参道ヒルズの屋上緑化を唱えたのは、同潤会だけではなく、こうした地域との連続性を意識しているからだ。将来は外壁にも、つたがからまり、環境に溶け込んでいく。都市の記憶を引き受けながら、新しい風景をつくろうとしている。同潤会も、いきなり街になじんだわけではなく、最初は衝撃を与えるような存在だったに違いない。一方、屋内では、近つ飛鳥博物館などで使われた大階段や、中之島プロジェクトなどで登場した上部から光を導く地下的な空間という安藤好みのモチーフが積極的に導入された。
 中央の本館では、スパイラル・スロープが6層の吹抜けのまわりを囲む。巨大なヴォリュームを生かして、大きな空間を内包する。ギャラリー・ラファイエットのように、パリにおける19世紀の百貨店の登場から大きな吹抜けは存在したが、すべてを傾斜したスロープが螺旋状に展開する空間の構成はユニークだ。むしろライトのグッゲンハイム美術館に近い。19世紀の百貨店は、スペクタクルの装置というだけではなく、大きな床面積に対し、十分な照明をもたなかったことから、19世紀の百貨店における吹抜けは建物中心部への採光という役割ももっていたと思われる。表参道ヒルズでも、トップライトを通じて、地下3階まで自然光を導く。だが、ここではむしろ歩く楽しみを演出している。ジュリアン・オピーの歩くキャラクターのアートと呼応するかのように。
 吹抜けのまわりでは、1階や2階という区切りが発生せず、坂道に沿って店鋪が続くという街路の感覚を屋内でも経験できる。スロープの勾配は、表参道の坂道とほぼ同じである。つまり、スロープは、延長され、内部化されたもうひとつの表参道なのだ。かつて安藤が賞賛したモスクワのグム百貨店のように、建築の内部に坂を引き込み、街路を抱え込んだ都市的な風景をもつ。いったん外気に触れて、同潤館の方に散策することもできる。ただし、建築というよりも運営の問題だが、気になった点を挙げておく。最上部が飲食店で、地上付近がブティックという構成は、通常の百貨店と同じであり、古風に思えた。これがランダムな配列であれば、もっとストリートの雰囲気が強くなるだろう。またスロープに椅子やテーブルを置くことができれば、さらに街路らしさを感じるはずだ。
許容力をもったハコ
 表参道ヒルズは、ブランド建築とは違い、長く残る覚悟でつくられた建築だろう。ゆえに、将来は思わぬ使われ方がされるかもしれない。例えば、スパイラル・スロープ沿いの部屋に人が居住する空間が発生したり、もっと多様なお店やギャラリーが入ることを夢想する。そうすれば、本当の意味でストリート化していく。そもそも多くの人に愛された同潤会も、当初の状態のものではなく、あちこちがショップやギャラリーに改造され、すでに一度リノベーションされた物件だった。同潤会アパートは、そうした転用にも耐えうる許容力をもったハコなのである。表参道ヒルズも、まだまだ未知の可能性を秘めた強度ある建築ではないだろうか。
[ いがらし たろう・建築史 ]
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