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ニューヨークから見る世界のアート・マーケット
市原研太郎
 前回のレポートでは、2006年のアートを総括するのに、アジアのビエンナーレの興味深い企画について書いたので、今回はマーケットの話題を重点的に扱ってみたい。アート・マーケットが現在「世界市場」を形成して、ビエンナーレとこのマーケットがアートの世界を二分していることは、すでに何回か述べているので承知しているだろう。ところでマーケットといえば、主に画廊を構成要素とするが、昨今のマーケットで、アートフェアの盛況振りは目を見張るものがある。ビエンナーレと同じく、世界中で行なわれるフェアが大勢の人々を集めて、もはや無視できない存在になってきた。とはいっても、ビエンナーレがアートの周縁に分布するとすれば、フェアはその中心、つまり欧米で行なわれることが多い。理由は簡単。作品を購買するコレクターのほとんどが、欧米に在住しているからである。しかしビエンナーレとは違い、フェアは毎年1回4日程度の短期間のイヴェントである。アートフェアは、東京でも4月に行なわれた。ようやくビエンナーレ方式(?)からアニュアルに変更されることに決まり、今年の入場者数は、以前と比較して大幅な伸びを記録したという。しかし、日本におけるアート・マーケットの本格的な成長には、まだ少し時間がかかるかもしれない。

狂乱のアート・フェア
 もう一度海外に目を転ずると、フェアはもはや日常茶飯事に属していて、最近ではそれを超えてお祭り騒ぎになるものまで出現している。そのもっとも派手な例が、マイアミで12月に行なわれるフェアである。それは、バーゼルの姉妹フェア(Art Basel Miami Beach)として始まって4回と新しいが、ここ1、2年は予想外の盛り上がりを見せている。会場となる広大なコンヴェンション・センターに、世界各地から画廊が参集し、それらの画廊が取り扱うアーティストの作品をぎっしりと並べて、その宣伝及び即売をする。それは、他のフェアとまったく変わらない。また、そういったむき出しの商売の面を和らげるべく、特設の企画展示も行なわれて、去年はヴィデオやサウンドの作品紹介と野外展が開かれた。とはいえ、これら関連イヴェントは大衆啓蒙の一種であり、先行投資と考えればフェアが主催してもなんら不思議ではない。しかし去年のマイアミは、狂乱のフェアと言わざるをえないほどの様相を呈した。世界の大美術館からこのフェアを訪ねたキュレイターでさえ、作品に手が出せないと呆れるくらい作品が飛ぶように売れたからだ。このマイアミのフェアの成功を証するかのごとく、マイアミ・バーゼルと並行して、異なる名前をもつフェアが5つ以上も開かれていたことを付け加えておこう。犬も歩けばフェアに当たるといった驚きの有様だったのだ。
 そして今年の目玉のひとつであるフェアが、2月ニューヨークで開催された。マイアミでの成功を目の当たりにしたアート関係者は、当然のことながら、同じアメリカのニューヨークで開かれるフェアの動向に注目した。その最大のフェア、Armory Showを始めとするいくつかのフェアで、どのような成果が出るのだろうか。実際蓋を開けると、コレクターはマイアミで買い切ったのか、それとも買い疲れたのか、初日の入りは芳しくなかった。しかし、後日聞き及んだところでは、二日目以降週末にかけて来場者数が増加し、入場制限するほどだったという。今年のフェアは、このニューヨークの直前のマドリッド(ARCO)、4月ケルンとブリュッセル、6月世界最大のフェアのバーゼル、9月ベルリン(Art Forum)、10月ロンドン(Frieze)とパリ(fiac)などへと移っていく。現代アートに対するグローバル資本主義の破格の待遇は、しばらく継続するだろう。誰もが心配する、アートのバブルが弾けるのはいつのことか?


ポリティカルな作品が並ぶ画廊
 さて、フェアを見ることだけが、マーケットの状況を知ることではない。それよりも、画廊をめぐることで、アートの趨勢や傾向について詳しく調べることができる。2月のこの時期、ニューヨークではちょっとした異変が起こっていた。画廊での展示作品に、政治的な内容を盛り込んだものが増えていたのである。アートが政治に敏感に反応することは周知の事実である。以前から、ハンス・ハーケのようなポリティカル・アートの活動はあった。しかし最近、その数が徐々に増えてきただけでなく、質の高い作品が目立つようになったのだ。たとえば、フランシス・アリイスのインスタレーションと映像の作品は、まさにパレスチナ=イスラエル問題を題材としていた。彼はヴィデオ・カメラで、1948年の戦争後にイスラエル軍人のダヤンが緑色のペンで地図に書きこんだ国境線を、ペンキを垂らして引き直すイスラエル青年の後姿を追った。その青年の行動は、アーティスト自身が過去に行なったパフォーマンスと重なる。レバノン出身のワリッド・ラードは、70年代に勃発した自国の内戦を取材した資料を展示し、それが今日のパレスチナ=イスラエルの政治状況につながる現代史の重要な一コマであると気づかせる。さらにリチャード・ジャクソンは、世界政治を操る人間を滑稽なアヒルで造形し、石油の利権を争奪する彼らの愚劣な振る舞いが世界を破綻に追いやると、徹底的に揶揄する。また、直接の政治性はないが、ブロック・エンライトのインスタレーションは、画廊に再現された室内を破壊しつくし、政治の根源にある暴力の威力と恐ろしさを伝える。
フランシス・アリイス ワリッド・ラード
左:フランシス・アリイス作品/右:ワリッド・ラード作品
リチャード・ジャクソン ブロック・エンライト
左:リチャード・ジャクソン作品/右:ブロック・エンライト作品
いくつかの流行の兆し
 ニューヨークのアート界は、勿論ポリティカル・アート一色ではない。マーケットでの流行を予感させる作品を発見できるのも、他のアートシーンにはないニューヨークの長所だろう。そのトレンドとは、マイケル・ウェッツェルやアリソン・ショッツの作品に見られる非常に洗練された軽さである。まずショッツの作品は、ひたすら美しいばかりだが、その空虚な形象が、装飾的なものにつきまとう鈍重さすら感じさせないほど揮発性の軽やかさで、われわれに解放感を与える。またウェッツェルは、装飾模様に政治的・歴史的な意味を潜ませているのだが、それを思いつかせない巧妙なイリュージョンで鑑賞者の目を魅惑して欺く。戦略的に考え抜かれているだけでなく、繊細な感受性をも兼ね備えたこの二人の表現手法に脱帽した。
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