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市民がアートを携え、未来を拓くムーブメント
白坂ゆり
 6月14日、今年で7年目となる「アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)」が開幕した。「市民の主体的な参加によるアート・フェスティバル」という趣旨のもと、アサヒビールと全国のアートNPOや市民グループが協働し2002年にスタートしたもので、2005年から参加団体が公募制になった。今回は、83件の応募のなかから選ばれた全国プログラム25件をはじめ、アサヒビール株式会社と財団法人アサヒビール芸術文化財団が従来から主催・特別協賛しているメセナ・プログラム4件(「森を遊ぶ──木村崇人展」「アートでかけ橋:小沢剛、セリーナ・オウ、パラモデル」ほか)、AAF実行委員会の直轄事業「AAF学校」 「AAFすみだ川アーツのれん会」を加えた31のプログラムが、9月7日までの2カ月半、北海道から沖縄まで全国で開催される。
《渡良瀬 Camping Train》
わたらせ渓谷鐵道 現代美術展 宿泊型作品
《渡良瀬 Camping Train》
photo:Kanako Ishii
 プログラムの内容は、空き倉庫や蔵、廃屋、海や山などの自然、街の歴史や記憶などの地域資源を再発見し、それらの魅力を美術、音楽、パフォーマンス、演劇、映像、カフェ、町づくりなどあらゆる表現を通じて引き出そうとするもの。できあがった作品を展示するだけでなく、「もの」の生成と同時に「こと」やプロセスを重視する。例えば、群馬県桐生市・みどり市・栃木県日光市足尾町では、足尾銅山という影の歴史を持つ土地に若手作家が挑む「わたらせ渓谷鐵道 現代美術展 WATARASE Art Project 2008」(8/10〜8/31)、富山市最古の木造校舎を舞台とする「八尾スローアートショー2008」(8/8〜8/10)、お年寄りを主人公とした「遺言〜近江八幡映像プロジェクト2008〜」(2/1〜10/30)など、多彩なプロジェクトが行なわれる。
 さらに、こうしたプログラムは独立して行なわれ、全体を統括する総合ディレクターは存在しない。実行委員会をつくり、各団体が水平に協働する、いわば国連のようなネットワーク。会議や報告会などに参加する旅費が支援され、それまで各地域で活動を続けていた人々が出会い、ゆるやかな連帯も生まれている。近年では、フェスティバルという枠組みを超え、全国規模の「市民がアートの力で地域の未来を切り拓こうとするムーブメント」へと成長しつつある。

アートツーリズム。その背景にあるもの
 これまで、アートを通じてまちやそこに住む人をつなぐといったテーマで積み重ねられてきたAAF。今年は全国的にそうした活動を横断的につなぐテーマとして「アート・ツーリズムでいこう」というキャッチコピーが付けられた。アートを契機として見知らぬ街を訪れ、再発見することは多い。ウェブでは、各団体のプログラムとともに、地域のアート情報はもちろん、温泉、自然、名産品、食、観光、歴史など地域の特色がまとめられ、モデルコースなども解説されており、旅の行程を組むことができる。
グランド・オープン・パーティ
「隠岐島前神楽」
田島史朗作品「おもうこと」
上:グランド・オープン・パーティより
中:グランド・オープン・パーティで行なわれた「隠岐島前神楽」
下:外浜まつり
田島史朗作品「おもうこと」©桂秀也
 6月14日に東京・浅草のアサヒ・アートスクエアで開催されたグランドオープン・パーティーは270名を超える来場者で活気あふれるなか、各ブースでご当地のおいしい料理とともにプレゼンテーションが行なわれ、その名のとおり旅情を誘っていた。伊藤存、大西伸明、中瀬由央による「フィッシングダイアリー」プロジェクトなど複数のプログラムを行なう「淡路島アートフェスティバル」(7/5〜8/31)や、ともに商店街で展開される沖縄のスタジオ解放区主催「コザ百匠一起」(5/12〜11/30)と前島アートセンター主催「栄町市場×銀天街 市場交歓プロジェクト」(7/1〜9/30)など。なかでも、島根県隠岐郡のプロジェクト「外浜まつり」より披露された、島根県の無形民族文化財「隠岐島前神楽」の舞には大きな拍手が沸き起こった。と同時に、日本にいながらにして行ったことのない場所、知らない文化が多いことにあらためて気づかされた。
 最近は、雑誌などでも「アートと旅」という特集が取り上げられるようになってきたが、AAFにはさらに一歩踏み込んだ社会的な背景がある。「AAFでこの2年さまざまな地域を回り、地域の疲弊や空洞化を目の当たりにしてきた」とAAF事務局長の芹沢高志(P3 art and environment)は語る。「スプロール化の進行や中核都市への人口流出によって、多くの町や村が過疎化しており、さらにその中核都市でも東京へと人口が流出して都市のシュリンク(縮小化)が進んでいます。そして、東京もまた住みにくくなっていく。経済を動かす東京のアイコン的なヴァーチャルイメージが物理的世界に影響を与え始めています。一方、地域はクルマ社会化し、郊外にショッピングセンターができ、中心部の商店街が崩壊する。最近の事件などを見ても、短絡的には言えないにしても、生活環境の劇的な変化が人々の精神に影響を与えていると思います」。
 人々が幸福に生きるために、アートにできることとは何だろう。しかし、アートに本当に町を興す力はあるのだろうか。
 「アートだけで地域を再生することはできません。例えばアートの力で商店街を活性化させるといっても、商店街がものをつくる現場ではなく、消費行動を促す構造にある以上、根底から変えられるものではないですよね。ただ、アートは経済的概念で覆われた日常言語と離れたところにあるからこそ、忘れられた可能性を発見したり、切断された絆を回復させたり、再生の糸口を生むきっかけにはなります。都市環境が人々の創造的な活動に影響を与えることに気づき始め、文化行政以外の機関からもアートへの出資が考えられ始めています」。
 人々がアートにようやく目を向け始めた現在。AAFの参加団体は、AAFをステップボードとして、さらに助成を獲得したりしながらさらなる活動へと飛躍していくことが望まれる。AAFはファーストステップであり、アートを通じて人々の営みを変えるための社会実験の場、インキュベーション的な役割を帯びてきている。

市民のなかから生まれるアート
 日々の営みや生きることを、アートを通じて見直す。完成品だけで評価するのではなく、プロセスを見る。文化祭的と言われることもあるが、それがAAFに参加する人々が考えるアートであろう。彼らは町の中でアートが嫌いな人とも接し、理解を得ていかなければならない。アートを見に行くという目的を持った人が訪れる美術館やギャラリーとは異なる、制度のない場所で培ってきた別の力を持っている。
 美術館は美術館としての役割をむしろまっとうすべきであるだろうが、美術館キュレーターも、同じ地域で何が起きているのか実際に足を運び、話をしてみるとよいのではないだろうか。市民の中から興るオルタナティブな活動に今後も目を向けていきたい。この夏は旅に出てみませんか?
しらさかゆり・美術ライター]
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