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写真/土屋誠一建築/五十嵐太郎メディア・アート/ドミニク・チェンダンス/木村覚音楽/吉田寛|アジア美術/中西多香|映画/北小路隆志演劇/高取英ソフトウェア/須之内元洋アートマネージメント/原田真千子
2007年のアジアのアート──香港のアートシーンを中心に
中西多香
 アジアのアートの面白さは、街に飛び出し、刻々と変化する街の状況や、人々の日常にインスパイアされた作品こそに存在する。その意味で、その成立ち上、常に予期せぬ変化を強いられてきた街、香港をベースにしたアーティストたちの活動は興味深い。中国返還から今年で10年を迎える香港では、現在、急速に失われていく自分たちの「原風景」を記録し、記憶に刻むことにより、香港人としての「ルーツ」の在り処を模索する表現が増えている。
偽科學鑑證
標童話集
上:小克『偽科學鑑證』(三聯書店、2006)
下:楊學コ『標童話集』(三聯書店、2006)
 それを最もビビッドに感じられるのがインディペンデント・コミック・アートだ。なかでも台風の目的存在が小克とTak。昨年同時に上梓した作品集『偽科學鑑證』(小克[Siuhak])、『標童話集』(楊學徳[Tak])はこのテのジャンルでは異例の売れ行きとなり、香港でちょっとしたブームを巻き起こしている。彼らはその作品で、通常の「コミック」の文法にとらわれず、極めてグラフィカルな手法で、香港の現状をアイロニカルに、ユーモアをこめて表現する。
 特に、「イラストレーター」「脚本家」「アニメーター」「香港理工大学講師」「ぬいぐるみ作家」……と、いくつもの肩書きを持ち、そのどれもが特出した人気を得、香港の若者に支持者の多い小克は、コミックのスタイルもテーマも、同一人物が作ったとは思えないほど多岐にわたる。無軌道に繰り返される政府主導の再開発の影で、自分たちのルーツである街並みが、記録されることもなく消えていく。だから香港人たちは、自分たちの歴史を見出す場所も持てずにいると小克は言う。しかしそれは単なる憤りやノスタルジーではなく、この土地の歴史に無関心な若い人たちに、香港という自分たちの「根っこ」を認識してもらいたいという願いなのだ、とも。
 そしてTakの作品にしばしば登場する「青い」顔の人物たち。中国では不吉を意味する「青い顔」の人々は、返還前の香港を少しだけ懐かしむ香港の人々だ。返還後に香港を襲った深い行き詰まり感。中国当局の施策などにより、ここ2年ぐらいで確かに景気は回復した。にしても、この社会を覆う漠然とした不安は何だろう……しかしTakは、シリアスな場面でこそベタなギャグをかませる。いろいろあるけど、これが現実。だったらいっそ笑ってしまおう、と言わんばかりに。

 日常に見られるアノニマスなデザインやアートを探ることによって、香港独自の創造性や、その文化的背景を浮き彫りにしようとするのがCommunity Museum Project。キュレーターのハワード・チャン、フィービー・ウォンらによって2002年に活動を開始。これまで、再開発地区の湾仔(ワンチャイ)で取り壊しの決まったビルをつかの間のギャラリーに見立て、内外のアーティスト24人に、共同生活を通して歴史のあるこの街にまつわる作品を制作させ展示した「現場湾仔」展。再開発の名の下、「ウェディングカード通り」として市民に親しまれてきた小さな古い印刷屋街の立ち退きが決まると、その街の住民をナビゲーターにしたツアーを企画したり、コミュニティの歴史を記録し展示するなど(「整整一條利東街」)、あくまで地域と、そこに住む人々の日常から生まれる創造性にこだわったユニークな活動を続けている。

 一方、香港とロンドンでファイン・アートを学んだツァン・キンワーは、幼い頃に中国本土から渡ってきた「移民」だ。香港という、中国のある意味「異物」のなかの、さらなる異物としてのアイデンティティを、最近は失いつつあるという。ここ数年は、ある空間を壁紙で覆いつくすというインスタレーションを内外で行なう。ウィリアム・モリスのパターンを投影させた壁紙は、一見すると上品で優美な植物や花の模様で覆われているが、近づくにつれ、その花弁や葉先から、人々の怒りや絶望、セクシャルな差別用語、スラングなどを表わした文字が立ち現われる。これらの作品によってツァンは、社会の規律などによって拒否、否定された物事の別の面を見せ、日常で既成のものとされている概念や規則を違った角度から提示し、私たちを瞠目させる。昨年末には日本での個展も開催され、来日時には現代音楽のコンサートのステージ美術も手がけた。その経験を元に、今後は音楽や映像などにも挑戦したいと語る。

 怒涛の10年を駆け抜けてきたのは、香港だけではない。97年のアジア金融危機、2003年のSARSなど、多くの荒波がアジア諸国を襲った。多くのアジア諸国は、それぞれがようやく一段落した階段の踊り場で、しかし息つく間もなく次なるステップを模索している。中国やインドなど巨大市場の台頭により激変する経済環境や産業構造の変化を勝ち抜くために、これまで抜け落ちていたクリエイティビティを急速に高めようとする各国の行政主導のムーブメントも顕著に見られる。その一例、シンガポール・ビエンナーレが昨年開催されたのは記憶に新しい。
 シンガポール・ビエンナーレ2006のアート・ディレクターを務めたのがテゼウス・チャン。グラフィック・デザイナーとして、アジアの各都市でその名を知られた彼は、コム・デ・ギャルソンのゲリラストア(シンガポール)のオーナーも兼任する。彼がビエンナーレで出したコンセプトは「グラフィティ」。どこまでもクリーンで書割的なシンガポールの街を「ちょっと汚したかった」という。テゼウスが2000年から年2回自費発行している『WERK』は、毎号のテーマによって、デザインも紙もイメージもガラリと変わる、それ自体がアートワークと評されるビジュアルブックだ。最新号は日本のデザイナー、藤本やすし氏とのコラボレーションをフィーチャー。上から与えられた「箱」で満足せず、網の目をついた表現を確信犯的にストリートにマーキングしていく。彼の活動で、何かにつけてお役所主導の印象の強いシンガポールのクリエイティブシーンが、いい意味で攪拌されることを期待したい。

マイケル・チョン
マイケル・チョン「VivoPunch」
 そしてこのビエンナーレのプログラムのひとつでもあったVivoCity(ビボシティ)のパブリック・アート・プロジェクト。伊東豊雄氏建築設計の、シンガポール最大のショッピングモールに点在するアート作品のなかでも、そのカラフルさとカワイさでひときわ目立ったのが、香港のマイケル・チョン(a.k.a.パンチマン)による「Vivo Punch」だ。2002年にFRP製のオブジェ「Boom」シリーズを発表、アーティストとして活動を開始したマイケルは、その後、デジタルメディア、さらにはデジタルとアナログをミックスさせた手法でのハンド・ペインティング作品の発表など、自らの表現方法に制限をかけずに活動を拡げてきた。彼の世界観には「香港の」と固有の地名を使うよりも、むしろ「無国籍」「ボーダレス」という言葉が似合う。Punchmanは、そんな彼の内面の世界から生まれたキャラクター。本来、世の中の理不尽や、人々を襲う絶望感に対するどうしようもない怒りをその拳(パンチ)に込めた、本人いわく、非常に「どろどろ」したマイケル・チョンの分身だ。今回VivoCity用のパブリック・アートとして発表されたVivoPunchは、それとは真逆の天真爛漫さで、すっかりシンガポールの子どもたちのアイドルになっている。このPunchman、北京五輪の公式ドリンクスポンサーのキャラクターとして起用されることも決定したという。世界規模でますますポップになっていくPunchman。と同時に、コマーシャルシーンとは別の、本来の「どろどろ」Punchmanの新しい展開も、ぜひ見てみたいと思っているのは、私だけではないはずだ。
中西多香
1962年生。ライター、コーディネーター。香港を中心としたアジアのアート、カルチャー事象をレポート。香港のアーティストのマネジメントや展覧会などのコーディネートも行なう。著書=『香港特別藝術区──香港アート&カルチャーガイド』。
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