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2007年の可能性──「生成のための装置」の試み
須之内元洋
 ここで紹介するいくつかのプロジェクトは、主にウェブをベースとして機能するソフトウェアやサービスであり、それそのものが作品というよりも、「生成のための装置」の試みといったほうがよいかもしれない。必ずしも最新のテクノロジーをともなうものでなく、既存のアートシーンの枠に与しているものでもないが、テクノロジーの汎用化、あるいはそのテクノロジーを利用して状況をデザインすることによって、われわれの新たなコミュニケーション・プラットフォームへとつながる可能性を持った試みとして、その期待とともに以下に挙げさせていただく。

「Lingr」
「Lingr」
URL=http://www.lingr.com/
 「Lingr」は、Infoteria Corporation USAの江島健太郎氏が率いるプロジェクトである。実際にサイトを訪問すればすぐに体験できるので、ぜひ直接に試していただきたい。Lingrのサイトが提供するのはインターネットブラウザを介して参加可能なチャット環境である。では、既存のインスタントメッセンジャーやIRCによるチャットとなにが異なるのか? 簡潔にいえば、チャット専用のクライアントソフトウェアを必要とせずウェブブラウザ上で軽快に動作すること、なのであるが、これが意味する発展可能性はその単純な利点を超えたところにありそうだ。それは、われわれが従来のウェブサイトを構築するのと同じレベルで、同時的メッセージを複数ノードと交換しあうという機能をウェブ上のシステムに取り込むことが可能となりつつあるということであり、ウェブがよりわれわれの身体的感覚に近い伝達速度を持ったコミュニケーションのインフラとして機能しはじめる可能性である。勿論ここでいう速度とは、単に時間あたりの情報転送量や検索のスピードといったことではなく、ネットワーク端末に相互に接続されたわれわれが体験的に感じる応答性、同時性を指している。すでにLingrは、その軽快なチャット機能をサイト上でサービスとして提供するだけでなく、その機能自体にアクセス可能なインタフェースをLingr APIとして外部に公開している。ソフトウェアの開発者やデザイナーは、そのAPIを利用して自前のウェブサイトやソフトウェアにチャット機能を組み込むことはもちろん、各種ボット(=チャット空間に放たれたコマンドや語句をリアルタイムに抽出し、その抽出データを入力とする特定のアルゴリズムを介して外部データベースを参照し、その応答をチャット空間に返すプログラム)を作成することが可能である。

「コトノハ x Lingr」
「コトノハ x Lingr」
URL=http://kotonoha.cc/lingr/
 オオヒダ・タカシ氏が実験的に公開している「コトノハ x Lingr」は、もともとウェブ上で運営されているサービス「コトノハ」を、前述のLinger APIを利用することでチャット空間へと展開したものである。「コトノハ」は、いろいろなコト(キーワード的な問い)について、各ユーザが○×とコメントで答えるということを繰り返し、そうしたプロセスのなかで、自分と似た価値観をもつユーザの発見、自己の新たな側面の発見を促すことを意図した試みである。「コトノハ x Lingr」とは、Lingr APIと接続したボット「kotonoha bot」によって「コトノハ x Lingr」のチャット空間へ約3分おきに投げかけられる「コト」に対して、そのチャット空間に参加している各ユーザが○×とともにコメントの発言を重ねていくもので、そこでの発言は「kotonoha bot」によって最終的に収集され、元の「コトノハ」サービスのログへと追加される。「コトノハ」がウェブの掲示板に似た形式でスタティックに情報を束ねていくのに対し、「コトノハ x Lingr」では、他者の○×に否応なく触発されながら、時間軸を意識しつつ即興的な感覚をともなう状況で、情報を束ねてゆくことになる。従来のウェブのコミュニケーションと、Lingrを利用したコミュニケーションの質の差異を、明快に体験できるシンプルな例でもある。

「Thinkature」
「Thinkature」
URL=http://thinkature.com/
 Lingrと同様のテクノロジー基盤上で交換されるメッセージは、テキストに限られない。大学を卒業したての若い二人によって開発が進められている「Thinkature」の空間では、テキスト、イメージ、ドローイングをレイアウトごとマルチユーザで共有し、ホワイトボード上で議論するようにしてその内容を書き換えていく。「Thinkature」の共有ホワイトボードをブラウザで開いている各ユーザノードが送出したメッセージは、データベースに書き込まれると同時に(必ずしも書き込む必要もないが)、ハブを介して瞬時に他の接続ノードすべてに配信される。ところで、今まさに読者が閲覧なされているこのページ自体において明らかであるように、Vannevar BushのMemex構想以来、ウェブは基本的にスタティックなデータベース装置である。総量としては莫大な量のデータがすでに蓄えられ、絶え間ない追加や書き換えが行なわれながら増大、変化し続けてはいるが、われわれのリアルなコミュニケーションの速度と比較すれば遙かにスタティックなデータベースを媒介にして、各種コミュニケーションを意図したシステムが各所に配置された装置がウェブであるともいえるだろう。もし「Thinkature」のような試みがうまく機能すれば、現在のスタティックなウェブに、新たな価値生成のための汎用プロセスがひとつ追加されることになるかもしれない。

「BUBBLR」
「BUBBLR」
URL=http://www.pimpampum.net/bubblr/
 Daniel JuliàとAnna Fusterで構成されるスペインの二人組「PimPamPum」は、あえてカテゴライズするとすればFlickr toyと呼ばれるであろう数々の作品を発表している。Flickr toyとは、おそらく世界で最も巨大に成長した写真共有サイト「Flickr」が提供する「Flickr API」と接続して、Flickrの外部との相互作用によって新たな価値を生み出そうとするソフトウェアやサービスを指す。「Flickr API」とは、Flickrそれ自身がアーカイヴしているデータ、ならびに検索等の各種機能を外部のソフトウェアへと開放・接続するためのインタフェースである。さて、「PimPamPum」によるFlickr toyの代表作「BUBBLR」では、すでにフォクソノミー(タグと呼ばれるキーワードによるデータ分類方法)によってFickr上でタグ付けされた写真を検索し、検索した写真を直列に並べ、組み替え、そこへ台詞の入った吹き出しを加えることで、ユーザは新たなストーリーを構築してゆく。「BUBBLR」自体はストーリーの構築を促すための生成装置とでもいうような作品である。すでに莫大な量のスタティックな情報を蓄えたウェブに必要とされているのは、既存のフォーマットに縛られることなく、人との相互作用の中でダイナミックに情報を再編集することを可能とする枠組みではないだろうか。

「Islands Of Consciousness」
「Islands Of Consciousness」
URL=http://incubator.quasimondo.com/
flash/islands_of_consciousness.php
 最後にウェブというデータベースの上に生まれた作品をもうひとつ。Mario KlingemannとOleg Marakovによる「Islands Of Consciousness」は、Flickrから動的にローディングされる複数イメージとMP3の複数並列再生によるサウンドが相互に関係性をもって変化し、それがただひたすらに、その場で生成され続けるというムービー作品である。ウェブにおけるわれわれのコミュニケーションはいまだに、ファイルという単位に分断されたやり方の枠内にとどまっていることに改めて気付かされる。

 今回紹介したプロジェクトはいずれも、ウェブそのものをダイナミックな生成の場として活用しようとする試みであるといえる。また、現在進行形のウェブの状況下で生まれたばかりの、技術的試みにすぎない段階のプロジェクトも含まれているが、それをわれわれの新たなコミュニケーション環境へと昇華させるためには、技術と経済に加えてメディアをデザインする知恵が必要とされている。興味を持たれたかたは新たな状況のデザインにぜひ参加されたい。
須之内元洋
1977年生。メディアデザイン。プログラマ。写真屋。サイボウズ・ラボ株式会社勤務。
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