DNP Museum Information Japan - artscape
Museum Information Japan
Exhibition Information Japan
Recommendations
Exhibition Reviews
HOME
On-the-Artspot

下町にアートという出来事をデザインする
慶應義塾大学三宅理一研究室
「アーティスト・イン・空き家2002」
 坂倉杏介

アーティスト・イン・空き家2002
▲京島の目抜き通り
キラキラ橘商店街
アーティスト・イン・空き家2002
▲下町を特徴づける路地























アーティスト・イン・空き家2002
▲キュレーター:
カトリーヌ・グルー
アーティスト・イン・空き家2002
▲アーティスト:
ディディエ・クールボ(中央)
カトリーヌ・ボーグラン(右)




アーティスト・イン・空き家2002
▲「京島編集室」の舞台となる、元米屋
アーティスト・イン・空き家2002
アーティスト・イン・空き家2002
▲改装前の「京島編集室」
   下町の雰囲気を色濃く残す、墨田区京島。2002年10月から11月にかけて、空き家になった長屋を利用したアーティスト・イン・レジデンスが開催される。「アーティスト・イン・空き家2002」と題されたこのプロジェクトを主催するのは、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科三宅理一研究室。2000年に引き続き、2回目の開催となる。今回は、キュレーターに美術史家カトリーヌ・グルーを迎え、フランスからディディエ・クールボ、カトリーヌ・ボーグランという2人のアーティストを招聘する。下町の空き家に、フランス人アーティスト。一見ミスマッチとも思えるこの企画は、どのように起こりつつあるのだろうか。

都市計画とアートプロジェクト

 京島は、戦前から残る木造密集市街地の老朽化と、住民の高齢化・人口減少により、主に都市防災の面から不安の多い地域として知られる。同研究室は、都市計画的な視点から、東京近郊の木造密集市街地の調査・研究を行なっている。「アーティスト・イン・空き家2002」は、空洞化の一方で、道路や建築物の更新が進まない京島の都市問題と、どのように関わっているのだろうか。
 キュレーターであるカトリーヌ・グルーは、このプロジェクトを引き受けた大きな理由として、京島の現状とコンテクストがアーティストの介入を必要としていると、強く感じたことを挙げる。しかし、京島の都市問題に対する直接的な解決策を提示することはない、という。
 ともすれば画一的な道路拡幅やコミュニティ住宅の建設に進みがちな都市計画の施策に対して、住民が自発的なアクションを起こすきっかけをつくることが、アートの役割である。アーティストが京島の家に住むことで、地域の意識は変わっていくだろう。それは、都市に変化を与えるソフト面での動かし方のひとつといえる。都市計画からみたアートのあり方として、これは非常にわかりやすい。
 
地域との関係のなかで

 一方で、受け入れ側の地域住民には、このような向きにまだまだ懐疑的な声があるのも事実だ。前回、2000年に実施された同プロジェクトは、密集市街地の活性化という目的を掲げたものだったが、それに対して明確な成果を残せなかったという意見がある。この反省を踏まえて三宅研究室は、アーティストの育成や制作環境の提供を目的とした従来型のアーティスト・イン・レジデンスのあり方を見直し、地域住民とアーティストの関係をいかにつくっていけるか、その出会いのマネジメントを考えることに腐心したという。
 キュレーターや地元との議論の結果、会期中に行なわれるワークショップは、アートそのものを扱うのではなく、風景・地図・家など、地域の日常に埋もれた「住み方」をテーマとするものとなった。アーティスト側からの一方的なメッセージ発信に終わらないこと。ワークショップを通じて両者がお互いの現実を学びあい、地域の日々の生活とアーティストの作品制作の双方が影響しあうことを意図している。
 またアーティストの作品は、11月9・10日に開催される地域の文化活動の発表会である「京島文化祭」で発表される。「よそ者」であるアーティストと住民が共通の目標を持つことで、両者のあいだに自然な形の共同作業が生まれやすくなることを狙ったものだ。

カトリーヌ・グルーに聞く――問われるアーティストの姿勢

 では、アーティストと地域の関係とは、具体的にはどのようなものなのであろうか。キュレーター、カトリーヌ・グルーは、次のように語る。
 
「まず、両者の理想的な関係というものはありません。今回のようなプロジェクトでは、特にアーティストの姿勢が重要になります。アーティストに周囲との関係を持とうとする意志があれば、必ず誰か助けてくれる人があらわれるものです。制作の手伝いや、作品に対する質問をしてくれる人、あるいは現地に対するステレオタイプを破ってくれる人が。アーティストが住むなかで起こるさまざまなことを通じて、両者の関係が生まれていきます」。

 まずは、アーティストが地域や日々出会う人々に対してどのように振る舞うか。それによって地域との関係がつくられていく。その関係のなかでつくられる作品が、住民のリアリティに触れるものになりうる、ということのようだ。
 また、アーティストの選択については、以下のように語ってくれた。
 
「今回は、直接まちに入っていけるアーティストを選びました。また『未知』という視点からも選んでいます。日本という未知のシチュエーションで、彼らがどうなるか検討もつきません。それが面白いと思ったのです。また、私はアーティストに、人々の『オク』(au coeur:フランス語で心、奥)に触れるものをつくってもらいたいと思っています。どんなことが起こるか楽しみですね」。

 グルーの選択したフランスからの2人のアーティスト、ディディエ・クールボとカトリーヌ・ボーグランは、それぞれ自転車と音をテーマにした作品を構想している。クールボは、京島の風景を特徴づけている自転車に注目し、これをリサイクル・交換・販売するアトリエをつくるという。ボーグランは、商店街の店先の会話や路地の町工場の機械など、音を使ったインタラクティヴなインスタレーションの制作を検討中とのこと。いずれの作品も、音の採取、展示場所の設定、さまざまな交渉など、形になるまでのプロセスに地域との関係が欠かせない作品である。彼らが京島に到着する10月15日以降、どのように作品がつくられていくのか、非常に興味深い。

学生による、もうひとつの試み――「京島編集室」


 最後に、「アーティスト・イン・空き家2002」に参加する、慶応義塾大学のもうひとつのグループによる企画を紹介する。彼らは、同大学文学部の講座「美学特殊C(担当教員:熊倉敬聡)」で、オルタナティヴ・スペースの研究をしているグループ。開催期間中の京島に空き店舗を借り、自分たちが「住むこと」自体を、約2カ月のあいだ出展する。彼らの住まいとなる「京島編集室」と名づけられた場所は、もと米店。1階が店舗、2階が住居となっている、下町の昔ながらの店である。
 地域の生活リズムのなかで、まちの人々やアーティストと小さな関係を重ねていく。それを通じて、空き店舗というあいまいな空間を「もうひとつの別の場所」に育てていこうとするのが、彼らの意図である。アーティストの作品と同じく、この企画もまた、日々出会う人々との関係に左右されていく。店舗スペースは、まずは彼らが生活するリビングルームであるとともに、週末のカフェや地域のミーティングプレイス、またワークショップや小さな展覧会・上映会の会場にもなり得る場所である。
 「京島編集室」が、どのような場所に育っていくか。その様子は、彼らの運営するWebに更新されるレポートで、ご覧いただきたい。日々の出来事が、Webとして編集されていくと同時に、地域の普段の生活が、彼らを媒介として再編集されていくはずである。

アートが連鎖していく、下町のポテンシャル

 このようなアートイヴェントが、地元住民との対話のなかでつくられるようになった要因としては、京島を含む向島地区全域でアートプロジェクトが盛んになっていることが大きい。その経緯は、現代美術製作所ディレクターの曽我高明氏による「向島のまちづくりとアート」に詳しい。
 向島で、複数のアートプロジェクトが互いにネットワークされながら起こり続けているのは、下町特有の人間関係の近さと無関係ではないだろう。たとえば「京島編集室」の空き店舗が確保できたのは、彼らが物件を探しまわるうちに、商店街やすでに近くでアートイヴェントを行なっている人々から、情報提供などさまざまな協力を得られたからだという。郊外の住宅地では想像が難しい無形の力が、地域に何か新しいこと生もうとする者を強く支えている。このような形で空間が出来上がっていくとき、その場所は地域の中の出来事になる。
 地域においてアートが作品以上の出来事になるのは、まさにこのような関係においてであろう。それは、アーティストという他者が何かを持ち込むのではなく、媒介となってまちの内部に何かを生みだしていくことだ。この過程で、アーティストはその姿勢を問われ、地域はコミュニティの寛容さ・潜在性を問われることになる。地域の内側からの変化とは、こうした局面に映しだされる種類の変化なのではないだろうか。
 同研究室が、キュレーターとともに、どこまでアートを出来事として導いていくことができるか。11月9日・10日の「京島文化祭」を期待していただきたい。

(さかくら・きょうすけ/慶應義塾大学大学院)

詳細情報はこちらからご覧ください
「アーティスト・イン・空き家 2002」
「京島編集室」

アーティスト・イン・空き家 2002 開催概要
会期 2002年10月13日(日)〜11月10日(日)[作品展示:2002年11月9日・10日]
会場 墨田区京島地区[作品展示:京島三丁目、キラキラ橘商店街周辺]
入場 無料
主催 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 三宅理一研究室
慶應義塾大学文学部「美学特殊C(熊倉敬聡)」オルタナティブスペース班
協力 日仏工業技術会、AFA、墨田区、京島文化祭実行委員会
スケジュール 10月13日(日)

ワークショップ#1「カトリ−ヌ・グルーの京島日記」
(13時半〜/キラキラ会館)

京島編集室開店
10月15日(火)

アーティスト到着、京島生活スタート

10月27日(日) ワークショップ#2「アーティストと作る京島地図」
(11時〜/京島編集室)
11月3日(日) ワークショップ#3「京島のイエ 過去・現在・未来」
(13時半〜/キラキラ会館)
11月9日(土)
〈京島文化祭初日〉
アーティストの作品展示・発表
オープン町工場ツアー
ワークショップ#4
「都市におけるアートプロジェクトができること」
(17時半〜/曳舟文化センター)
11月10日(日)
〈京島文化祭最終日〉
アーティストの作品展示・発表
11月18日(月) 国際シンポジウム「日仏都市会議」
(18時〜/恵比寿・日仏会館)
問合せ 慶應義塾大学三宅研究室(藤田朗)
e-mail: afujita@sfc.keio.ac.jp
TEL: 090-2321-8807  FAX: 0466-49-3516
http://www.kyojima.walk.to/



ArtShop Archives Art Links Art Words
up
E-mail: nmp@icc.dnp.co.jp
DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd. 2002
アートスケープ/artscape は、大日本印刷株式会社の登録商標です。