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欧米の美術館でのマイノリティへの対応[2]
アメリカの美術館における聴覚障害者に対する取り組み

寺島洋子

 
 
地域に開かれた美術館とは、子どもに限らず、マイノリティ(社会的弱者)も気楽に活用できる館ではないかという考えが広まってきたのは、比較的近年のことです。当研究会では以前、研究会誌で視覚障害者に対する教育活動を特集しましたが、前回より5回にわたって、聴覚障害者、精神障害者、エスニック・マイノリティ等、様々なマイノリティに対する欧米の美術館の取り組みを紹介する予定です。

 第2回目の今回は、アメリカの美術館における聴覚障害者に対する取り組みを4例紹介する。聴覚障害者は、他の障害を持つ人々に比べ障害のあることがわかりにくいうえに、音声によるコミュニケーションにハンディがあるために誤解を受けることが多いという。美術館においても、聴覚障害者とのコミュニケーションについて様々な努力が見受けられる。手話に熟達したスタッフの恒常的な確保、あるいは、聴覚障害者をスタッフとして育成するための時間と経費の獲得、また、特別な美術用語に対応する手話の表現がないために新たな表現を作ることなどである。ここで紹介するのは、二十年以上前から障害者のためのプログラムを実施している美術館で、様々な問題をそれぞれに工夫して活動している事例である。
 カリフォルニア州にあるオークランド・ミュージアムは、聴覚障害者のための「トータル・コミュニケーション・ツアー」というプログラムを1973年に開始した。プログラムの名称が示すように、このツアーは手話で説明をするドーセント(解説ボランティアのこと)が、同時に言葉でも説明するところに特徴がある。手話と音声の両方で説明を行うことで、聴覚障害者だけでなく健常者も一緒にプログラムを楽しむことができる。同時に、他のドーセントがその場で手話を学ぶことができることにも意味があると言う。また、1986年、アーティスト自身も聴覚障害者であるグランヴィル・レドモンドの展覧会で、カリフォルニア聾学校の生徒にツアーやその他のプログラムを手伝ってもらったのを契機に、聴覚障害者をドーセントとして採用する新たな活動が始まった。聴覚障害者のドーセントがプログラムに果たす役割と貢献度を評価したオークランドでは、聴覚障害者のドーセント育成に時間と経費を割いて、少しずつではあるがその人数を増やす努力を行っている。
 マサチューセッツ州のボストン美術館は、すべての人々に開かれた美術館という共通理念のもとに、障害者を対象とした数多くのプログラムを実施している。そうした活動に貴重な助言を行っているのが、1978年に設置された特別援助顧問委員会である。20名で構成される委員会には、障害者や地域の社会活動家などが含まれており、美術館の施設・設備や、プログラムに対する助言や提案を行い、それがボストン美術館の障害者のための活動に多大な貢献をしているのである。1970年代末に始まった「アートフル・アドヴェンチャー」は、聴覚障害や学習障害を持つ子どもたちもその対象に含まれるプログラムである。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカのコレクションを通して、多様な文化や芸術の世界を紹介するもので、まず、絵はがき、スライド、芸術家の道具などを使った話による導入があり、その後、ギャラリーで作品を見ながら絵画の人物になりきって演技をしたり、異なる国の似た作品を比較したり、その国の画材を使って絵を描いたりする活動によって組み立てられている。「ア・ハンズ・リーチ・トゥー・アート」は、聴覚障害者のためのプログラムで、一年を通じてギャラリー・ツアー、パフォーマンス、デモンストレーションなどが手話によって行われている。また、「ビヨンド・ザ・スクリーン」は、視覚・聴覚障害者向けのセルフ・ガイドツアーで、アジア館に設けられた特別の展示を観賞するためのツールを随時貸し出している。障害を持つ人々の自立を促す興味深いプログラムである。
 ニューヨークのメトロポリタン美術館も、聴覚障害者のためのオーディオ機器や印刷物は充実しており、さらに恒常的に幾つかのプログラムを実施しているが、ここでは個々のプログラムの紹介ではなく、メトロポリタンで採用しているすべての活動に有効と思われる初歩的なアイディアを2つ紹介する。1つは、障害者向けプログラムを家族単位で実施していることである。プログラムの内容は、他の美術館のプログラム同様に、五感に訴える色々なアプローチが含まれる。そして、障害のある子どものいる家族で参加することに様々な意味と利点が見いだされるのである。家族で参加していることで全員がリラックスできること、家族で美術館体験を共有できること、障害を持つ他の家族との交流が持てることなどである。2つめは、ボストン美術館と同様に、障害者を含めた美術館へのアクセスを検討する特別委員会を設置していることである。ただし、ボストンと異なるのは、この委員会が美術館の各部署のトップの職員によって構成されていることである。つまり、この委員会で検討される案件は、他の委員会や会議にかける必要が無く、その場で判断、決定し、迅速な対応ができるという利点があり、多くの時間と労力が削減できるのである。
 最後に紹介するのは、どの美術館でも抱えている手話のできるドーセントの育成と確保という経費も時間もかかる問題を、地域のコミュニティと連携することによって解決しているテキサスのキンベル美術館の例である。美術館近郊にあるタラント郡カレッジには手話の講座があり、受講生はキンベルの聴覚障害者プログラムを実地演習の場として活用している。身分はボランティアであるが、そこのプログラムを無事に遂行したことが手話通訳としての資格に結びつくこともあり、プログラムに対する取り組みは真剣である。美術館としては願ってもない手話通訳として、ドーセントとともにプログラムの遂行に協力してもらっている。プログラムの内容は、館内の展示作品を線、形態、色彩という基本的な要素から見ることを基本として、お話や簡単な創作を含めて異文化芸術を紹介するものである。
 「まず、それぞれの障害が何であるかを知ること、そして次に彼らの能力や才能に注目すること」、これが障害者プログラムに携わるすべての人々にとって大切な基本姿勢であるとメトロポリタン美術館のスタッフは言う。開かれた美術館を目指し、障害者のための活動が始まっているが、こうした基本が周知され、利用者である障害者が職員として働く環境が整ったとき、本当の意味で美術館が社会に開かれたと言うことが出来るのかもしれない。

欧米の美術館でのマイノリティへの対応[1]

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