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美のデジタルアーカイブ 新連載〈研究者シリーズ〉
MUSEUMのインターネット国際標準と注目される
CRMを研究する「村田良二」
影山幸一
 
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連載/歌田明弘
連載/影山幸一

 美のデジタルアーカイブ〈MUSEUMシリーズ〉に引き続き、今回から〈研究者シリーズ〉の連載をスタートさせる。毎回アートとデジタルに関わるホットな研究者を訪ね、アートの新領域やデジタル技術の可能性、さらには思想や哲学に及ぶであろう話を伺いながら、研究者にとって今、何が最も関心事なのかを〈研究者シリーズ〉をとおして、デジタルアーカイブの新たな魅力と可能性をお伝えしていきたい。
 〈MUSEUMシリーズ〉においては、各MUSEUMのデジタルアーカイブ構築の現状を連載してきたが、〈研究者シリーズ〉では、デジタル技術が急速に進む中でのアートとデジタルに関する研究の最前線をご紹介する。デジタルメディアを活用した保存の過程、形態、方法や表現など、デジタルメディアを基準に話を進めていく予定である。デジタルに格納する対象は、消失が心配される文化財や名作ばかりではなく、新しいアートの表現もある。デジタルによる美が創造されるとき、どのようなメリットやデメリットがあり、それらはどのように展示・公開されていくのか、従来の美術館での展示と比較してみたいと思っている。また、巨大化・仮設化する現代美術作品の保存をどのように行っていくか。あるいは計測的デジタル化の研究状況や先端的なメディアの活用方法なども合わせて伺っていきたい。
 デジタルメディアの特性を気鋭の研究者がいかに捉え活用しているかを知ることは、デジタルアーカイブの日常的な構築・運用の具体的な実現につながるであろう。美のデジタルアーカイブの領域を広げ、深度を増しながら、新たな美を探求していきたいと思う。

MUSEUMのインターネット国際標準と注目されるCRMを研究する「村田良二」



国立民族学博物館外観
▲「CRMを研究している村田良二氏」
 1972年生まれの若手研究者・村田良二氏は、1997年3月に筑波大学 修士課程芸術研究科デザイン専攻総合造形分野を修了し、ソフトウェア会社に就職。ソフト開発に2年間従事したのち転職。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科助手、非常勤講師を経て、2003年4月より、武蔵野美術大学芸術文化学科コンピューターインストラクターと多摩美術大学情報デザイン学科の非常勤講師を務めている。

 JR中央線国分寺駅で西武国分寺線に乗り換え、鷹の台駅から徒歩20分、今年4月から勤務先が変わった武蔵野美術大学の村田氏を訪ねた。私が村田氏に関心を寄せたのは、氏の若さもあったが何より現在、MUSEUM情報関係者が最も注目しているであろう国際博物館会議(ICOM:International Council of Museums)の国際ドキュメンテーション委員会(CIDOC:International Committee for Documentation)によって設けられたCIDOC CRM(Conceptual Reference Model) Special Interest Groupが開発を進めるドキュメンテーション標準に取り組み、2002年2月にはカリフォルニア州モントレーで開かれたCIDOC Special Interest Groupの会合に日本人ではただ一人出席し、いち早くその状況を氏のホームページ「闇雲」 に公開したという、その感性と行動力である。村田氏は学生時代ビデオ作品を制作していたというが、プログラマーでもある。文理融合の感性と技術がなければ、この10名で開かれたという国際ミーティングに参加しても内容は充分に把握できなかったのではないだろうか。

 さて、このCIDOC CRMであるが、なかなか説明するのが難しい。知識工学でいうドメイン・オントロジー(上位下位概念構造)であるというが、異なる構造・詳細度のデータベース間での情報交換を可能にする概念とその技術であるらしい。正しいデータを提供することよりもコミュニケーションを可能にすることに重点が置かれ、博物館資料情報のような各館異なる記述のデータベース間を、相互運用するための共通の枠組みである。CIDOC CRMのVersion3.2では、約70のエンティティ(博物館領域で使われる諸概念のクラス)と100余りのプロパティ(特定の定義された意味をもっている属性)が定義され、情報を関係付けてモデル化していくことで、それぞれの情報が互いにどのように関連しあっているのかを表現する、意味ネットワーク(自然言語処理における意味解析の結果や、質問応答システムでの知識の表現などに用いられるネットワークの形に構成されたデータベース)であるという。CIDOC CRMを実現するにはモデル化した情報を形式にする必要があるが、現在はModel and Syntax仕様がW3C 勧告になったRDF(Resource Description Framework)が有力視され、そうなればSemantic Web(意味ネットワーク・システム)に博物館の資料情報が組み込まれていく可能性が出てくる。その際、他分野とのデータから正確に博物館資料情報を表示させるためには、シソーラスや辞書を使った用語の定義が必要となってくるが、日本語で利用できるものが現在はまだない。CIDOC CRMは関連技術との連携の実証など運用に向けた課題なども残されている。しかし、デジタルアーカイブの活用にとっては、博物館情報の相互運用を導く有効な国際標準として期待され、数年のうちにISO標準になる見込みである。

 村田氏がこのCIDOC CRMに興味を持ち始めたのは、まず美術情報をもっと手軽に利用したいと思ったことが動機だったようだ。図書館の情報検索のように速く的確な情報を入手する方法を調べていくうちに、CIDOC CRMにたどり着いたという。個々の館のホームページを渡り歩くのではなく、アーティストや作品を直接横断的に検索する方法はないものだろうか。資料の情報をいかに記述するかが最重要であると思い、数あるドキュメンテーションの標準の中から、ICOM/CIDOC 1995年発表の「博物館資料情報のための国際ガイドライン」を英訳し、氏のホームページに掲載する許可を得るためにCIDOCに直接連絡するなどして、Martin Doerr氏(Greece)を知る。そして、その後の2002年2月Martin Doerr氏の呼びかけに答えるかたちでCIDOC Special Interest Groupの会合に参加することになった。初めての海外であったという氏は、この会合で多様なものを結びつけていくには緩やかな形で結びつけていくこと。用語やシソーラスは必要であっても用語統制は必要なしとして、新しい用語を作るのが学問であるという話に感銘を受けたと言う。動機の二つめは、プログラマーとしてCIDOC CRMをみたときにSemantic Webに深く関わっていくことにより、人工知能を使用してWebを賢くする仕事は、広い世界を見せてくれそうだと感じた、と語る。

 人工知能の応用研究の中から生まれたのが知識工学であるが、1960年代のスタンフォード大学におけるDENDRAL(質量分析データから有機化合物構造を創出するもの)や1970年代のMYCIN(院内感染の診断と抗生物質療法の選択をアドバイスするもの)が人工知能に知識工学の世界を開いた。1975年には、ミンスキーのフレーム理論が発表され、知識の利用が進展していく。知識という言葉は、記憶と言語に関する認知心理学の研究結果として、1973年ノーマンが「記憶、知識および質問応答」という論文(Norman,D.A.「Memory, knowledge and the answering of questions」Contemporary Issues in Cognitive Psychology:The Loyola Symposium(R.L.Solo(ed.)), John Wiley & Sons(1973))を出したあたりから登場してきた新しい言葉であるようだ。ミンスキーのフレーム理論「人は新しい場面に出会うとき、記憶の中からフレームと呼ばれる構造を選び出す。これは、人間の記憶の枠組みであり、その詳細は必要に応じて現実に合うように変更される」とあるように知識と記憶は分かち難い関係のようである。記憶研究は知識研究より古く、エッビンハウスの1885年の出版物(Ebbinghaus「Uber das Geda chtnis」1885. 「記憶について―実験心理学への貢献」宇津木 保訳, 誠信書房, 1978)が始まりとされている。また、ベネチアビエンナーレでも有名なビデオアーティスト、ビル・ヴィオラ は「今後、科学と技術が共同して研究開拓すべき問題は、記憶の問題に尽きる。コンピュータテクノロジーがこれから向かっていく問題は、記憶の問題しかあり得ない」と発言している。

 デジタルアーカイブされた博物館資料情報が、寛容なCIDOC CRMによって電子世界の中に仮想のムゼイオン(MUSEUMの語源で美術館・博物館・図書館・植物園・動物園などの複合施設)を構築していくとき、テッド・ネルソンのいうコンテンツとコンテンツがリンクされてくる。知識が過去の記憶を刺激し、連想を誘発する。そして新たな知識や映像が創造世界を生む。村田氏のCIDOC CRM研究に期待すると共に、氏のような文理融合の思考をもった学生が育ち、創造を実現する力溢れる社会が形成されることを願う。加えてCIDOC CRMは、Web世界をより豊かなものとするであろうから、我々はその美術と工学の出会いを享受し、新たな美術鑑賞習慣として楽しみたい。

 最後に、村田氏がCGIプログラムとデータベース設計した東京芸術大学大学美術館ホームページの収蔵品データベース に利用されている、画像のデジタルアーカイブ構築のデータ表を付記しておく。収蔵品データベースの画像は、500×625pixel。その他、内容については、東京芸術大学大学美術館美術情報研究室の横溝廣子助教授に伺った。


■東京芸術大学大学美術館デジタルアーカイブ構築データ
収蔵作品点数 約45,000点
作品情報件数 29,529件(デジタル画像数:3,137画像、内2,174画像公開)
画像原稿 各種ポジフィルムなど
解像度 500×625pixel、 1,000×1,250pixel、 2,000×2,500pixel、 4,000×5,000pixel(8ビット、256階調)
データ形式 TIFF形式、JPEG方式によるJFIF形式(1画像に付き2つのデータ形式、各4つの解像度)
保存媒体 CD-R
デジタル化作業 外部の会社

(2003年5月現在)


■参考文献
今門政記「デジタルアーカイブにおけるデータマネジメント」『デジタルアーカイブ白書2003』2003.3.31, p.141-145. デジタルアーカイブ推進協議会
村田良二「博物館情報の相互運用とCIDOC CRMの役割」『人文科学とコンピュータシンポジウム論文集』2002.9.20, p.39-42. (社)情報処理学会
今井賢一『情報技術と経済文化』2002.3.29. NTT出版
情報処理学会 編『知識工学』1987.5.20. オーム社

[かげやま こういち]



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