美術館IT情報:歌田明弘…2002.10.15.
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CG代理人“エージェント”を制作中「中嶋正之」

影山幸一
 
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連載/歌田明弘
連載/影山幸一

 近未来社会を想像してみる。緻密に構成されたSF世界をすぐには思い描けないまでも、作家カレル・チャペック (1890-1938)が1920年に作ったという言葉“ロボット”のいる生活や超高速列車が走っている都市は浮かんでくる。

「土方巽:〈肉体の叛乱〉(1968)より」
▲「エージェントを制作中の中嶋正之氏」
 そのような未来を創造し、実用を目指して研究開発を行っているのが、東京工業大学大学院情報理工学研究科の教授・中嶋正之氏である。“研究は楽しくなければならない”をモットーとする中嶋氏の研究室では、30名ほどいる研究員のテーマが重複しないよう画像処理、人工知能・パターン認識、コンピュータ・アニメーション、コンピュータ・グラフィックス(CG)、バーチャルリアリティ(VR)、神経回路網応用、人工生命・遺伝的アルゴリズム応用など、分野を分けて研究が進められている。現在、アメリカ、アルジェリア、イラン、韓国、スウェーデン、スペイン、タイ、中国、日本と世界各国の学生が中嶋氏と共に「エージェント(代理人)」を研究、制作中である。

「土方巽:〈なだれ飴〉のための舞踏譜(1972)より」
▲「ASIMO」 写真協力:日本科学未来館
 「エージェント」とは、仮想空間で人間の言語を認識して、代理人のように指示に従うバーチャルキャラクター、ソフトウェアロボットのことである。実ロボットより行動の自由度が高いほか、言語認識ができなかった場合は人間に問い直ししてくるためリアル感があるらしい。対話によるやり取りが人の心を癒してくれそうである。一方、実ロボットもまだ日常的ではないが、日本科学未来館ではASIMOの実演を見ることができる。ロボットの二足歩行のしっかりした歩みにまず驚くが、時間が経過すると共に人型機械であるこのロボットに対し、何か感情移入してくるから不思議である。昨年アメリカで、「エージェント」を実際に実現してしまったようなデジタルシネマが公開されたそうだ。アンドリュー・ニコル監督の「SIMONE(シモーヌ)」である。アル・パチーノ扮する映画監督とCGで生成された女優シモーヌとが繰り広げるコメディ作品らしいのだが、このCG合成された女優が実によくできており、アカデミー主演女優賞候補の話が出るほどであったらしい。この「SIMONE」の映画は興行的には成功せず、日本では公開されていないが、ビデオとDVDがインターネットで購入できる。映画鑑賞を趣味としている中嶋氏はこの「SIMONE」を昨年の自己ベストムービーNo.1に上げている。中嶋氏の「エージェント」制作では、昔あった茶の間の風景を、立体映像空間で再現させ、未来の家族の団らんを実現する研究が進められている。「SIMONE」に刺激され「エージェント」はどのような姿で誕生するのだろうか。中嶋研究室の課題は、ASIMOのような実ロボットとソフトウェアロボットを統合させた、現実空間と仮想空間のシームレス*1なインタラクション*2の研究および開発であるという。

 エンジニアとアーティストの融合を唱える中嶋氏は、今年生誕100年を迎える版画家・棟方志功の版画のデジタル復元を完成させている。版木に彫られた溝をスキャナーで読み取りコンピュータ画面に表示する手法を開発。棟方板画美術館収蔵の版木(縦455×横485mmの両面彫り)のまま着色せず、版画を復元した。中学時代から絵が好きだった中嶋氏は、東京工業大学での学生時代は4年間美術部に所属していたという。エンジニアが芸術を学び、アーティストが技術を学び、技術を伴った感性による表現の必要性を感じて芸術科学会 を2000年に創設させた。科学と芸術の融合はルネサンス時代にもあり、近代科学を生み出すことになったが、デジタルとの融合では新たに何を生み出すことになるのだろうか。コンピュータを用いて制作するエンジニアとアーティストとが共に集いあう場、芸術科学会ではCG、VRに関する学会誌を発行するほか、国内で唯一のインタラクティブアートの公募展・DiVA展を主催して、この新分野の発表の場を作って裾野を広げている。

 デジタル技術を応用した新しい表現、とりわけCGやデジタルシネマは制作自体が保存へも直結することから、デジタルアーカイブを構築しながら作品制作をしているという見方ができる。デジタルアーカイブの対象は古い文化財に限定されているわけではなく、インターネット上のホームページをアーカイブするといった、今をアーカイブする観点もある。デジタル作品のアプリケーションソフト、表示機器や展示手法、保存方法などに、芸術に関わる者は無頓着ではいられないであろう。そのためデジタル技術の動向に配慮をしつつ、過去の名作を見ることと同様にデジタル作品の新作を見て目を養い、美のデジタルアーカイブを探究していくことが大事である。

 CGに関する世界最大の国際会議SIGGRAPH(シーグラフ) は、アメリカの学会ACM(Association for Computing Machinery)のCG分科会(Special Interest Group for Graphics)で、毎年アメリカで開催されている。CG分野の最先端技術の論文や作品が発表されることから研究者や映画関係者の多くが集まる場である。1995年40,100人をピークに昨年は17,274人と来場者は減少傾向にある。CG作品の傾向も昨年は炎・水・布・延性材料を対象としたアルゴリズム*3が提案されたものの、1998年以来、ノンフォトリアリスティックレンダリング(NPR)*4とイメージベーストレンダリング(IBR)*5を超えるような新規性のある発表が見られないようだ。1963年、当時MITの大学院生だったサザーランド(Ivan E. Sutherland)はCRT(Catode Ray Tube:ブラウン管)ディスプレイを利用し、対話形式でグラフィックス図形を取り扱うSketch Pad Systemを開発した。これがCGの原型といわれ、サザーランドはCGの父と呼ばれるようになった。今年はこのSketch Pad Systemが開発されて40周年。SIGGRAPHの30周年記念でもあり、SIGGRAPHのArt Galleryでは充実した作品展示になる年と期待が高まっている。中嶋氏はこのSIGGRAPHに毎回参加し、発表された新しい論文を読むこと、また友人等との再会を楽しみにしている。SIGGRAPH 2003 は7月27日(日)から31日(木)までの5日間、カリフォルニア州サンディエゴのコンベンションセンターで開催される。

 インターネットで知り合って、実際に結婚する人や自殺願望者を集い共に死のうとする人などSFにありそうなことが現実に起きている。未来の宇宙定住や時間旅行といった夢の世界も実現されるのは時間の問題なのであろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)が科学技術と芸術の才能を開花させ「空を飛ぶ機械」を考案し、「モナ・リザ」を描き、現在でもそれらが人間の創造した最高峰の作品となっていることを思うと、デジタル技術と芸術の合体による未知の表現を積極的に推進する、中嶋氏のパワーに引き寄せられる。デジタル表現の創世記である現代、デジタルと芸術を融合させて牽引する中嶋氏に21世紀の新たなルネサンスの萌芽を感じる。レオナルドは「数学的科学の適用され得ない所には、もしくはその数学と結合されないものには、いかなる確実性もない」という言葉を残した。計算工学専攻の中嶋氏の「エージェント」が近い将来、確実に“茶の間の団らん”を提供してくれるのを心待ちにしている。


*1:継ぎ目のないこと。
*2:交流、相互作用。
*3:問題解決のために定義された有限個の規則や手順の集まり。
*4:写実的表現に対して、表現したい内容を的確に伝えるため、強調や省略を行う表現方法。水彩画ソフトウェアなどはその一例。
*5:写真など複数の画像をもとに任意の方向から見た画像を生成する手法。

■なかじま まさゆき 略歴
東京工業大学大学院情報理工学研究科計算工学専攻教授。工学博士。1946年生まれ。東京工業大学理工学部電気工学科卒、東京工業大学像情報工学研究施設助教授などを経て、現職。コンピュータグラフィックス、デジタル画像処理など専攻。芸術科学会会長、CG-ARTS協会試験実行委員会委員長、NICOGRAPH論文委員会委員長、DCAjデジタル映像研究会委員長など務める。著書に『コンピュータグラフィクスの技法』(中嶋正之・安居院猛共著, 1986, オーム社)、『岩波講座ソフトウェア科学10 グラフィクスとマンマシンシステム』(中嶋正之・川合慧共著, 1995, 岩波書店)など。

■参考文献
中嶋正之「CG領域の動向〜SIGGRAPH2002を振り返る〜」『映像情報メディア学会誌』Vol.57, No.4, pp.438-439, 2003.4.(社)映像情報メディア学会
高橋裕樹「最新のCG技術 CGアニメーション」『映像情報メディア学会誌』Vol.57, No.4, pp.440-441, 003.4.(社)映像情報メディア学会
中嶋正之「ディジタルシネマ:実用化時代を迎えて」『映像情報メディア学会誌』Vol.57, No.2, pp.178-179, 2003.2.(社)映像情報メディア学会
芸術科学会編著『CG基礎用語辞典 誰にでもわかるコンピュータグラフィックス』2003.1. 芸術科学会出版部
中嶋正之「21世紀の生活とディジタルアミューズメント」『映像情報メディア学会誌』Vol.56, No.6, pp.899-901, 2002.6.(社)映像情報メディア学会
中嶋正之「ソフトウェアロボット、その無限の可能性」『DiVA』No.3, p.82-83, 2002.6. 夏目書房
下村寅太郎『下村寅太郎著作集5 レオナルド研究』1992.8. みすず書房

[かげやま こういち]



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