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自らの建築そのものを提示する、サイト・スペシフィックな作品
《ダニエル・リベスキンド展》広島市現代美術館
日埜直彦
▼クリックで拡大マイクロメガス
▲図1「マイクロメガス」

「ユダヤ博物館の設計コンペ」模型
▲図2「ユダヤ博物館の設計コンペ」模型
撮影=五十嵐太郎
建築の展覧会なんてものはたいていおそろしく退屈なものだ。そもそも建築の図面というのは見て楽しいようなものではないし、ちょこんと置かれた模型は精密な工芸品のようにすました表情でとりつくしまもない。ハデなビデオ・プレゼンテーションも増えてきたが結局それらは建築に関する説明なのであって、プレゼンテーションの魅力が建築の魅力と重なることは稀である。最近大規模な建築の展覧会が多く催されてはいるが、そのなかで充実した印象を残している展覧会がいったい幾つあるだろうか。結局のところ建築の展覧会は建築そのものほど面白くないし、建築の展覧会を見ることは建築を見ることと根本的に違った種類の体験なのである。

ダニエル・リベスキンドはしかしみすみすその轍を踏むような建築家ではない。今回の展覧会はそれを証明している。
リベスキンドは第二次大戦終結後まもないポーランドに生まれ、一時イスラエルに在住して音楽を学び、その後アメリカへ移って建築を学んだ。クランブルック芸術アカデミーUCLAの建築学科長を務め、アメリカでの経歴が長いが、現在はベルリンに拠点を置く建築家である。
彼の名を広めた1979年の建築ドローイング集「マイクロメガス」(図1)は、建築ドローイングとは言うものの実際に建築として建てることを目的とした作品ではまったくない。さしずめ建築的思考あるいは建築的世界観の黙示録とでも呼べば良いだろうか。夥しくまき散らされた図形群が、なんらの構図的まとまりもなく、しかし単に乱雑であるわけでもなく、微細な図形が凝集した雲のような空間が描かれている。全体として見ればテクスチャーとして面に溶け込むようでもあり、しかしひとところに目を留めればそこに深い奥行きを持った図形の沸き立つ空間が突き出してくる。リベスキンドは長らくこうしたきわめてコンセプチュアルな空間を追求してきた。

しかし1988年のユダヤ博物館の設計コンペにおいてリベスキンドは彼の構想を実現させる機会を得た(図2)。リベスキンドはこの博物館をナチスのユダヤ人虐殺によって抹殺されたベルリンのユダヤ人、その不在のための場として構想している。博物館とはそもそも過去を保存し歴史を定着する施設であるが、その過去そのものが抹殺され失われているとき博物館は一体何をなし得るか。空虚として残され立ち入ることの出来ない建物全体を貫通する巨大な吹き抜け空間、そしてそれを繰り返し跨ぐようにジグザグに展示スペースが配されている。展示スペースにはベルリンに暮らしたユダヤ人の生活を偲ばせる資料が展示されているのだが、しかしむしろこの博物館の眼目は、それら目に見える遺物の間をジグザグに進みつつ、交差する巨大な空虚に不可視の存在を顕在化させる点にある。
「フェリックス・ヌスバウム美術館」
▲図3「フェリックス・ヌスバウム美術館」
「北帝国戦争美術館」
▲図4「北帝国戦争美術館」

「デンバー美術館増築計画」
▲図5「デンバー美術館増築計画」

ユダヤ博物館の成功以来、フェリックス・ヌスバウム美術館(ドイツ、図3)と北帝国戦争博物館(イギリス、図4)が既に開館し、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館増築(イギリス)、デンバー美術館増築計画(アメリカ、図5)、王立オンタリオ博物館(カナダ)など注目されるプロジェクトが進行中である。今やスター・アーキテクトとしてのリベスキンドの活躍ぶりには目を見張るばかりである。

そのダニエル・リベスキンドに第5回ヒロシマ賞が授与された。ヒロシマ賞は美術の分野で人類の平和に貢献した作家の業績を顕彰することを通じて、「ヒロシマの心」を広く世界にアピールすることを目的として3年に1回授与されている賞である。ヒロシマの記憶、ホロコーストの記憶、対象は違えどその理念と取り組みを考えればリベスキンドの受賞はまさしく相応しいものであったと思われる。そのヒロシマ賞受賞を記念して今回の展覧会が開催された。リベスキンドの国内初の大規模な展覧会であるが、建築の展覧会としてきわめて大胆な構想に基づいている。延べ1000・ほどの4室の展示室に近年の代表作の巨大な模型がそれぞれ1つづつ、これがこの展覧会の全てである。解説パネルが数枚添えられてはいるが、図面もなければ、CGもなく、ミニチュア工芸品の類もこの展覧会には一切展示されていない。能書きなしの一発勝負、といったところだろうか。

各々の展示室の大きさギリギリの巨大な模型が据えられている。いわゆる建築模型のスケールをはるかに越えて、ただ与えられた展示室に設置することができる最大の大きさで作られた模型である。順路を進むために必要なだけの隘路は残されているが、しかしあくまで模型が展示室の主として全体を占拠している。それは模型と呼ぶには余りにも大きく、しかしもちろん建築そのものではない。
模型は白く、展示室の壁・床も同様に白く塗り込められ、ただ各々の建物の位置するコンテクストを示唆するコトバやダイアグラムが書き込まれている。全体が白く塗り込められることで物質感を失い、静かで光に満ちた空間はかなり抽象的な様相を呈している。ときおりスポットライトが強い光を投げかけ、その間だけ独特の鋭角的な形態が明瞭に浮かび上がるのだが、むしろそのことによってホワイトアウトしたような空間の泰然とした空虚さが印象に残る。

          ▼リベスキンド展会場風景(クリックで拡大)
リベスキンド展会場風景1 リベスキンド展会場風景2
リベスキンド殿会場風景3 リベスキンド展会場風景4
上2点+下左写真
提供:広島市現代美術館/撮影=オーシマスタジオ)
▲写真=筆者撮影

会場を見て廻るうちに、オブジェとしての模型と模型の周囲の空間のどちらが図でどちらが地であるのかしだいに曖昧になってくる。模型から離れ全貌を見渡す視点からはそれはあくまで模型として見えなくもないのだが、例えば展示室の壁と模型に挟まれた狭い隘路、頭上に鋭く突き出したキャンチレバーの下、こうしたポシェがいくらか自立した場として意識されてくるのである。そうして模型の周りを歩き廻るにしたがい、様々に変化する形態の現れ、各々の場の性格、視野の展開を体験することになる。模型はもはや単なる一個の完結した量塊ではない。様々な貌を持つ寡黙ななにものかが傍らに佇んでいるかのような、不思議な緊張感を覚える。

▼クリックで拡大ユダヤ博物完ヴォイド1
ユダヤ博物完ヴォイド2
▲「ユダヤ博物館」
上=メモリー・ヴォイド
下=展示室の入口から階段の見返し
撮影=五十嵐太郎
おそらく文章でどのように説明してもこの感覚はわかりにくいだろうが、例えば彫刻のような立体作品の場合を考えれば、読者にもそのような感覚に覚えがあるだろう。彫刻が形態として眺められるオブジェであると同時に、それが周囲の空間を変化させてある場を生む、あの感覚とこの展示の印象は近い。
建築にもこの二様の現象がある。建築はある場合にはオブジェとして見る者に対峙するが、しかし常にそうであるとは限らない。都市的なコンテクストとの関係において、あるいは日常生活の背景として、あるいはまた一定の社会的文化的位置付けをされながら、建築は周囲にある場を派生させる。こうした場として建築が経験されることの方がむしろ普通だろう。そしてまた特にリベスキンドという建築家は、例えば空間のスケール、あるいは形態それ自体によって体験の質に影響を及ぼすことにきわめて意識的な建築家なのである。
例えばユダヤ博物館の空虚な吹き抜け空間をジグザグの順路が通り抜けるその通路はごく狭く絞られ、そこで入場者は空虚と対面する。あるいはリベスキンドの作品特有の鋭角的形態、力学的安定を意図的に崩すような造形、こうした傾向もそうした具体的な形態がいかなる体験を喚起するかという明確な意図に基づいて定められている。彼のこれまでの作品はユダヤ博物館のように施設が背負うメッセージ性があまりにも強く、どうしても彼自身の位置付けもそれに引きずられがちだが、施設のその意味的負荷をどのように建築の具体的な形態として定着しているかを見れば、こういった意識がリベスキンドの建築の厳格な性格を裏打ちする重要な一部であることがわかるだろう。建築が生み出す場、そして形態が見る者に与える印象、シンボリックな効果や身体感覚に与える影響へのリベスキンドの強い関心が、抽象的に示されることでより明確に今回の展覧会に現れているように思われる。

前述のように今回の展示では個々の作品についてのリテラルな解説や説明はほとんど提示されていない。ヒロシマ賞受賞記念展覧会という今回の展覧会の趣旨からすれば、例えばユダヤ博物館という施設に関して雄弁に語ることも考えられたはずで、いやむしろそれが順当だったかもしれない。しかしリベスキンドは敢えて彼の建築に主題を絞り込み、建築と同じ次元でこの展示を構想したに違いない。その意味において今回の展示は単なる建築家の展覧会というよりも、むしろこれはリベスキンドの建築そのものである言って良いだろう。

今回の展覧会は今回の展示室のために設えられた全くサイト・スペシフィックな作品であり、そこで実際に体験しなければほとんど意味をなさない。ともあれ興味を持った読者には残り少ない会期ではあるが現地に赴きその空間を体験することを強くお勧めする。

フェリックス・ヌスバウム美術館 http://www.osnabrueck.de/fnh/
ユダヤ博物館 http://www.jmberlin.de/
北帝国戦争博物館 http://www.iwm.org.uk/north/index.htm
ビクトリア・アンド・アルバート 
http://www.daniel-libeskind.com/projects/pro.html?ID=1
デンバー美術館増築 
http://www.denverartmuseum.org/expansion/expansion.cfm?pgName=Expansion_Overview
王立オンタリオ博物館増築 
http://www.rom.on.ca/masterplan/studiolibeskind.php

[ひの なおひこ 建築家]

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