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モダニズムを超えて?
「ドローイング・ナウ」展の挑戦と限界 (そしてL.A.の新しい風)

ドローイング・ナウ:8つの提言ニューヨーク近代美術館(MoMA)
松井みどり
▼クリックで拡大フランツ・アッカーマン
▲フランツ・アッカーマン
trans eastwest(tew)no.33 :former trade center.1999
村上隆
▲村上隆
Study for SMP Ko2.1999
マシュー・リッチー
▲マシュー・リッチー
Everyone Belongs to Everyone Eles 2001-2002
 有力ギャラリーが、ドクメンタ11参加作家の凱旋や御披露目ショーを次々と打つなかで、今秋のニューヨークの美術のハイライトとも期待された企画展が、ニューヨーク近代美術館(M0MA)における『ドローイング・ナウ:8つの提言』だった。キュレイターのローラ・ホプトマンは、97年のMOMAプロジェクト#60で、エリザベス・ペイトン、ジョン・カーリンを制度的に認知し、99年、MOMAにおける最初の日本人作家の回顧展である草間弥生展を敢行した、気鋭の中堅だ。この展覧会では、「ドローイングは名詞である」というスローガンが掲げられた。つまり、ドローイングは、絵画の下絵ではなく、それ自体独立した作品として成立できるだけの視覚的物質性をもちうる、ということだ。彼女は、この考えを、ドローイングは、作家の想像力のほとばしりを媒介する運動、或いは過程であり、同時に、眼に見える以上の広がりをもつ思想を示唆するための道具である、という60ー70年代のコンセプチュアルアートの通念と対立させた。ここで挑戦されているのは、形態の自律性とは別の意味での芸術の自己言及性、つまり、「芸術が表現するのは芸術の生成の過程そのものである」という、モダニズム精神であり、その延長線上にあるアカデミックな前衛意識と言えるだろう。
『ドローイング・ナウ』の「8つの提言」、すなわち、ドローイングが「絵」としての輝きを発揮する8つのジャンルの選択には、前衛が排除してきたさまざまな視覚表現の伝統を召集することによって特権的モダニズム精神を脱中心化しようとする意図が反映されている。「科学スケッチ」「装飾」「架空の建築モデル」「ユートピアの像」「心の地図」「大衆文化と民族文化の伝承」「マンガやサブカルチャーからの移植」「ファッションの反映」といったカテゴリーに、ローラ・オーウェンス、クリス・オフィーリ、エリザベス・ペイトン、ジョン・カーリン、フランツ・アッカーマン、村上隆、奈良美智などの現代の具象絵画の人気作家、カイ・アルトゥーフ、マーク・マンダース、マシュー・リッチーなどの近年の注目株、ポール・ノーブル、デヴィッド・ソープ、グラーム・リトルなどのイギリス美術の若手らを含む総勢27人が振り分けられる。奇妙なことに、そのカテゴリーの殆どが、19世紀に原型をもっている。その定義付けには、ラスキン、ウィリアム・モリス、クロード・ニコラス・ルドゥー、ドイツ・ロマン主義の作家たちや19世紀ドイツの民衆画家、ラファエル前派や、イギリス世紀末のサロン画家たちが、リチャード・クラムや浮世絵などとともに、しばしば呼び出される。あたかも、モダニズム以前の折衷的で実用的な「図像」の使用と、現代の具象を結び付けることで、モダニズムの抽象性を凌駕しようとするかのように。ドローイングには、具象の定型を破る精神の運動の軌跡/媒体として働くコンセプチュアルな側面と、マンガ、イラストレーション、製図、グラフィッティなど、純粋美術や、欧米の中産階級の価値観の外側にある民衆的な表現や、人間の生活と一体化した表現の形式と深く結びついた側面という、二重性がある。ホプトマンは、後者を強調することによって、ドローイングを、前衛という概念が形骸化した時代の、より人間的な芸術表現の典型としてとらえ直そうとしているようだ。
その野心的な試みにもかかわらず、『ドローイング・ナウ』展は、保守的な雰囲気を拭い去れなかった。それは、ひとつには、多くの作品の趣味的な夢想の表現や、凡庸なテクニックに安住した写実や装飾性のためだ。そして、もう一つには、ジャンルと作品の不釣り合いのためだった。そのことは、「装飾」、「建築モデル」、そして「マンガとサブカルチャー」のカテゴリーで顕著だった。オーウェンスやオフィーリの最良の作品における、装飾的模様の使用は、モダニズムの装飾嫌いを揶揄するだけでなく、新しい色面や画面分割の要素としての点や線の、具象という擬態をとおした新しい発展、という複雑な錯覚性をもっていたはずだ。が、彼らの出展作品にそうした意識性は見られなかった。また、アニメ的イメージを使いながら、細かな色面の微妙な配置による、主題から逸脱する遊戯的な画面構成を得意とする村上の批判的装飾性は、オリエンタリスティックな枠組みを感じさせる「マンガとサブカルチャー」よりも、「装飾」のカテゴリーにおいて、本領を発揮しただろう。一方、人間の細胞や深海生物の触手のような有機的細部と、超過密的な建築群が絡み合う、フランツ・アッカーマンの描く悪夢的未来都市の像や、日本のアニメと、絵巻物と、17世紀の海図と分子構造図を組み合わせたような曖昧な遠近法をもつ、マシュー・リッチーによるバイオモーフィックな未来世界の看取り図の面白さは、本質的には、美術的というよりは、文学的なものだ。それは、ちょうど、1920年代のフィルムにおけるレトロフューチュリスティックな都市像が、新しいテクノロジーや社会構造に対する芸術家の希望や不安の現われであったように、実際の未来とは関わりのない、密室的な幻想の産物にすぎない。そのような図像は、現在入手できる画像的リソースを組み替えただけで、新しい世界の見方やテクニックの可能性を開いて行くものではない。 『ドローイング・ナウ』展の落し穴は、ドローイングの「周縁」的特徴をとおした、同時代表現の発見の可能性に指をかけながらも、そのラディカルさの本質ともいえる、不定形な思考や感覚の媒体としての流動性を否定してしまったところにあるだろう。世の中の運営を規定するさまざまな慣習的形態や知識の枠組みからこぼれる事象に眼を開き、未だ存在しない形態を夢見るのが現代美術であるならば、その思考の力が、「美術の周縁」に位置する慣習の豊かな多元性と、なぜ結びついてはいけないのだろうか。「前衛」と「キッチュ」の対立は、モダニズムの世紀を超えて、持ち越されるのだろうか。作品の安定した形態的美も、思考や知覚に与えられる既知の世界からの強い逸脱感がなければ、観客との間に生温い共犯関係を結ぶだけに終わる。この展覧会は、ドローイングからのコンセプチュアルな要素の意識的な排除によって、モダニズムを超越するというよりは、まるで前世紀末の美術の折衷性を繰り返すかのような結果になっていた。
 
サム・デュラント
LEFT TO RIGHT:EVOLUSION OF A PERFECT IDEA;SCRAP RECYCLING PROJECT WITH AMERICAN INGENUITY;SITTING,PROBLEMM SOLVING,IDENTITY,I AM WHAT I SIT ON KOHLER WELLWORTH LITE,TOTO,VITROMEX,AND EAMES LCW CHAIR,ALL 1995
サム・デュラントSOUTHERN ROCK GARDEN BEGINNINGLESS/ENDLESS PRIMORDIAL CONNECTION TO A FLOATING WORLD WITH CONSCIOUSNESS OF SHEER INVISIBLE MASS. 2000
サム・デュラント展」カタログより 

 一方、同時期ロサンジェルスで行われた61年生まれのサム・デュラントの個展(現代美術館)では、彼に大きな影響を与えた美術史(スミッソン)、社会史(ブラックパンサー、オルタモント・ロックコンサートの惨劇)、階級闘争(エリート的近代建築と日曜大工)、ロックンロールなどの諸要素を多層的に統合するためのインスタレーションにおいて、ドローイングが、ポスターや文字や絵によるアレゴリー的引用として、効果的に使われていた。「芸術についての芸術」を存続させるための手段としてドローイングを使っているという点で、デュラントは、ホプトマンの否定した現代美術のエリート主義を助長(に寄生)しているのかもしれない。しかし、自分を超えた歴史の大きなプロセスを、個人的な視点から集めた断片の集積によって再構築することで、自分とそれとのあいだに有機的な関係を結ぼうとする彼の努力は、芸術をとおして世界における自分の位置を見極めようとする行為でもある。そこには、また、同時代の体験に基付いたコンセプチュアル・アート再生の野心もこめられている。彼にとってドローイングは、その野心を達成するための重要な媒体なのだ。その姿勢は、『ドローイング・ナウ』のそれと対極的なところから、今日における「モダニズム以降」の芸術のひとつの可能性を示唆していた。

『ドローイングナウ:8つの提言』。ニューヨーク近代美術館。2002年10―月17日から2003年1月6日
『サムデュラント』ロサンゼルス現代美術館。2002年10月13日―2003年2月9日

[まつい みどり]

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