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都市とアートのリノベーション
暮沢剛巳

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影山幸一
暮沢剛巳

 東京のアートシーンを語る上で、六本木は思わぬ盲点であり、エアポケットであった。お洒落で流行の先端を行く街の印象からすると、現代美術系のギャラリーが各所に点在している景観をすぐに連想してしまうのだが、しかし同じイメージを共有する青山一帯とは異なり、この街に所在するギャラリーは意外なほど少なく、いかにも高価そうな商品を並べた古美術商がときおり目に入る程度である。それでも以前には、ウナックサロン、細見画廊、ペンローズ・インスティテュートなどがあったのだが、いつの間にかそれらの施設も暖簾を下ろし、ことにTNProbeが鳥居坂下から撤退し、WAVEが閉店してしまった90年代末期以降は、これといったアートスポットが皆無に近い状態が続いていた。仕事柄、よく電車や地下鉄を乗り継いでギャラリー周りをする私の場合も、もう随分以前に六本木を周遊コースから外してしまった気がする。
しかし、ここ数年停滞を余儀なくされていた六本木のアートシーンが、最近になってにわかに活況を呈している。言うまでもないことだが、この活況は「ZONE」や「六本木ヒルズ」といった新スポットの誕生に牽引されてのもので、その先鋭的な雰囲気は(もちろん熱気では及ばないにしても)、「ラフォーレ原宿」「東高現代美術館」「馬里邑美術館」などの活動が注目を集めていた80年代末の青山界隈を髣髴させるものがある。この活気は、今秋に予定されている森美術館の開館をピークにさらに加速されていくことだろう。そして、この活気の余勢を駆るかたちで、六本木にまた一つ新たなアートスポットが誕生した。4月4日に、六本木交差点から芋洗坂(このハイソな街にこんな庶民的な地名が残っていたことにも驚かされる)を少し下った場所にオープンしたばかりの「アート・コンプレックス」がそれである。
「アート・コンプレックス」とは何とも耳慣れない言葉だが、要は同じビルのなかに複数のスペースが居を構え、展覧会などを通じて相互の交流と盛り上げを図っていく複合型ギャラリーのことである。ほんの2ヶ月ほど前、新川に「小山登美夫ギャラリー」「ギャラリー小柳」「SHUGOARTS」「Taka Ishii Gallery」の4者が一堂に会して同じ趣旨の施設がオープンしたばかりだと言えばピンとくる人も多いだろう。もちろん、活気と話題性という点では、六本木の方も負けてはいない。この「アート・コンプレックス」に参加したのは「オオタファインアーツ」「HIROMI YOSHII+ギャラリー小柳ビューイングルーム」「TARO NASU GALLERY」「レントゲンヴェルケ」「GALLERY MIN MIN」の5者、いずれ劣らぬ元気者の現代美術系ギャラリーであり、また同じビルのなかにはカフェバーや「建築批評」のBBSで知られる日埜直彦氏の事務所やマネジメントオフィスなども入居している。花冷えのする悪天候にもかかわらず多くの来場者で賑わった4日の晩のオープニングは、この「アート・コンプレックス」によせられる多大な期待を物語るものであったと言えよう。
それにしても、なぜ今「アート・コンプレックス」なのだろうか?――多くの人はこのような疑問を抱くことだろう。そのとりあえずの説明として、私がオープニングの席上で参加者の一人である「TARO NASU GALLERY」の那須太郎氏とのやり取りで得た以下の回答を紹介しておきたい。

東京にはニューヨークのチェルシーやロンドンのイーストエンドのようなアートヴィレッジがありません。だからそういう場所が必要だ、ギャラリー同士が集まる必要があるという意識は、僕も含めてギャラリスト仲間はみんな以前から持っていたんです。ただやはり難しい話なのでなかなか進まないでいたんですが、昨年の暮れに佐賀町エキジビットスペース(以下ES)がクローズしたのが大きなきっかけになりました。あれを機に、アートの火を消すな!みたいなムードがすぐ広がって、今まで動かずにいた話が一気に動き出して、それがここや新川のようなかたちになった感じですね。

 アートヴィレッジの必要性は東京の美術関係者なら誰しも強く実感していることだし、ESの閉鎖がギャラリストの危機感を煽ったという話にも、オルタナティヴスペースの草分けとしての存在感を思えば素直に納得がいく。特に那須氏の場合は、ESと同じ食糧ビルにギャラリーを構えていた当事者だけに、その閉鎖とビルの取り壊しはなおさら深刻な問題だっただろう。また身勝手な客の立場からしても、今まで各所に分散していたギャラリーが一箇所に集まった結果、あちこち周回する時間や労力を大幅に省略できるのはもちろん大歓迎だ。旗振り役の存在や六本木の再開発との関連など、語られざる経緯の詮索はさておき、このような新しいタイプのギャラリーの誕生はまず単純に喜ぶべきことに違いない。オープニングということもあり、当日の展示はどこも顔見世的な雰囲気が強かったが、そのうち各々のギャラリーの特徴が前面に出てくることだろう。というよりも、同じ施設の中で異なるギャラリーの個性がぶつかり合い、単独ではあり得なかった刺激を生みだすことにこそ「アート・コンプレックス」本来の意味があるはずだ。
 ところで、「――コンプレックス」という名のついた文化施設と言えば、大方の人は「シネマ・コンプレックス」を連想するだろう。都心の一等地に建つ従来の映画館とは異なり、郊外のショッピングモールや巨大スーパーのなかに群居する複合型の上映施設のことだが、誤解を承知の上で書けば、彼(女)らにとって映画とは、ショッピングの合間の息抜き、ちょっとした話題や情報の追体験、あるいは日常の小物や食料品と同じ消費財に過ぎないし、であればこそ、上映作品は必然的に話のネタになりやすい娯楽大作へと限定される。この施設が吸い寄せる観客の多くは、映画を観ることそのものが目的なのではない、観客ならざる観客である。シネフィル的なマニアックな視線とは縁遠い「シネマ・コンプレックス」は、観客を消費者へと変質させる装置なのだ。してみると、「アート・コンプレックス」にも同種の可能性が潜んではいないだろうか? もちろん、現代美術の事業規模や観客動員など大作映画の比ではあるまいが、しかし複数のギャラリー相互による活発な交流や展示活動の波及効果が六本木の街に及んだ結果、現代美術に無関心だった層が、さながらショッピングのような感覚でギャラリーに立ち寄ることは十分にあり得るだろう。観客の消費者化については賛否両論あるだろうが、少なくとも現代美術の閉鎖性を打ち破り、ギャラリーの敷居を引き下げるその可能性は大いに歓迎すべきものである。
 加えて、「アート・コンプレックス」にはリノベーションとしての側面も指摘できるだろう。というのも、いずれも既存のビルディングを修復して成立した今回の六本木や新川の施設のプランニングに当たっては、立地条件や賃料の問題と同様に、たとえ使い古された空間であっても、リフォームすれば十分本来の用途に耐えるという判断が決して軽くはない比重を占めていたはずだからだ。考えてもみれば、この施設の前身と呼ぶべきES自体、もともとが倉庫であった食糧ビルのリノベーションだったのだし、海外に目を転じてみても、発電所を巨大ギャラリーへと生まれ変わらせたテイト・モダンやワイン倉庫を美術館へと転用したボルドー現代美術館など、優れたリノベーションの例は枚挙に暇がない。それにこれらの施設の優れた実績が示すように、リノベーションの適用範囲は何も施設建築のリフォームだけとは限らない。既存の空間を極力有効に活用しようとするその着眼点と手法は、ギャラリーの展示作品を活性化する上でも大いに資するに違いない。
 つい最近のこと、ある雑誌の「東京デザイン計画」という特集のなかに、「東京はもはや廃墟であるから、新しく作り直す必要がある」という檄文まがいの記事が載っていたのを見つけた。この記事を一読したとき、私はその穏やかではない主張に決して賛成はしなかったのだが、しかし次の瞬間には、アートと建築のリノベーションを通じて、六本木の街にちょっとした活気をもたらした「アート・コンプレックス」には、東京を「新しく作り直す」ためのヒントが潜んでいるのではないかと直観したのである。

[くれさわたけみ 文化批評]
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