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二つの『SELF AND OTHERS』
「牛腸茂雄展」東京国立近代美術館
「特集 牛腸茂雄」新潟県立近代美術館

東京/増田玲[東京国立近代美術館]

 
札幌/吉崎元章
福島/木戸英行
東京/増田玲
高松/毛利義嗣

牛腸茂雄《SELF AND OTHERS》1977年より
牛腸茂雄《SELF AND OTHERS》1977年より
「牛腸茂雄展」会場
「牛腸茂雄展」に展示された「SELF AND OTHERS」のニュープリント
「見慣れた街の中で」のプロジェクション

上2点:牛腸茂雄《SELF AND OTHERS》1977年より
中:「牛腸茂雄展」会場
中下:「牛腸茂雄展」に展示された「SELF AND OTHERS」のニュープリント
下:「見慣れた街の中で」のプロジェクション

 前回「学芸員レポート」で触れたように、東京国立近代美術館では7月21日まで「牛腸茂雄展」を開催中である。自分の担当した展覧会を「お奨め」というのも少し気が引けるのだけれど、ちょうど新潟県立近代美術館の常設展でも特集が組まれており、せっかくの機会なので、今回の展示について少し書いておきたい。
 今回の東京での展覧会は、牛腸茂雄(1946‐1983)が遺した3冊の写真集の作品を中心に構成されている。3冊の写真集とは『日々』(1971年、関口正夫と共著)『SELF AND OTHERS』(1977年)『見慣れた街の中で』(1981年)である。このうち『日々』は遺されていた牛腸自身による印刷原稿用プリントを、『SELF AND OTHERS』は今回新たに制作したプリントをそれぞれ展示、そして『見慣れた街の中で』は写真集をスキャンした画像を、液晶プロジェクターで写真集どおりの順番に映写というかたちで紹介している。
 今回の展覧会の中心であり、牛腸の代表作でもある『SELF AND OTHERS』の60点のプリントは、写真家三浦和人氏によって新たに制作されたものだ。三浦氏は牛腸の桑沢デザイン研究所での同級生で、入学して以来の友人としてともに写真を学び、牛腸の死後はネガやプリントなど作品関連の遺品をご遺族から託されて管理している。現存する牛腸自身による『SELF AND OTHERS』のプリントは、写真集の原稿用に焼かれたセットがあり、これは現在、山口県立美術館の所蔵となっている。今回の新しいプリントのサイズや調子の出し方は、この山口のプリントを基準にしている。と、ここまで読んで、今回展示している『日々』や、『SELF AND OTHERS』のニュープリントの基準となった山口県美所蔵のプリントは、牛腸自身が焼いたものではあっても、あくまで印刷原稿用のプリントなのでは?という疑問を抱かれた方もいるだろう。
 牛腸茂雄が活動した60年代末から80年代初頭という時代には、写真の展覧会というと、今とは違って作品に応じて適切なサイズを選択するというよりは、展示するなら「全紙(45.7x56.0cm)」(あるいは「半切(35.6x43.2cm)」)に伸ばす、というのが「常識」だった。そのため今回展示している『日々』や『SELF AND OTHERS』のように、イメージサイズで14.0x21.0cm(概ね「八つ切り」に相当)といったような比較的小さなプリントは、展示向きとは考えられていなかった。しかし35mmというフィルムサイズを考えると、これぐらいの大きさというのは、写し込まれた情報量を表現するには充分で、なおかつ引伸ばすことによって画像が荒れることも無い、つまりモノとしてのプリントをじっくり見るにはちょうどいいサイズなのである。また展示=全紙という「常識」は、どうも日本に限られているようで、そのルーツは戦前にまでさかのぼる。ここで詳しく触れる余裕はないが、ともかく、欧米の事例などを見ても、日本の「常識」はむしろ特殊で、今日では国内でも展示=全紙ということはなくなっている。そうした状況の変化もふまえ、そして何より、作品としての最適のサイズということを考え、ニュープリントのサイズは決定された。
 今回展示している『日々』のプリントは、前述のように、牛腸本人が雑誌に発表するために焼いたもので、展示するために制作したものではない。しかし当時写真家にとって、作品を発表する最も重要なチャンネルが、写真集や雑誌といった印刷媒体であったことを考えると、学校を出て間もない新人写真家が用意したプリントは、だからこそ、彼の用意しうる最高のプリントであったはずだ。実際、今回の『日々』のプリントは、いくつかの機会に分けて制作されたものであるために、サイズなどに多少のばらつきはあるが、プリントとしても魅力的なものである。まだ写真を始めて数年の牛腸茂雄が、どれだけの技術を身につけていたかを、それらの18点のプリントは教えてくれる(写真集には24点が収録されており、その原稿として制作されたセットは、現在、東京都写真美術館の所蔵になっている)。
 写真集を制作するということを写真家としての活動の中心としていた牛腸茂雄だが、まったく展示による発表をしていなかったわけではない。代表作『SELF AND OTHERS』について言えば、写真集を発表した1977年の暮れに、「SELF AND OTHERS もう一つの身振り」と題する個展を開催している。ではその時のプリントはというと、やはり当時の「常識」にしたがって全紙サイズ・パネル張りという体裁が選ばれていた。これは牛腸本人の手になるものではなく、ラボに発注して制作されたものだという。ご遺族が保管されていたこの展覧会用プリントは、1994年に新潟県立近代美術館に寄贈された。保存を考え、現在ではパネルの木枠からとりはずされたそれらのプリントが、7月1日から同館の常設展で特集展示される。パネル張りの場合、印画紙の表面は剥き出しで保護されていないし、枠の木材や接着剤の影響で部分的に変色したりする。パネル張りの状態で長く保管されていたこの新潟のプリントも、そうした問題は当然あるだろう。しかし多少の状態の問題はあろうとも、これはこれで貴重な作品であることは間違いない。ぜひこの機会に牛腸自身が展覧会で発表したプリントを観ておきたいと思っている。
 印刷用の原稿プリント、パネル張り(だった)プリント、ニュープリント。美術館で写真を、とりわけすでに世を去った写真家の作品を取り上げる際には、いつもこうした問題と向かい合わなければならない。ある人は、原稿プリントはあくまで原稿プリントと言うだろうし、展示用とはいえ、パネル張りで制作されたために時間を経て状態が必ずしもよくないプリントを展示すべきではないという意見もあれば、そうしたことも含めて時代の証言者としてのオリジナルの価値を認めるという意見もありうる。版画の場合にも刷りの問題というのはあるのだが、写真の場合は何しろサイズも可変なのである。実際、今回の展覧会では牛腸の最後の写真集となった『見慣れた街の中で』は、プロジェクションという、作家本人の発表方法(写真集及びプリントによる個展)とは全く異なる方式をあえて選択している。
 写真の展示をめぐるこうした形式の選択の問題に対して、結局のところひとつの基準なり方針を一律に当てはめることには無理があるだろう。矛盾を抱え込みながら、作家や作品、展覧会の性格などに応じて、その都度判断を下していくほかはないのだ。なぜならその「決定不能性」とでもいうべき部分は、写真というものの本質に由来するものなのだから。

会期と内容
●牛腸茂雄展
会期:2003年5月24日(土)〜7月21日(月・祝)
会場:東京国立近代美術館本館ギャラリー4(東京都千代田区北の丸公園3−1)
休館日:月曜日(7月21日は開館)
入場料:一般420(210)円、大学生130(70)円、高校生70(40)円、小・中学生、65歳以上無料
※()内は20名以上の団体料金
問合せ先:03-5777-8600(ハローダイヤル)
URL:http://www.momat.go.jp/honkan/honkan.html(東京国立近代美術館本館)
 
●特集 牛腸茂雄
会期:2003年7月1日(火)〜8月17日(日)
会場:新潟県立近代美術館(新潟県長岡市宮関町字居掛278−14)
休館日:月曜日
入場料:一般420(210)円、大学生130(70)円、高校生70(40)円
※小・中学生、65歳以上は無料
※()内は20名以上の団体料金
問合せ先:0258-28-4111(新潟県立近代美術館)
URL:http://www.lalanet.gr.jp/kinbi/(新潟県立近代美術館)

[ますだ れい]

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