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志賀理江子個展「明日の朝、ジャックが私を見た。」
木ノ下智恵子[神戸アートビレッジセンター]

 
東京/南雄介
神戸/木ノ下智恵子
広島/柳沢秀行
福岡/川浪千鶴

 夜、部屋の明かりを消して眠りに就くとき、ふと何かの気配を感じることはないだろうか。実はその瞬間、私たちが過ごしている日常とは別の時空が存在し、その住人が何かの接点で我々の世界に姿を現しているのかもしれない、、、。こうした対象の事物が実在しないにも関わらず知覚される現象を私たちは恐れとして感じることが多い。しかし、朝の光によって眠りから目覚める、意識と無意識の間を行き来するような感覚に見舞われた時、それは非日常的な光景と出会える心地よい【夢】となる。夜と朝=暗闇と光、状況の違いによって怖さと心地よさなどを感じ分ける我々の知覚は、【あちら側とこちら側】といったミステリーやファンタジーを生み出す為に必要な感覚装置なのだろう。
 
志賀理江子個展 展示風景
志賀理江子個展 展示風景
志賀理江子個展 展示風景
志賀理江子個展 展示風景
志賀理江子個展 展示風景
志賀理江子個展 展示風景
上から1、3、5番目:
資料提供/ graf、撮影/下村康典
ロンドン在住の写真家/志賀理江子は、そういった感覚装置とある種の妄想を生かして不可視な世界を可視化させている。
 まるで他人の生活を覗き見ているかのように中の様子が透けて見える黒い薄布で仕切られた会場。入り口付近の床には黒い印画紙の束が詰まった細長い箱が置かれ、壁面には「明日の朝、ジャックが私を見た。」という未来と過去形が入り交じったタイトルがスポットライトに照らされている。薄布の境界線をくぐって部屋の内部(展示空間)に入ると、夜の暗闇を思わせる黒を基調としたおびただしい数の写真が壁面を埋め尽くし、フロアには机と椅子が設えられ、机の上にはメトロノーム、鍵や食器、手編みのカーディガン、指輪が無造作に置かれている。時が止まったかのようなこの部屋(空間)には、眠りに入る前の微睡みへと導くようにゆったりとしたリズムをメトロノームが刻み、1日3回、音楽家/オノ・セイゲンによる音楽が流れていた。そして、唯一、空間の余白がある入り口右手の壁面には、水面に反射するまばゆい光のような映像が投影され、ほぼ真っ黒な画面と表情が確定できないほどにぼやけた男性の2点の写真が掛けられていた。。
 この男性が展覧会タイトルにあるジャックであり、彼を含めてこの写真に登場する数名の人物は、すべて実在する志賀のルームメイト達である。19歳に渡英して20歳の頃から、志賀は友人でも知人でもない見知らぬ他人と2階建てのアパートに同居している。そのリビングに志賀が暮らし、部屋の一画を黒い布で覆い、ソファ、テーブル、食器などリアルな生活の断片を持ち込んで撮影用の空間を設定し、そこにフラッと訪れる隣人達を22歳頃から約1年間にわたって撮影してきた。いわば日常のスナップ写真を集積させたプライベート・ドキュメンタリーだ。しかも、撮影された35mmフィルムはプロラボではなく町の写真屋さんに現像に出すという。その前後にはアナログな手法で独自の加工が施されているが、ごく一般的なプロセスを経て画面を作っている。そこにはただ何気ない日常の断片が切り取られているだけにも関わらず、かなり良質のフィクションという印象がある。
 志賀の創り出すミステリアスでファンタジックな世界は、主題などは全く異なるが、8mm素材をビデオ編集して35mmに変換する手法を用いたホーム・ムービー・テイストと商業的クオリティの共存が独自の画面を創り出すデレク・ジャマンの映像性を彷彿させ、また、身近に起こった日常の出来事を取材してそれらを断片的な映像として記録、集積させたジョナス・メカスのノンフィクションとフィクションの意識を保持した効果や、現実と虚構を操作して独自の物語を紡ぎ出す、ソフィ・カルの妄想的なストーリー・テラーぶりにも通じている。
 部屋は人物の心の世界や風景、つまり心理的空間という次元において、他者が入れそうで入ることの出来ない入り口が至る所にある。志賀はその状況を見つめ、撮影設定のマジックを媒介に日常空間を非日常的な世界に変容させ、空間自体が奇妙に変形し錯覚するイリュージョンを創出している。我々はそうしてスライスされた【あちら側の世界】の断片を闇の中から光として現れる像として位置づけ、その説話の間の関係を探し求めて物語を紡ぎだそうとする。
 光(フォス)で書く(グラフ)暗闇。そこには怖さと心地よさが同居した視像と心的像の混合イメージが溢れている。この【あちら側の世界】が我々の前に現れて消えるころ、実在するロンドンのアパートから志賀とその同居人達が退去しなければならないという偶然のマジックが、この物語に終止符を打った。

会期と内容
志賀理江子個展
会期:2003年7月5日(土)〜27日(日)
会場:graf media gm(大阪市北区中之島4-1-17瑛長ビル1F)
休館日:第1・3月曜日
入場料無料
問合せ先:Tel. 06-6459-2082
URL:http://www.graf-d3.com

東京展
会期:2003年9月3日(水)〜23日(火・祝)
会場:UPLINKギャラリー(東京都新宿区早稲田鶴巻町574富陽ビル3F)
問合せ先:Tel. 03-5228-1710
URL:
http://www.uplink.co.jp/gallery/
  
学芸員レポート

 私にとって夏は秋の本番に向けた仕込の時期ですが、今年の夏は少々勝手が違います。このレポートを皆様にご覧頂く時にはすでに終了しているかもしれませんが、昨年10月、トヨタ・アートマネジメント講座(TAM)チャレンジ編として始動した『システムリサイクルプロジェクト「芸術環境整備事務所」』が架橋です。
 この架空の事務所は、芸術環境の問題点を洗い出し、その解決策を試みるために必要な場として、様々な実験を通じながら基盤整備を目指す期間限定のアートマネジメントの実践プログラムです。
 軍資金と開催場所を活用して有効な芸術環境整備を発案・実践をすることを目的に集まった、芸術系大学院生、美術家、ライター、建築関係者など8名の有志は、個人の活動よりも更に大きな枠組みを意識して、何らかのアクションをおこす為に、多くの時間と濃密なコミュニケーションを共有してきました。
 プログラム参加者という点において同じ立場でありながら、個々のフィールドや経験値の違いによる遠慮や摩擦。仕事ではない有志の集まりだからこそ生じる行き詰まり感。物事に対する解釈の違いや問題の認識のズレなど。常に何かに悩みながらミーティングを重ね、メーリングリストでは1000件近い膨大な言葉を交わしてきました。
 メンバー自身が個々に現状を自問自答すると共に、他者との対話を繰り広げながらながら解決の糸口を見つけだす月日。この濃密な時間と経験に重要なキーワードが宿っていることに気付いた彼らは、芸術環境の"困りコト"を相談の実践によってもみほぐし、"アイディア"に出会える場を提供するプロジェクト『ソーダンタンク』を生み出しました。ここで言う相談とは、単なるQ&Aのカウンセリングではなく「互いに意見を出して話し合うこと。談合。また、他人に意見を求めること。」であり、解決を提示する場ではありません。気にはなるけれどなかなか言葉にできない問題。あるいは問題が分かっていても答えが導き出せない状況など。多種多様な"困りコト"を異なる環境や経験にもとづく人やものとの対話を用いて揉みほぐすことによって、打開策や突破口を見い出すことが出来るのではないかと考えたのです。

 8/10(日)、いくつかのバーカウンター、魅力的なゲストマスター、飲み物、おつまみを御用意して「ソーダンサロン/ソーダッタンダ」を開催し、真夏のひとときを様々な方々と語り明かします。
○『ソーダッタンダ』要申込み/詳細参照=http://kavc.or.jp/s-tank/index.html
・日時/2003年8月10日(日)15:00〜21:00 (20:30 ラストソーダン)
・ゲスト(ソーダンマスター)
 藤浩志(美術家)/下田展久(アートディレクター)/雨森信(インディペンデントキュレーター)※この他スペシャルな参加者も!?
・ 「芸術環境整備事務所」構成メンバー
大石真依子(東京藝術大学大学院生)
岡山拓(美術家、ライター)
酒井千穂(美術ライター)
中西麻友(成安造形大学研究生)
樋口貞幸(ARTS STAFF NETWORK 代表)
古川誠(『ぴあ関西版』編集部)
吉田裕枝(建築・ミラボ代表)  
渡辺大介(新世界アーツパーク事業事務局スタッフ) 

[きのした ちえこ]

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