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よりみちしよう

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zekkeiライドとは
豊かな自然に恵まれた大村湾をぐるりと一周する「大村湾ZEKKEIライド」は、ロングコース160kmの本格的サイクリングコンテンツ。高台から湾を見下ろす大村湾グリーンロードや渦巻く湾の上を通過する西海橋など、多くのZEKKEIに出会えるコースで大村湾沿岸地域の魅力を発信しています。 詳細はこちら
yoripとは
YORIP(ヨリップ)は、あなたにとっておきの“よりみちスポット”をお知らせするアプリです。 “よりみちスポット”とは、地元の人だけが知っているような、 その土地ならではのディープな魅力が詰まった場所のこと。 それらのスポットを訪れると、心に残るちいさな出会いがたくさん待っているはずです。 「スタンプラリー」機能を利用して、よりみちスポットのスタンプを集めながらまちを歩けば、 いつものお散歩がたのしいゲームに早変わり。 さあ、あなたもYORIPと一緒にまちあるきを楽しみましょう! 詳細はこちら
サイクル機能
実走行情報をリアルタイムで表示で、サイクルコンピューターいらず。
ナビゲーションマップも表示し、迷わず目的地へ!
仮想のライダーを選択でき、競争やペースメイキングができます。

おすすめ1

サイクリングコース

眼前に広がるのは長崎空港と大村湾。広々とした公園の敷地内には噴水や遊具もあり、家族みんなでのんびりと楽しめるスポット。朝と夕で表情を変える海と飛行機のコラボレーションは必見です。

1599(慶長4)年に初代藩主の大村喜前が大村湾の半島に築城。三方を海に囲まれた難攻不落の名城でした。現在は天然記念物のオオムラザクラをはじめ季節の花々が楽しめる公園となっています。

1617(元和3)年から5年間、キリスト教の宣教師や信者たちが収容されていた牢屋跡。鳥かごのような狭い空間に、多いときで33名が同時に閉じ込められ、3名がここで殉教しています。

自転車を漕ぐのに疲れたらここでひと休み。海の上にぷかりと浮かんでいるような小さなカフェで、本格的なコーヒーをゆったりと楽しんでみませんか?店内に響く心地よい波の音が癒し度満点。

円融寺は徳川家歴代将軍を祀るために創建された寺です。境内の斜面を利用し造られている枯山水式の石庭は国の名勝に指定されています。400以上の石を組み合わせた庭園は一見の価値あり。

「天然温泉 大村ゆの華」をはじめ、カラオケ、グルメなど一日中楽しめるあらゆる娯楽が揃った複合施設です。サイクリング後の心地よい疲れを、温泉でゆったり癒してみてはいかがでしょう。

気軽に釣りができることで親しまれる公園です。海に面した公園には広場や遊具もあり、家族みんなで楽しめる人気のスポット。釣り糸をたらすとカサゴ、キス、メゴチ、チヌなどが釣れます。

2000年の歴史があるとされる大村藩総鎮守。敷地内にある「桃の大石神」は撫でると男の子が、手を合わせると女の子が生まれるといわれています。郷土料理おし寿司と桜が描かれた御朱印帳も人気。

ショッピングにグルメ、体験教室などさまざまなモノ・コトが楽しめる複合施設。休憩のおともにぴったりな焼きたてパンもあります。大村の新鮮野菜を堪能できるレストランでビタミンチャージ!

自転車を降りて、落差30mのダイナミックな裏見の滝散策へ。春には40種6,000本のシャクナゲがお出迎えしてくれます。爽やかな風と水しぶきを浴びながら、森の香りを満喫しましょう。

野岳湖畔にある広場は、ポルトガル出身の元女子マラソン選手ロザ・モタが使った周回コースだったことから名付けられました。広々とした公園は、開放的な憩いの場所です。

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サイクリングコース

眼前に広がるのは長崎空港と大村湾。広々とした公園の敷地内には噴水や遊具もあり、家族みんなでのんびりと楽しめるスポット。朝と夕で表情を変える海と飛行機のコラボレーションは必見です。

1599(慶長4)年に初代藩主の大村喜前が大村湾の半島に築城。三方を海に囲まれた難攻不落の名城でした。現在は天然記念物のオオムラザクラをはじめ季節の花々が楽しめる公園となっています。

1617(元和3)年から5年間、キリスト教の宣教師や信者たちが収容されていた牢屋跡。鳥かごのような狭い空間に、多いときで33名が同時に閉じ込められ、3名がここで殉教しています。

自転車を漕ぐのに疲れたらここでひと休み。海の上にぷかりと浮かんでいるような小さなカフェで、本格的なコーヒーをゆったりと楽しんでみませんか?店内に響く心地よい波の音が癒し度満点。

円融寺は徳川家歴代将軍を祀るために創建された寺です。境内の斜面を利用し造られている枯山水式の石庭は国の名勝に指定されています。400以上の石を組み合わせた庭園は一見の価値あり。

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サイクリングコース

キリシタン大名、大村純忠が1564(永禄7)年に完成させ、後に玖島城が築城されるまで大村家の居城でした。発掘調査では鉄砲玉や生活用品が出土しており、城の遺構を今に残す貴重な城跡です。

大村純忠が三城城を築城するまで、歴代領主が居住していた館跡。近くにある本堂川から三城城址を遠望できます。館周辺には一族と家臣の屋敷、寺社などが立ち並びひとつの町となっていました。

1605(慶長10)年に創建された大村家の菩提寺。純忠の時代に大村にある神社仏閣はすべて破壊されましたが、後にキリスト教禁止令を受け最初に復興したのがこの寺です。大村歴代藩主の墓所。

仏教の栄えた奈良時代、郡地方に創建された10の寺院をまとめて郡七山十坊と呼ばれていました。キリシタン大名の大村純忠の時代にキリシタンによって破壊され、現存する寺院はありません。

かまぼこ型のキリシタン墓碑の底部分を正面にし、仏教式の墓碑として禁教による破壊を免れた墓のひとつ。現在の正面には戒名が、本来の正面だった上面にはカルワリオ十字紋が刻んであります。

1587年に55歳で亡くなった大村純忠は日本初のキリシタン大名。晩年の純忠はこの地に隠居していたといいます。同年、伴天連追放令が出された時、未亡人はここに宣教師たちを隠し、しばらくの間イエズス会が使用したと伝えられています。

大村純忠の長男として生まれ、3歳で洗礼を受けた初代藩主、大村喜前が築城。築城後ほどなくして喜前は仏教へ改宗し、徳川幕府の禁教令より早く領地内でキリスト教を禁じました。

日本初のキリシタン大名となった大村純忠。彼の洗礼名「ドン・バルトロメオ」を冠する教会がかつてここにあったと言われています。純忠が行った南蛮貿易と熱心な布教活動は歴史に大きな影響を与えました。

潜伏キリシタンが発覚した「郡崩れ」。その翌年、処刑される潜伏キリシタン131人が家族との別れを惜しみ水盃を交わした地がここです。悲しみの涙で濡れた「涙石」とも呼ばれています。

大村の処刑場跡。131名の潜伏キリシタンと神父が殉教した地です。現在では殉教顕彰碑が建てられています。表は全国殉教者のために、裏は郡崩れ殉教者のためのレリーフとなっています。

郡崩れで処刑された131人の殉教者の首が見せしめのために20日間晒されたといわれている場所です。当時立て札には「この者百三十一人切支丹宗門につき斬罪せしめる所なり」と書かれていました。

郡崩れで処刑された潜伏キリシタンの胴体を埋めた場所と言われています。受刑者の首が埋葬された首塚からは約500m離れた位置にあり、現在は青銅で造られた祈りの像が建てられています。

406人が死刑となった大事件「郡崩れ」にて、当時キリシタンの妖術で首と胴がつながって復活することを恐れたため、首と胴は別々の場所に埋められ、首塚・胴塚として伝えられています。

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