伝匠美 文化財の保存と次世代への継承

串本無量寺制作ルポ 2008~2009

制作ルポ 100年ぶりによみがえる!応挙・芦雪師弟による空間演出

本州最南端、太平洋の黒潮と出会う和歌山県串本にある錦江山 無量寺。別名“芦雪寺”ともよばれ長沢芦雪の冒険心溢れた意欲作「虎図」をはじめ、円山応挙・芦雪の作品を数多く所蔵することで有名だ。今般、この無量寺をかつて荘厳していた絵画空間をよみがえらせるプロジェクトに挑戦した。襖絵が「そこにある」リアリティが演出する気をも感じさせる空間再現の様子をお届けする。

長沢芦雪と無量寺

長沢芦雪『虎図』長沢芦雪『虎図』

長沢芦雪(1754~99)は江戸中期を代表する絵師、円山応挙(1733~95)の二哲の一人で、大胆な構図や才気あふれる奔放な画風が特徴の絵師である。
長沢芦雪について

無量寺は1707年の大津波で流出し、1786年に第八世愚海和尚が現在の地に再建した。その際、愚海和尚と親交のあった円山応挙が障壁画を揮毫し、高弟である芦雪を名代として派遣した。芦雪は障壁画を届けるにとどまらず、南紀でその才能を開花させ多くの作品を残した。なかでも芦雪が無量寺方丈の襖に描いた「虎図」はその大胆な構図や独特な表現で芦雪の代表作とされている。

事業開始 襖絵が取り外されてから100余年、寺本来の姿をよみがえらせたい…

  • 串本応挙芦雪館
    串本応挙芦雪館
  • 収蔵庫
    収蔵庫
  • 伝匠美設置前の無量寺方丈内
    伝匠美設置前の無量寺方丈内

無量寺の応挙・芦雪の障壁画は明治時代に移動が容易な襖絵は取り外され、納屋や1961年に開館した「串本応挙芦雪館」、続いて1990年建設された収蔵庫で保管されてきた。無量寺ではかねがね寺本来の姿をよみがえらせたいと考えており、「串本応挙芦雪館」開館50周年を機に、伝匠美を制作して元あった方丈へ収める事業をはじめた。事業費用は和歌山にゆかりのある事業家、有限会社井内盛英堂 代表取締役・井内英夫氏の寄進によるものです。監修は著書『奇想の系譜』で芦雪や若冲を前衛として評価を行った美術史家の辻惟雄氏に担当していただいた。

無量寺用技術開発 「伝匠美」で培った技を活かして

  • 大阪での制作方針会
    大阪での制作方針会
  • 『虎図』のデータ取得
    『虎図』のデータ取得
  • 原本と照合しながら色確認
    原本と照合しながら色確認

2008年4月、無量寺の「伝匠美」の制作は日本画に精通した専門スタッフによる入念な現地調査から本格的にスタートした。一番の課題は「伝匠美」制作拠点(大阪)から無量寺(和歌山県串本町)が遠隔地にあることだった。通常の色調確認は現地の天候、原本の保存環境によって色の見え方が著しく変化するため、場所、時間などの条件を設定し色調確認を行なっている。しかし現場が遠隔地にあるため55面もの障壁画の色調確認は容易でなく、回数も限られてしまう。

この課題を解決するために、無量寺用に開発されたのが「無量寺用障壁画環境統一システム」である。色調を安定して再現するカラーマッチングシステムを導入した出力機や、国際規格に準拠した紫外線カットの標準光源を無量寺に設置し、無量寺にて試作品を出力する環境を開発したのだ。こうして専門スタッフは現地の環境で色調確認を十分に行うことにより、実質的な制作期間を短縮し、原本を忠実に再現することができた。

完成発表 よみがえる美の空間

  • 「伝匠美」設置前
    「伝匠美」設置前
  • 「伝匠美」が設置され再現された空間
    「伝匠美」が設置され再現された空間

2009年10月28日、約2年の制作期間を経て応挙、芦雪の「伝匠美」は方丈に収められ公開された。障壁画群にかこまれて座ると美の空間が浸透し、方丈の空気をがらりと変える。迫ってくる虎、鋭い眼光で睨み付ける龍、襖を開けると向こうに見える賑やかな子ども達…空間は突如として「動」を生み出し、勢いをも感じさせる空間へと変化した。

再現された空間は監修者をはじめ檀信徒、マスコミからも感嘆と賞賛の声があがった。檀信徒の一人は「絵と方丈が本当にぴったりと調和しているのが実感できる」と感想を話した。また、無量寺八田尚彦住職は「龍虎図に囲まれた仏間でのお勤めは背筋がぞくっとした」と空間再現の効果を語った。また、監修の辻惟雄氏は「よくできている。これ以上本物に近づけてほしくないほどのできだ。」と高いクオリティを評価した。

  • 八田尚彦住職と『虎図』
    八田尚彦住職と『虎図』
  • 上間二之間から見た『龍図』
    上間二之間から見た『龍図』
  • 記者発表会の八田尚彦住職と辻惟雄氏
    記者発表会の八田尚彦住職と辻惟雄氏

「伝匠美」の使命 文化財を多くの人に、そして子孫のために…

荘厳空間の広がる無量寺方丈
荘厳空間の広がる無量寺方丈

年配の檀信徒の方が「戦前、私の幼い頃、虫干しのため納屋から出された応挙・芦雪の障壁画をきちんと整列させられて見たことを思い出した…」と述べた。今回の事業のもう一つの意義は、原本を原寸大に再現できる精緻なデジタルデータを保存したことだ。無量寺の障壁画群は220余年の永きにわたり住職・地域の人々の努力によって自然災害、時には戦火の中を大切に守られてきた。その背景にはたくさんの文化や歴史が存在し、多くの人の想いがある。技術だけではなく、そんな地域に守られてきた寺院文化財の本質を受け止める知識や気持ちなどを持った上で、事業に取り組む心を大切にしている。文化財を多くの人に、そして子孫のために…それが「伝匠美」の使命である。

錦江山 無量寺

〒649-3503 和歌山県東牟婁郡串本町串本833

TEL:0735-62-6670

交通アクセス:串本駅から徒歩10分

▲ページTOPへ